チームによる開発、志を共にする世界中の学生との交流、緊張のプレゼンテーション、審査員からの厳しい質問──すべては普通の学生生活の中では得難い体験ばかりだ。『Imagine Cup 2009』のチャレンジを終えたNISLab++とCLFSに話を伺った。

卒業後もImagine Cupに関わっていく

NISLab++は2年連続で日本大会を突破した同志社大学所属のチームだ。昨年から引き続きとなるメンバーは、加藤宏樹さん、中島申詞さん、前山晋哉さんの3人、新メンバーの門脇恒平さんはこの春から京都大学博士課程に籍を置いている。現メンバー構成でのNISLab++はエジプト大会が最後となる。しかし、彼らは今後もImagine Cupに関わっていきたいと話す。

左から、前山晋哉さん、加藤宏樹さん、門脇恒平さん、中島申詞さん、NISLab++が所属する研究室で指導する小板隆浩氏(メンター)。小板先生は、「この2年間で学生たちは大きく成長した。普通の大学院生をやっているよりはるかに伸びているし、たくましくなったなと思っている」

就職を決めている中島さんは、2年連続の世界大会進出という実績の一方で、「やっぱり悔しいですね」。本大会では「90%以上」という出来のプレゼンテーションだったが、2次ラウンド進出は果たせなかった。その思いと、Imagine Cupを通じて得た多くの体験は後に続く学生たちにも伝えたい。「次にうちの学校から出るチームをサポートするなど、なんらかの形でImagine Cupに関わっていくことは確かだと思います」。

「自分でもわかるくらいに成長させていただいた」と話すのは加藤さん。就職活動の中でImagine Cupの経験を話すうち、チャレンジした日々がより実感をともなって蘇ったという。今後、後輩たちに「Imagine Cupの良さや、目標に対してどんなアプローチをすることで成長できるかというところなどを伝えていきたい」。

プレゼンターを務めた前山さんも卒業だが、まだコンペティターとしてImagine Cupにチャレンジする選択肢は残しているようだ。ソフトウェアデザイン部門のファイナリスト6チームとの間に、埋められない差があるとは考えていない。遠隔地域をサポートする健康管理システムを提案したブラジルのプレゼンを見て、評価点の稼ぎ方やUIの見せ方からヒントを掴んだという。

門脇さんは、パリ大会でのNISLab++の活躍に刺激を受けて参加した。メンターを務めた小板隆浩氏曰く"人を動かすのがうまい"。その気質もあってか、在籍学内で「Imagine Cupに興味を持つ人を集めて組織できないか」と考えている。メンター的な立ち位置にも興味を持っているようだ。小板氏は「来年は門脇チームが脅威になりそう」と笑う。日本の大学では、まだこうしたチャレンジに協力や理解を得るのは難しい面もあるが、世界を経験した学生たちの熱が、彼らの言葉や行動によって少しずつ伝播していくことが、日本でImagine Cupが盛り上がるためのひとつの道であることは確かだろう。

自力で勝ち取った世界のTOP20

国立東京工業高等専門学校(東京高専)のCLFSは、日本チームで初の組み込み開発部門出場となった。この部門は、世界予選上位20位までのチームが本戦への出場を許される。狭き門を独力で突破した時点で、彼らのチカラは十分証明されている。Imagine Cupで彼らは何を感じたのだろうか。

左から、宮内龍之介さん、長田学さん、佐藤晶則さん、有賀雄基さん。日本の母子手帳に着想を得て、母子の健康を管理する電子母子手帳を提案した

体調不良者も出る中、大会を通じてチームを盛り上げていたのが、長田学さんだ。「Imagine Cupの経験が生きてくることは確かだと思う」。自信を持って臨んだ本戦。少ない練習時間でも納得のいくプレゼンを披露できた。それでもファイナリストへは残れなかった。課題と感じたのは、ミレニアム開発目標へのアプローチと英語力。皮膚感覚では知ることのない世界規模の問題に対し、日本に育つ身で説得力のあるソリューションを提案することは難しいと感じたこと。そして、英語力があれば、プレゼンをもっとアドリブでフォローできたかもしれないという思いも。この思いは各メンバーからも聞かれた。足りなかったものを身をもって知ることできたという点でも、Imagine Cupは意義のある大会だったのではないだろうか。

もちろん大きな自信も得た。来年からは電気通信大学大学院で介護ロボットなどの研究を行なう佐藤晶則さんは、「決勝大会に行けたということは、世界で20番目に入ったということ。順位はともかく、それなりに評価されたことは素直にうれしい」。また、「技術面での成長も大きい。Windows CEを使った本格的な開発手法を学べた」。ハードウェアを担当した宮内龍之介さんは、「4カ月近くの長いスパンで開発した経験はなかったので、耐えるチカラが得られた」。来年、同校専攻科に進む有賀雄基さんは「複数人でモノを作ることは初めてだった」。その中で、コミュニケーション能力の大事さを学んだという。そして来年もImagine Cupに挑戦したいと話す。メンバーの先輩たちは卒業する。これからは有賀さん自身が中心になってチームを編成することを考えているという。

Imagine Cupを通過点に

一部の学生からは、ミレニアム開発目標に対する"取り組みにくさ"が聞かれた。ソフトウェアデザイン部門は2011年まで同じテーマが設定される(組み込み開発は2010年からソフトウェアデザインに統合)。貧困や乳幼児の高死亡率、疫病など日本からの挑戦者にとって身近でない問題に対し、どうすればビジネスプランとしての完成度を持ったソリューションを提案できるのだろうか。

ひとつは、「Imagine Cupに出ることを目的としたソリューション」からの脱却だ。それでは世界大会での勝利は難しい。エジプト大会で審査員を務めた中山浩太朗氏は、出場チームには「いままでやってきたことを(Imagine Cupのテーマである)ミレニアムゴールに調整しているのが多かった」と話す。すでに研究を進めている分野であれば、新たに問題定義から始めるチームにくらべてアドバンテージは大きい。組み込み開発部門で優勝した韓国チームのWafreeは、世界中で苦しむ人を救いたいという思いから、3年前から食用昆虫の育成プロジェクトに着手していた。Imagine Cupは通過点であり、目標はプロジェクトの事業化だ。ソフトウェアデザイン部門で優勝したルーマニアのSYTECHも、市民と行政のコラボレーションプラットフォームをもとに起業する予定と話している。世界大会には、すでに事業化にめどをつけて出場するチームが少なくない。見据える先の違いが、審査に影響を及ぼすことは考えられるだろう。中山氏は、「テクノロジとしてのnovelty(目新しさ)が強くは評価されないのが今年の特徴」と振り返る。一方、審査員が事業の将来性や継続性を確認したがっていることは明らかだ。

エジプト大会では審査員を務めた中山浩太郎 東京大学 知の構造化センター 特任助教。過去にはファイナリストに残った実績も

NISLab++の企業メンターを務めた学びingの下大園貞寛氏

NISLab++の企業メンターを務めた下大園貞寛氏からは、コンシューマと向き合ったシステムを作るための細かなリサーチ、国や国連機関を活用した実地検証などの重要性が指摘された。そして、ミレニアム開発目標のようなソリューションの醸成には、1年という期間は厳しいのではないかという疑問も。

Imagine Cupで勝ち進む、という目標においてはほかにも課題はある。日本の学生たちの技術力は他チームに引けをとらないが、彼らを取り巻くサポート環境については差がある。それは学校側のサポート体制だけではない。マイクロソフト日本法人は、自社のベンチャー支援事業とアカデミック支援事業を結びつける試みとして、Microsoft Innovation Award受賞企業をソフトウェアデザイン部門代表チームのメンターにセッティングしている。しかし、決勝まで残す日数3カ月程度という段階でのメンター投入は、適切なタイミングと言えるのだろうか。また、組み込み開発部門に出場した高専チームCLFSには企業メンターがついていない。同社から本格的な協力を得たのは、世界大会出場を決めてからだ。マイクロソフト関係者によると、2010年ポーランド大会に向けて新たな学生支援の試みを展開していくという。学生たちが技術力やソリューション内容を100%伝えるプレゼン力などを身につける努力をすることは当然だが、チャレンジャーの意欲を効果的にサポートする土壌も作り上げてほしい。そしてこのチャンスを活用する学生が増えていくことにも期待したい。

ふつうの学生生活では体験できないチャレンジの舞台。学生はぜひこの機会を活用してほしい