東北大学大学院生命科学研究科の田村宏治教授らによる研究グループは、発生学的解析から鳥類の翼の指が恐竜の前足と同様に形成されていることを解明し、始祖鳥の発見以来続く鳥類恐竜起源説を裏付ける有力な証拠を示した。2011年2月11日発行(米国時間)の科学雑誌「Science」に掲載された。
鳥類と獣脚類恐竜との類縁関係は、始祖鳥の発見に始まる古生物学研究の歴史のなかで立証され支持されてきたが、いくつかの矛盾点が指摘されており、それを理由に鳥類恐竜起源説を否定する説も唱えられてきた。矛盾点の1つに、現存する鳥類の前肢(翼)の指の番号がある。
現存する鳥類は、前肢に3本の指を持つ。獣脚類恐竜の多くも同様に前肢の指は3本だが、元々、前肢の指は5本であったものが、進化の過程で後ろ側の2本、すなわち第5指と第4指(小指と環指)が失われてゆき、最終的に前側3本の指が残ったことが化石から示されており、獣脚類の3本の指は第1-2-3指(母指、示指、中指)となっている。
一方、鳥類に属する始祖鳥の指も獣脚類の第1-2-3指と形態が酷似しており、古生物学的には鳥類の前肢の指も第1-2-3指とされ、指形態の類似性が両者の近縁な関係の1つの証拠とされてきた。しかし、発生学者の多くは、現存する鳥類の前肢の指は第2-3-4指であるとしてきた。例えばマウスは前後肢に5本、ニワトリは後肢に4 本の指を持つが、マウスやニワトリの後肢で第4指が作られる位置と、ニワトリの前肢の最も後ろ側の指が作られる位置は、腓骨・尺骨の延長線上ということで一致しており、この指も第4指と考えられている。また、ダチョウでは、指の形成過程で5つの指の原基(もとになる軟骨の塊り)が観察され、そのうちの真ん中の3つが指に成長するので(残りは退化)やはり鳥類の前肢の指は第2-3-4指である、と主張されており、この獣脚類恐竜の第1-2-3指と、現生の鳥類の指の第2-3-4指の矛盾は両者の類縁関係を否定するに値する証拠として議論されてきた。
今回、研究グループは、ニワトリの前肢の指が形成される発生過程を追跡し、マウスの前肢(5本指)やニワトリの後肢(4本指)の第4指の作られ方と、ニワトリの前肢の最も後ろ側の指の作られ方が異なることを明らかにし、その3本の指が第2-3-4指ではなく、第1-2-3指として形成されていることを解明した。
ニワトリの後肢やマウスの前肢の第4指は、発生過程で指の番号が決まる時期に、番号を決めるのに重要なZPA と呼ばれる領域の中にある。しかし、その時期のニワトリの前肢を調べた結果、最も後側の指はZPAの外に存在していた。したがって、この前肢の最も後ろ側の指は第4指として作られておらず、むしろその作られ方は第3指のものと一致していることから、この指は第3指であると考えられ、結果としてニワトリの前肢の指は第1-2-3指であることを示すこととなった。
さらに研究グループは、ニワトリの前肢の最も後側の指は、指の番号が決まる時期より前の発生初期には第4指の位置(ZPAの中)に存在すること、しかしその後すぐに、その位置が前方へとずれてしまい、指ひとつ分だけ"ずれた"状態で指の番号が指定されるために、結果的に第1-2-3指として形成されていることも明らかにしており、これまで発生学者がニワトリの前肢の指を第2-3-4指としてきたのは、この"ずれ"を見逃していたことが大きな要因となっていることを指摘している。
これまで発生学の教科書は、鳥類の前肢の指を第2-3-4指と記述してきたが、今回の成果はそれを塗り替えるものとなるほか、始祖鳥の発見以来およそ150年続く論争に終止符を打つ可能性をもたらすものであると研究グループは説明している。また、恐竜の進化はこれまで主に古生物学と比較形態学によって研究されてきたが、今回の研究により、現存する動物の形態が形成されていく過程を解析する発生学を用いることで、動物の進化過程を説明することが可能になるとしている。