本物だからこそ持つ迫力

はやぶさプロジェクトマネージャの川口淳一郎氏

川口(以下、敬称略)(3箇所目になる巡回展示についてのお礼を述べ)、はやぶさ以前、人類は地球の引力圏外の天体に着陸、離陸、地球帰還をさせたことがなかった。はやぶさは世界で初めてこれを成し遂げたわけだが、史上例をみないまったくの独創的な計画だったと思うし、立案から実施、運用と一連の作業は論文もなければ教科書もない。それが、順調にできたというのは、長年の夢が実現できたと今でも本当に感激してます。

また、この分野に入る前からの憧れの場所ですが、米国スミソニアン博物館に航空宇宙博物館というところがあります。そこに行くと、アポロのカプセルやマーキュリー宇宙船とかが置いてあるが、そういったモックアップだけど本物の持つ、その本物の持つ迫力というのが、"我々が成し遂げてきた"という訴えかけるその力に圧倒されたことを覚えている。今回、はやぶさがカプセルを地球に届けたことで、それは模造品ではないんですね。我々は7年前に打ち上げ、それが実際に帰ってきた、これは何者にも変えがたいわけです。スミソニアンに展示されているものも多くは、実際に宇宙に行ったものと等価なモックアップであったりする訳ですが、実際に月に着陸したものが置いてあったりする訳ではないんですね。今回、展示しているものは"本物"だということに何よりも力強さを持っていることが感じられると思ってます。

いつもは科学についてあまり多く語りませんが、よく"小惑星探査で何がわかるの?"と聞かれるので簡単に説明しておくと、地球というものは浮かぶミルク液滴に地殻という皮が張ったもの。実際に地球を掘ってみても、内部は溶けてしまっていますから、表面を見ても、あるいは外部マントルを掘っても、実際に地球を形成した当時の材料を知ることができないわけです。しかし、小天体は溶けなかったわけで、表面には太陽系や生命の起源、進化に貢献したはずの物質がそこにあるはずなんです。これは、「はやぶさ2」という次のミッションに通じるところがあります。

イトカワは石で出来てますが、はやぶさ2によるC型天体とか、もしくはもっと遠くに行くと、もっと多くの物質がバラバラにならずに残っている可能性があるんですね。出来たときの温度をそのまま保たれているというわけで、まるで冷蔵庫のような環境が外側に行けばいくほど残っているので、生命の起源に迫ることが出来る可能性があるわけです。ぜひ、そういう探査をしたいと思っています。そのための往復の飛行技術をはやぶさでまさに獲得される、というわけで、正にこのような夢のような探査が今後、可能になると思っています。

NASAも躊躇う計画でなければ、NASAに先を越される

はやぶさを立ち上げる前に、最初に取り組んだ計画がハレー彗星の探査に向けたロケットとハレー彗星探査試験機「さきがけ」を作るというものだったんですが、その後、我々が本当にやりたいものって、なんだろうとずいぶん考えさせられました。図らずとも、日本の惑星探査、小惑星の探査はそこから始まったわけですが、しかし、我々がハレー彗星の次に何に向かっていくべきか、その時に何をすべきかを考えると、火星や金星といった方向もあるわけですが、少ない予算でそれまで米ソが行ってきた探査と比べて、どれくらいの成果を出せるかという疑問がありました。

そのため、NASAと一緒に小惑星ランデブーや彗星ダストサンプルリターン計画は共同で研究しており、我々ビギナーですから、ビギナーにふさわしい探査を目指していたんですが、NASAがそれを新しい計画として立ち上げてしまったんです。その時、思い知ったのは、結局、新しいことをやろうと思えば、NASAも躊躇うような計画でなければ駄目なんだということです。したがって、「MUSES-C(はやぶさ)プロジェクト」というのは人類初の挑戦となりましたが、とにかく、新しいことに挑戦するということをしなければ、我々のオリジナリティは発揮できないだろうと思いました。

新しいことをしなければ、技術や科学の水平線の先にあるものが見えてこないわけです。ですから、次のターゲットというものは、今見えている水平線の向こうにあるわけですから、そういうことを展望できるように意思を持って立ち上がらなければならないと思ったんです。

そこで"はやぶさ"ということになるわけですが、はやぶさの計画が立ち上げられたのは大変な幸運だったと思っています。当時、1990年代半ばというのは、バブル経済が崩壊した時期でありまして、その当時でもハイリスクハイリターンということに対して、さまざまな意見がありました。特に、ハイリスクものに対しては、NASAや欧州の宇宙機関も日本以上に多大なコスト(現在提案されている小惑星サンプルリターン計画は700億円規模)をかけていますが、それが不首尾に終わった場合に、納税者から、税金の使い道としてかなり糾弾される可能性があるわけです。はやぶさも同じだと思いますが、立ち上げ時、宇宙科学研究所の研究開発という性格から出発したこと、それから比較的、低コスト、100億円を超す額が低コストと言うと怒られるかもしれませんが、他と比べて低コストであるということが実現にこぎつけた大きな理由だと思います。

なによりも、こうした挑戦に対して理解を示してくれた政府関係の方々や宇宙開発関連の方々が居たからだと感謝してます。