本稿を読まれるような方であれば、小誌で2009年11月から今年1月にかけて連載されていた「コンサルへの道6カ条 - 覚えておきたいスキルと心得」というコラムをご記憶の方もおられるかもしれない。おもにSAP認定資格をもつ現役の若手コンサルタントに向けて書かれた記事だが、SAPシステムの意義、顧客とのコミュニケーション、コンサルとしてのビジョンの持ち方、キャリアパスの開拓など、その示唆に富んだ内容に感銘を受けたのはコンサルタント以外にも多いはずだ(第1回目はこちら)。
今回は、6回に渡り同コラムを執筆された日立コンサルティング ディレクターの泓秀昭(ふち ひであき)氏に、同社におけるSAPビジネスのオペレーション、ならびにコンサルタント育成を中心とする人材教育に関してお話を伺う機会を得たので、これを紹介したい。
日立グループのコンサルティングファームとしての立ち位置
泓氏は日立コンサルティングに在籍する50名ほどのSAPコンサル(SAP認定資格ホルダー含む)のソートリーダーである。同氏が直接手がけることが多い案件は、製造/流通業界向けのSAP導入ビジネスだ。
日立製作所を中心とする日立グループは総勢1,600名を超えるSAPコンサルを抱えるが、泓氏以下のメンバーは、「日立グループのコンサルファームとしてのSAP部隊」であることを強く意識して業務に当たっている。グループをあげてSAPビジネスを推進している日立だが、日立コンサルは「SIerとしてSAPシステムをお客様のもとにデリバリーすることよりも、アカウントマネジメントの観点からお客様の業務に適したSAPシステムを提案することに注力している」(泓氏)という。やや保守的なイメージの強い日立グループにあって、同社は逆に「時代の要求に応じた"いま"のシステムを率先して提案していきたい」(泓氏)としており、コンサルファームならではの"先進性"も重要視しているようだ。
最近、同社ではとある日本企業(製造業)のグローバルにおけるSAP導入プロジェクトを手がけた(特集記事はこちら)。世界各地にある工場での生産を最適化するのが大きな目的だという。「今後はビジネスチャンスを拡げるために、海外市場に進出せざるを得ない日本企業はますます増えるだろう。そうなると、基幹システムに最初からグローバル設計されているSAPを選ぶ企業が増える可能性は高い」(泓氏)という現状もあり、同社としても今後、米国や欧州の関連子会社と連携して、グローバル導入プロジェクトを積極的に進めていく方針だ。
コンサルタントに必要なスキルとその取得方法
SAP認定資格を取得すれば、その後のコンサルタント人生に有利な面が多いことは疑いのない事実である。だが今の時代、コンサルタントに求められる素養がそれだけで済むことはあり得ない。「SAP認定資格を保持していれば、転職時に年収がプラス数百万円、と言われた時代もたしかにあった」と泓氏は振り返る。SAPジャパンが設立されたのが1992年、それからしばらくはSAP R/3を担ぐベンダやSIerが数多く登場し、資格保有者が大いにもてはやされたという。
だが、そうした流れも2000年代から大きく変わることになる。顧客企業はベンダに対し、ITが具体的な経営効果をもたらすことを要求しはじめた。とくにリーマンショック以降、きびしい経営環境にさらされることになった彼らは、ITが単なるコストセンターであり続けることを許す余裕がなくなってきた。必定、SAPコンサルにも資格や製品知識だけでなく、導入効果を顧客に実感させる力が求められることになる。
泓氏は現在のSAPコンサルに必要なスキルは「ハードスキル」と「ソフトスキル」の2つに大別できると語る。「SAP製品に関する知識や会計知識、または業界知識などをハードスキルとするなら、お客様を動かす力となるコミュニケーションスキルや提案力をソフトスキルと呼んでいる」 - そして、独学での習得も可能なハードスキルと異なり、ソフトスキルは人間力にかかわる部分が大きいだけに、身につけにくい力であることはたしかだ。一朝一夕にはとても……と思ってしまう。
だが、世はスピードの時代、コンサルファームともあろう企業が、コンサルが何年もかけて自然にスキルを身につけていくのをだまって待っているわけにはいかない。日立コンサルでは年に数度、経歴5年前後の若手コンサルタントに対し、10日間の集中合宿を行っている。コンサルとしての自覚を高め、モチベーションを上げていくことが狙いだという。「日立コンサルのいいところは、いろいろな業種業界や企業を経験しているコンサルタントが多いという点。この合宿はそういったさまざまなコンサルタントから多様なものの見方を学ぶことができる絶好の機会」と泓氏。ベテランコンサルタントの集中講義を朝から晩まで受け、そこから得た内容にOJTで培った自身の経験を短期間でミックスさせることで、コンサルタントとして強い自覚をもつようになるという。また、さまざまな出自をもつコンサルタントたちが、互いに共通の"日立コンサル"マインドを醸成できる機会でもある。短期間で大量の情報と刺激を与える"コンサル漬け"の環境が、"毎日コツコツ"のOJTとはまた違った高い効果をもたらすというわけだ。
SAP - それは経営者のための究極のシステム
泓氏は日立コンサル入社前の数年間、SAPジャパンにてコンサルタント責任者であった経歴をもつ、いわば自他ともに認める"SAPのプロ"である。その同氏から見ると、SAPシステムと他の基幹系システムの違いはどこにあるのだろうか。
「SAPは経営者がKPI(Key Performance Indicator)を最初に定義する設計になっている。それが他のシステムとSAPとの決定的な違い」と泓氏は言う。誤解を恐れずに表現するなら、SAPシステムは経営者がそれを使うだけで自然と"良い経営ができる仕掛け"を内在しているという。その効果は企業の規模は問わずにあらわれる。「これほどまで完璧に業務サイクルを定義できるツールは、今も世界中にSAPしか存在しない」と同氏は断言する。
逆に言えば、「顧客が、SAPシステムのもつこの思想を理解できていないと、SAPを入れる意味がない」(泓氏)という。そして、この考え方を顧客に理解してもらうことこそが、SAPコンサルタントの重要な仕事であり、これによってもたらされる具体的な経営効果を示せてこそ、コンサルは己の仕事をしたことになるのだ。同氏は「コンサルは決してこの努力を怠ってはならない」と強調する。
「お客様にはあえて"コンサルやベンダにだまされるな"と申し上げたい。ブランド力があるから、とか、TCOがそれほどかからないから、という理由だけでSAPを選ぶのではなく、"何のためにSAPを入れるのか"というゴールを(顧客自身が)明確にすべき。そして、SIerに対して要求定義するときは、可能な限り定量的に - 定性的ではなく定量的に - 効果を図れる指標をもって臨んでほしい。もしそれが難しいのであれば、我々のようなコンサルファームにご相談いただくこともひとつの方法です」(泓氏)
最後に、泓氏が小誌コラムの最終回において書かれた文章を引用して終わりにしたい。
"Consult(Consultant)"は、「共に座る」が語源であり、転じて「相談する/協議する」という意味になっている。また、"Doctor"は「教える(to teach)」が語源である、という。
そうなのである。コンサルタントは共に座らないといけないのだ。教えるだけでは、コンサルタントたり得ないのだ。視座を保ちつつ再度捉えなしてみると、コンサルタントは「共に考え」「考えたことを正しく表現し」「伝える」 - その結果、クライアントが自分の策として解決策を実行するに至るのだ。
クライアントに行動させるコンサルになること - SAPコンサルに限らず、顧客とコミュニケーションを図る仕事に就いている人すべてに共通の重要な資質だといえそうだ。