現在公開中の映画『私の優しくない先輩』。本作品は、CMでおなじみの女優・川島海荷と若手芸人・はんにゃの金田哲のダブル主演や、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズでヒットを飛ばした山本寛監督による初の実写映画として、公開前から話題となっていた作品だ。この作品に対する想いや初の実写制作について、デジタルハリウッド大学で「デジハリ生限定特別先行試写会&メイキングセミナー~山本寛監督が語る、映画『私の優しくない先輩』ができるまで~」を行った山本監督に話を伺った。

山本寛
1974年生まれ。京都大学文学部卒業後、京都アニメーションに入社。アニメーションDoに移籍後、2007年に自身が運営するアニメ制作会社Ordetを設立。これまでに演出家として『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズを手掛けるほか、監督としてアニメ『らき☆すた』、『かんなぎ』などを制作している。また、『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングダンスや、『らき☆すた』のオープニングダンスの仕掛け人としても知られている。映画『私の優しくない先輩』は自身初となる実写監督作品

――山本監督はアニメの監督として有名ですが、今回は初の実写映画ですね。このお仕事を引き受けたきっかけを教えてください。

山本寛(以下、山本)「独立した直後、アスミック・エースさんへ営業に行った際に宇田プロデューサー(本作のプロデューサー)にお会いしたのがきっかけです。『実写に興味はないか』と聞かれたので、『なんでもやります!』と答えたらいきなりシナリオを渡されて(笑)。最初はそんな簡単に実写の仕事が来るはずないと思っていたのですが、シナリオを読んだら迂闊にもハマってしまったんです。実写でもなんでもいいからぜひこの作品に参加させてくださいとお願いして、最終的に監督を請け負うことになりました」

――あえてアニメ畑の山本監督に実写作品を持ちかけたのには、何か考えがあってのことだと思うのですが。

山本「さぁ(笑)。まぁ宇田さんは、職業監督より宮藤官九郎さんのような異業種の方と組むのが好きな人なんです。だから今回もその一環なのかなと思っています。ただ、アニメ業界には僕よりずっと高名な方もいらっしゃるから、なぜ僕なのかとは思いましたけどね」

――その理由はお聞きになりましたか?

山本「ええ。そうしたら"『涼宮ハルヒの憂鬱』の演出が好きだったんだよね"と言われました。でもプロデューサーが1本の映画を作るなんて大ごとだから、そんな簡単な動機だけで決まるとは思わないんですけどね。でも、もしかしたら宇田さん独特の嗅覚が働いて、そう実績があるわけでもない僕に何かを嗅ぎとってくれたのかもしれません。あと呑みの席で聞いたのは、同世代とやりたいということでした。今まで組んだ監督さん方はみなさん上の世代だったそうで、同世代の監督を探したら僕がいたと仰ってました」

――いわゆる同じ時代に育って同じ社会の中で育ってきた、感性の近い人とやってみたいという…。

山本「でしょうね。宇田さんって、監督の性格は違えどプロデューサーとして最先端の表現を提供したいという人で、流行も含めて今何が必要かをずっと考えてるんですよ。その嗅覚に引っかかる何かが僕にあったのかもしれません」

映画『私の優しくない先輩』

東京から九州の片隅にある小さな島、火蜥蜴島に引っ越してきた16歳の女子高生、西表耶麻子(川島海荷)。憧れの先輩、南愛治先輩(入江甚儀)に会えるだけで幸せな耶麻子の想いがクサくて、ウザくて、キモい、不破先輩(金田哲)にバレてしまい、一緒に「南先輩への告白大作戦」を始めることになるのだが…

――「一読でハマった」と仰ったシナリオですが、それをどう表現していこうと思いましたか。

山本「本当に一目惚れ状態だったので、とにかくシナリオをそのまま表現したいと思いました。批評的観点も分析も解釈も取っ払って素直に表現しようと。僕は原作物にもかなり携わっていますが、普段は作品に対して理詰めで攻めるタイプなんです。テーマや弱点、どうやったらウケるのかまで冷静に分析します。だからこんな風に盲目的になることは珍しいんです。シナリオの第一の観客が僕でしたから、この作品を早く映像で見たいという気持ちも強かったです。今までは左脳で仕事をしていましたが、今回の作品に関しては右脳だけで突っ走った感があります。自分のイメージ通りに映像化できるとは思ってはいませんでしたが、試写を見たら第一印象で浮かんだ画がそのまま映像化できていました。作品に導かれて、熱に浮かされたように撮ったら、本当にそのままできちゃったという。だからなのか、自分の中でなかなかこの作品を整理できなくて。色々なインタビューを受ける中でやっと整理できてきた気がしますけど、それでもまだやっぱりわからないです」

――撮影が成功した理由も含めて、この作品制作を通していろんなことが見えてきたのではないでしょうか?

山本「まずは『なんでこの作品を撮ったんだろう?』という根本的な疑問ですよね。映画『告白』のようなセンセーショナルな作品ならば大好きなのですが、こういう少しキッチュでポップな作品は、本来ならほぼ見ないんです。それに、アニメ畑の人間だから逆にアニメ風の作品も好きではありません。それなのに、今まで受け付けなかったジャンルの作品をどうしてこんなに一生懸命撮ったのかが不思議で仕方なくて。もちろん嫌々ではなく、逆に絶対この作品がやりたいと思ったわけですし」

――本当に、理屈で説明できない初恋のようですね。でも、そうだとしたら、ご自身もこれまでとは違う感性を使って撮ったのではないですか。

山本「ええ、本当に違う脳で撮っていましたね。だからものすごく無防備だし、突っ込まれると言い返せない部分がたくさんあります。今までの作品ならすべて反論できるのに、この作品ではそれができにくい。僕も負けず嫌いだからその都度反論できる素材は持ってるのですが、モノローグのウザさしかり、チープな妄想シーンしかり、感覚的に違和感を持たれても仕方ないなと認めざるを得ない感じです」

――今までは出してこなかった、ご自身の弱い部分もひっくるめて表現した作品だと。

山本「そうなんでしょうね、すべてをさらけ出した作品になってると思います。僕は普段、自分をさらけ出して理屈じゃない部分で作った作品をセカイ系※と呼んでいます。過去そういう作品に携わった経験がありますし、その時は自分なりに解釈して落しどころを決めた上で制作しました。だから、セカイ系を批評的に表現することはできたのですが、その世界に没入した創作は無理だと思っていたんです。セカイ系の代表作として必ず挙がるのがアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』ですが、エヴァにすごく感化された世代だけに、自分にはこんなふうに自分をさらけ出して表現することもできなければそんな能力もない、できるのは一部の天才だけだと思っていて。でも今回の作品では、それが少しだけできたんじゃないかと感じたんですよね」

※定義は明確ではないが、アニメ・マンガ・ライトノベルなどの一部を指すカテゴリーの総称。山本監督の場合は、作り手の視点から見て「自分の思惑や意図を超えた、自分でも首を傾げる創作方法を取っている作品」のことを指す

後編では、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が映像業界にもたらした影響について、山本監督が語る。後編はこちら。

映画『私の優しくない先輩』は、新宿バルト9、新宿武蔵野館ほかで全国公開中

(C)2010 「私の優しくない先輩」製作委員会