2010年の「Adobe Design Achievement Awards」(以下、ADAA)において、イラストレーション部門でファイナリストに残った多摩美術大学に在学中の吉田航さん。グランプリ受賞とはいかなかったが、コンペの過程は刺激的で、得られたものも大きかったという。吉田さんに、ADAAに応募したきっかけ、コンペ選考の流れなどについて伺った。

多摩美術大学の吉田航さん

――ADAAを知ったきっかけは何だったのでしょうか。

吉田航(以下、吉田)「2010年の1月頃、何気なくコンペ情報サイトを見ていてADAAの存在を知りました。応募した一番の理由は"イラストレーションへの評価を純粋な形で受けられそう"と感じたことです。応募にあたって、特にテーマがあるわけではないし、作品内容に制約があるわけでもない。コンペ内容を見て、純粋に僕の作品を見てもらえるんじゃないだろうか、と感じました。そして、その流れでADAAのWebサイトにアクセスして必要情報を登録し、作品をJPEGに変換して応募しました。当時はこれで何か変わるとか、絶対グランプリを獲ってやるとか、本当に何も考えてなかったんです。というより、"あぁ、アドビ システムズがやってるんだな~"って思うくらいで、ADAAがどんなコンペなのかすらあまり分かっていませんでした」

――で、初めて応募したADAAでファイナリストまで駆け上がったわけですね。"セミファイナリストに選ばれた"という連絡は電子メールだったんですか?

吉田「そうです。電子メールで、しかも英語だったので最初はスパムメールかと思ったくらいで(笑)。ただ、よく読んでみるとセミファイナルに残ったことが理解できて、ADAAのホームページを見ると自分の名前が載っていました。そこで初めて"これはすごいことだ"ってようやく実感できたんです」

――それを実感した大きな理由は何だったんでしょう?

吉田「セミファイナルに残った人たちの名前ですね。ほとんどの方が海外の方で、作品を観ると紹介文もすべて英語で記載されていたんです。実は、僕はすべて日本語で紹介文などを提出してしまっていたので、ADAAのサイトを見て、すごく焦りましたね。すぐに英語の得意な人に相談して、作品紹介文や作業環境などを英語に書き換えました。それから、作品の実物を送って欲しいということだったので、すぐに梱包して事務局に郵送しました。これもインクジェットプリンタでB1サイズに印刷した巨大なもの7作品(吉田さんの作品が7つの連作だったため)だったので、送る準備に苦労しましたね。でも、作品を観てもらえるというワクワク感のほうが強かったことを覚えています。このコンペでは、応募する段階で、提出する作品のすべてが決まってしまいます。セミファイナル、ファイナルへと進む段階で作品を変えることや、手を加えることはもちろんできないので、自分が納得している、自信が持てる作品を提出することがポイントだと思います」

――翻訳作業の中で大変だった部分は?

吉田「作品をアピールすること自体は、学校課題の中で何度もやっていることなのでそれほどツライ作業ではないのですが、それを英語で審査員に伝えることが難しかったですね。自分だけでは語彙力も足りず、機械的な翻訳で作品を伝えられるかどうかが不安になるんですよ。評価されるのは作品だと分かっていても、英語で紹介しようとすると"英語のテスト"を受けているような気にもなってしまって……。なので、英語ができる知り合いが手伝ってくれたことは心強かったですね。後でアドビ システムズの社員の方にこの話しをしたら、"英語のテストじゃないんだから気楽に考えればOK"というレベルだったみたいです。極端に言えば、単語の羅列でも伝われば大丈夫だと。これからチャレンジしようとする人も、応募サイトを見ると気負いしてしまうと思いますが、深く考えずに気軽に英訳してみてはと思いますね」

――評価されるのは応募要項の英語力より"作品の質"なんですよね。そして、ファイナルに残ると次は授賞式への参加ですが、これも国内コンテストにはない規模だったようですね。

吉田「そうなんです。ファイナリストに残り、授賞式が開催されるロサンゼルスに来てくれっていうメールがきたときは驚きました。ツアー以外で海外に行くのは初めての経験で、ホテルや飛行機といった渡航関係の手配もすべてADAA事務局と直接メールでやり取りするんです。同行者の招待も許可されていたので、友人を誘い、ふたりで参加しました」

――現地では、どんなイベントがあったのでしょうか?

吉田「まずはアドビ システムズのユーザカンファレンス『Adobe MAX』への参加ですね。同社の製品に関わる様々なソフトウェアメーカーの方々が参加していて、色々なソフトウェアの情報を聞くことができたり、セミナーに出席したりと日本では聞けない話をたくさん聞くことができました。そして、授賞式では審査員の方に『君の作品良かったよ』と直接声を掛けてもらったり、入賞者同士でコミュニケーションを取ったりと積極的に動きました。一番驚いたのは、意外とファイナリストの年齢層が幅広かったことです。学生向けのコンペだから、同年代の人ばかりだろうと思っていたら、海外では大学を卒業して大学院、また別の学校へ転学ということがよくあるみたいで、30代近い人たちもたくさんいました。そういう普段会わない人と出会えたことも良い経験になりましたね」

――吉田さんが選ばれたイラストレーション部門のファイナリストは3人。それもすべてアジア圏の人でしたね。

吉田「僕と韓国と米在住の中国出身の方でした。3人とも年齢が近く、特に韓国出身のSoonkyu Jangとは気が合いました。彼は日本のグラフィックデザインにも詳しく、驚きました。ADAAに参加して感じたことは、日本のデザインも海外からすごく注目されているっていうことです。これまでは、あまり海外のグラフィックデザイン事情に興味を持つこともありませんでしたが、今では僕もWebなどを通じて海外のグラフィックデザインをチェックするようになりましたし、ADAAで知り合った仲間とFacebookやTwitterを通じて情報交換しています。それに、一言で"グラフィック"といっても、その対象は紙媒体だけではないんだということを知ったのも大きかったですね。元々僕はグラフィックデザインを大学では専攻しています。が、ADAAではアニメーションやムービーなど、様々な作品に触れることができました。それで、いつか僕もムービーにチャレンジしてみたいなと思っているんです。ファイナリストに選ばれるとAdobe Creative Suite製品から好きなものを賞品としてもらえるんですが、『Adobe Creative Suite Production Premium』を選ばせてもらいました。これでまた、新しい作品が作れたらいいなと思っています」

――最後に、ADAAに参加したことで、吉田さん自身にはどのような変化がありましたか?

吉田「うまく伝えにくいのですが、大きく変わったのは精神面ですかね。些細なきっかけで応募したADAAでファイナリストまで残った、そして、ロサンゼルスでは日本では会えない人たちと出会えた。こうしたひとつひとつの経験が、僕にとっては大きな変化のきっかけになりました。世界中から参加者が集まるので、受賞作品を観ても国内を大賞にしたコンテストにはないレベルの高さが感じられるんですよ。だから僕ももっと頑張ろうと上を見ることができるし、意見交換をすることで新しい世界にも出会える。それだけでも、ADAAに応募して良かったと思っています」

2011年のADAAには写真部門で応募している吉田さん。前回の経験を活かし、今回は、応募書類はすべて英語でチャレンジし、現在、吉田さんは写真部門でセミファイナリストに残っている。

すでに2011年のADAAは選考がスタートしているが、応募作品はまだまだ募集中だ(2011年6月24日まで)。是非この機会に一度世界規模のデザインコンペに作品を出してみてはいかがだろうか。