英国ダーラム大学、英国リバプール大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所(理研)などの国際研究グループは、分子性物質の中でもっとも高い超伝導臨界温度を有するセシウムをドープしたフラーレン物質では、2つの異なる結晶構造相が超伝導を示すことを発見した。

フラーレン超伝導体は1991年に臨界温度Tc=33Kと、分子性物質の中でももっとも高いTcを示すことが発見されていたが、2008年にセシウムをドープしたCs3C60という組成の新たなフラーレンが、8kbarの圧力を印加すると臨界温度以下のTc=38Kで超伝導を示すことが発見された。

このCs3C60は、2009年、圧力を印加しない常圧では、電気伝導性に乏しい絶縁体で、しかもモット絶縁体と呼ばれる特殊な状態にあることが判明。そして、圧力印加によって電子が動き始めて金属化すると同時に、高いTcにおいて超伝導が発現することが明らかにされていた。

これまでに発見されたカリウムやルビジウムなどのアルカリ金属をドープしたフラーレン超伝導体の結晶構造はすべて面心立方構造であることが報告されているが、このTc=38Kを示す物質の構造は、そうした従来報告されてきたアルカリ金属ドープフラーレン超伝導体とは異なり、体心立方型(bcc)のA15と呼ばれる構造であった。一方、面心立方型構造(fcc)のCs3C60の結晶相も、Tc=38Kを示す結晶相とともに発見されたが、その物性はいまだ解明されていなかった。

フラーレン化合物Cs3C60の結晶構造。Tc=35Kを示す面心立方相(左)とTc=38Kを示すA15相(右)。白いサッカーボール状のものがフラーレン分子。赤い丸はセシウム原子を示す。フラーレン分子の最近接距離は約1nm

同研究グループでは、合成方法を検討しfcc相のCs3C60を主成分とする試料の作製に成功。この試料に関して、大型放射光施設「SPring-8」の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)を用いたX線回折実験を行うなどの評価法を実施、fcc相のCs3C60の物性の詳細を解明した。

その結果、fcc相のCs3C60も先に報告されたA15相のものと同じく、圧力を印加しない常圧では電気伝導性に乏しい絶縁体だが、圧力を印加するとTc=35Kの超伝導が発現することが判明したほか、同研究グループは、2009年にA15相が46K以下で反強磁性と呼ばれるスピンの整列した状態になることを解明しているが、fcc相のCs3C60では2.2K以下で、反強磁性状態になることが判明した。

いずれのCs3C60も、C60分子1個につき、3個の電子がセシウムからC60に移動し、A15相と同じ電子状態になっている。すなわち、C60が同一の電子状態を持つfcc相とA15相は共に、どちらも超伝導と反強磁性を示すが、超伝導や反強磁性を示す臨界温度は異なることとなる。圧力を印加すると、C60分子間の距離が短くなるために電子が分子間を飛び移りやすくなるが、この時、バンド幅Wは大きくなる。常圧ではモット絶縁体だが、圧力を上げ、バンド幅がしきい値Wcを越すと、超伝導を発現するようになり、さらに圧力を加えると最初はTcが高くなっていくが、fcc相の場合はTcが35Kを越すと減少を始めることとなる。WcとWとの比Wc/Wに対してTcをプロットすると、ドーム上のカーブを描くが、これに、A15相のCs3C60や、他のアルカリ金属ドープフラーレン超伝導体のTcとWの関係をプロットしてみると、同カーブ上に点が載ることが分かり、結果、フラーレン超伝導体では、Tcの高さは、結晶構造が異なってもバンド幅によって同じように変化することが判明した。

今回、明らかになったフラーレン超伝導体のバンド幅と超伝導臨界温度との関係。○がfcc相のCs3C60、□がA15相のCs3C60、▽がCs3C60以外のアルカリ金属ドープフラーレン。WがWcより小さい時は、モット絶縁体となる。圧力を印加するなどして、WをWcより小さくすると、超伝導が発現する

この結果により、フラーレン超伝導は、統一されたモデルで説明できる可能性がことが出てきたこととなるす。また、研究チームでは、今回の研究で得られた絶縁体近傍でのバンド幅とTcとの関係は、銅酸化物超伝導体など、同じように「高い超伝導臨界温度が絶縁体の近くに現れる」超伝導体の研究の指針となるものとの期待を覗かせている。