Microsoftのビジネスソリューション「Microsoft Dynamics」はこの分野の競合他社に比べるとまだ若干知名度が低い。だが、中堅企業を中心に、かなりのペースで導入事例を増やしてきているのもまた事実だ。その大きな理由として、ユーザ企業はコストパフォーマンスの高さと業務ユーザにとっての使いやすさを口にすることが多い。

今回、4月に米アトランタで開催されたDynamicsイベント「Convergence 2010」において、Dynamics AXおよびDynamics CRMのユーザである米Network Equipmnet Technologies(以下、NET社)のITディレクター Carmel Wynkoop氏に話を伺う機会を得たので、ここにその導入事例を紹介したい。

Carmel Wynkoop氏。Microsoftに何かリクエストは?と聞くと「ERP(Dynamics AX)とCRMの連携をウチでやらなくてもいいくらいに統合してくれるとありがたいんだけど」(笑)とのこと。それ以外は「すべて満足」という

NET社はVoIP機器や高速スイッチ、ユニファイドコミュニケーション(UC)関連のソリューションなどをエンタープライズ企業や政府機関に提供するIT企業だ。Microsoftとはパートナー関係にあり、Microsoft UCのゲートウェイ機器にNET社のNXシリーズが採用されている。創業は1986年、本社は米カリフォルニア州フリーモント市にあり、ダラス、シカゴ、ニュージャージーといった米国各地のほか、英国や香港にも営業所を構える(東京にもオフィスがあるとのこと)。現在の従業員数は約260名。WebサイトのURLは「www.net.com」というなんとも覚えやすいもの。

同社では現在、ERPにDynamics AX、CRMにDynamics CRMを採用している。導入/運用形態はいずれも"インハウス"、つまり設置型だ。AXは2006年から、CRMは今年2月から運用をスタートしている。CRMではケースマネジメント、販売数量分析、顧客ニーズのトラッキングといった業務をAXプラットフォームと接続して行っている。たとえば製品に対して顧客からクレームがあった場合、業務ユーザは、AXからシリアルナンバー情報を吸い上げてCRMに取り込み、顧客情報とシリアルナンバーを付き合わせ、出荷時の状況を確認する、といった一連の作業を、使い慣れたExcelやOutlookなどをフロントエンドにして行うことができるわけだ。

当然ながらDynamics製品どうしの連携であるため、ERPとCRMの親和性は高い。また、ERPとは別のSharePointサーバとの接続も非常にスムースだという。IT部門、業務部門ともにユーザからの評判も上々だ。Dynamicsで連携させるまでは、ERPとCRMを別々に運用していたが、「連携を開始してからまだ2カ月ほどだが、業務効率は少なくとも(連携前に比べて)30%は向上している」とWynkoop氏は答える。ITスタッフにはもともと.NETプログラマが多いとのことで、業務部門からIT部門に要望(UI変更、プロセス追加など)があっても、迅速に対応できるそうだ。

Before Dynamics - Oracleシステムでの限界

Dynamics AX導入以前、NET社はOracleシステムで製品管理などを行っていたが、「(NET社にとって)Oracleは割に合わないことが多すぎる」とWynkoop氏は感じていた。NET社が扱う製品はその性質上、さまざまなパーツが含まれる。その数は数万を超え、それぞれのパーツにはもちろん固有のシリアルナンバーが振られている。ところがOracleシステムでは製品の情報とパーツの情報に別々にアクセスする必要があった。つまり1つの製品注文に対し、複数のサービスが発生することになる。NET社のITスタッフはそのためのモジュールをインプリメントする作業に追われ、そのコストは無視できない規模になっていた。単純な金額だけの問題ではなく、作業の遅れが製品出荷の遅れにつながり、ビジネスに致命傷を与えかねなくなってきたのだ。

そのほかにも旧来のOracleシステムではさまざまな問題が生じていた。「とにかく前のシステムでいちばん欠けていたのはフレキシビリティだった。ちょっとした業務アプリケーションを開発したいときもOracleのプロトコルを熟知している専門家が必要で、ITスタッフたちはいつもOracleラッパを書いているような状態だった」とWynkoop氏は振り返る。NET社のビジネスニーズに合っていないことは誰の目にも明らかだった。

After Dynamics - CRMとの連携でより効率アップ

Wynkoop氏は業務プロセスの一本化を図るためにまずDynamics AXの導入を決意した。最大の理由はやはりコストだという。試算の結果、また他のAXユーザに聞いた結果、大幅な削減が期待できることがわかった。実際に導入後は「年間数百万ドルのコスト削減が実現した」(Wynkoop氏)という。何よりも専門のITスタッフの数を10人から3人に減らせたことが大きかったそうだ。また、1件の注文対応に3時間かかっていたのが30分以下になり、大幅な業務効率改善につながった。その他の導入時のバージョンはDynamics AX 4.0だったが、現在はDynamics AX 2009にアップグレードしている。

顧客情報の管理をより効率化するため、NET社は同じDynamics製品のDynamics CRMを導入した。もちろんDynamicsどうしという親和性の高さが決め手だったのだが、それに加え、業務ユーザ、つまりは営業マンに使ってもらえるという点が非常に重要だったという。実はDynamics CRMの前にSalesforce.comを利用したことがあるとWynkoop氏。だが同氏にとって誤算だったのは「70人いる営業マンのうち、毎日使ってくれたのはひとりだけだった」という衝撃の事実だった。その最大の理由はOutlookだ。NET社の営業マンにとってOutlookはメールからスケジュール管理まで、あらゆるシーンでなくてはならないツールであり、SalesforceではどうにもOutlookが使いにくくて仕方がないという。このときWynkoop氏は、CRMに限らず、業務システムは業務部門のユーザを巻き込まないと失敗するという、当たり前だがもっとも重要な教訓をあらためて思い知らされた。もちろん、今ではほぼ全員の営業マンがOutlookとともにCRMを日々積極的に利用しているという。

コスト削減の次に達成すべきこと

NET社の事例を聞いて興味深かったのは、業務システムは"too much"でも"too small"でもダメだということだ。Dynamics導入以前のNET社にとって、利用していたOracleシステムは明らかに同社にとって必要な部分が足りなかった。また、システム更改の際、Dynamics AXではなくSAPという選択肢もあったはずだが(SAPはここ最近、中堅企業への導入を積極的に進めている)、Wynkoop氏は「我々のビジネスサイズには合わない」と候補にもしなかったという。CRMにしても、設置型ではなく同じDynamicsの製品で、よりコストのかからないDynamics CRM Onlineを選ぶこともできたが、これも「ITスタッフのいない企業にはオンライン型CRMは非常にすばらしいソリューションだと思う。だが我々の会社にはスキルをもったITスタッフがおり、カスタマイズを自分たちで行うことができる。ビジネスの面から見て設置型のほうがメリットが大きい」という。局所的ではなく、自社のビジネスニーズと規模を正しく認識し、将来的なスケーラビリティを予測して採用すべきシステムを選択する、単純ではあるが、この原則を守っている企業は意外に少ないのではないだろうか。

DynamicsプロダクトがNET社に選ばれたのは、コスト面もさることながら、同社のビジネスニーズに対して柔軟に対応できたからだろう。Wynkoop氏は取材中、何度もDynamicsの良さについて「フレキシビリティがすばらしい」と称賛していたが、270名という企業規模にしては複雑な業務プロセスを抱える同社にとって、その柔軟性の高さは最大の決め手となったはずだ。

ERPとCRMを連携してから「今までこうなったらいいな、と思っていたことが全部実現できてとても満足している。しばらくはDynamicsを使い続けたい」とWynkoop氏。新製品のリリースをこれから控えているというNET社だが、景気が戻りつつあると言われているIT業界で、CiscoやJuniper Networksといった巨大なライバルたちと張り合うためにも、社内システムの一本化は乗り越えなくてはならないチャレンジだった。「とりあえずシステムの問題は片付いたから、あとは売上に結びつけるだけ」とWynkoop氏。その結果が良い方に転んではじめて、このシステム更改がすべての面で大成功だったといえるのかもしれない。