地球に課された宿題は山積みだ。国連ミレニアム・サミットでは、世界が克服すべき課題として貧困、医療、環境、人権など8つの項目を挙げている(※)。早急な解決は困難なものばかりではあるが、宿題は学生が解くほうがいいのかもしれない。この夏、宿題の答えを携えた学生たちが、世界中からエジプト・カイロに集まってくる。「Imagine Cup 2009」、マイクロソフトが主催する世界規模の学生ITコンテンストだ。大会テーマは「テクノロジを活用して、世界の社会問題を解決しよう」。国連ミレニアムが掲げる課題の解決に取り組み、複数の部門でコンペティションが繰り広げられることになる。

※国連ミレニアム宣言の開発目標

1.極度の貧困と飢餓の撲滅 2.普遍的な初等教育の達成 3.ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上 4.幼児死亡率の引き下げ 5.妊産婦の健康状態の改善 6.HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止 7.環境の持続可能性の確保 8.開発のためのグローバル・パートナーシップ

Imagine Cup 2009 決勝大会参加チーム。左からMammy(同志社大学)、NISLab++(同志社大学)、White Dolphin(弓削商船高専)

Imagine Cup ソフトウェアデザイン部門の日本代表選考会が30日、学生向けITイベント「The Student Day 2009」の中で行なわれた。同部門にはImagine Cupでもっとも多くの挑戦者が集まり、ビジネスモデルも含めたITソリューションが競われる。日本大会決勝の舞台に立ったのは、書類選考を通過したNISLab++(同志社大学)、Mammy(同志社大学)、White Dolphin(弓削商船高専)の3チーム。各チーム10分間のプレゼンが行なわれ、審査の結果、同志社大学「NISLab++」がエジプト行きを決めた。彼らは昨年もフランス大会に出場しており、旧チームに新メンバーを加えての再チャレンジとなる。

優勝したNISLab++(同志社大学)

準優勝のWhite Dolphin(弓削商船高専)

3位のMammy(同志社大学)

同志社大学/NISLab++が安定感のあるプレゼン

フランス大会の経験を十分に生かしたプレゼンテーションだった。NISLab++が選択したテーマは「普遍的な初等教育の達成」。初等教育の就学を妨げる"教科書不足"のソリューションとして電子教科書「PolyBook」を提案した。「Wikibooks」などWeb上のフリー教科書コンテンツをマッシュアップ的に利用し、自動翻訳なども組み合わせた電子教科書として誰もが手軽に使えるようにする。低価格PCによる普及モデルやネットワークインフラが未整備の地域での配信方法についても提案を行なった。

NISLab++のプレゼンターは前山晋哉氏が務めた。QAセッションでは、審査員の質問にいったん全員で相談するというシーンも。実はこの相談、世界大会ではアピールにも使われる常套手段

ソフトウェアデザイン部門では審査員とのQAセッションもポイントとなる。NISLab++は、PCが必要となる電子教科書と紙の教科書のコスト問題など、明らかなツッコミどころは、プレゼン内でわざわざ提起して解消するという手法をとった(100ドルPCの存在に対し、小中学校分で教科書代は600ドル以上)。審査員からは「質問の内容に困っている」という言葉も出た。チームメンターを務めた学びingの五十嵐学氏は「採点法が減点法ということもわかっていたので、とんがるよりも、整合性を重視した」と話す。

総評では「電子教科書ならではのパラダイムシフトが感じられなかった」とインパクト不足を指摘されていたが、NISLab++も世界大会で勝つためにはさらなるブラッシュアップが必要である点は十分認識していたようだ。まずは世界大会に歩を進めること──そのためのプレゼンとしてはほぼ計算どおりという感じだったのではないだろうか。

審査員。左から、加治佐俊一 マイクロソフト 業務執行役員 最高技術責任者、井上恭輔 ミクシィ 開発部 mixi開発グループ、"amachang"こと天野仁史氏(サイボウズラボ)、中山浩太郎 東京大学 知の構造化センター 特任助教、竹内郁雄 東京大学情報理工学系研究科 教授

したたかさを見せたNISLab++。一方で、エジプト大会へかける思いの強さも見られる。前回大会で「自分が思わなかったほど悔しい思いをした」と語るメンバーもいるように、チーム内では1次敗退に終わったフランス大会の"リベンジ"という思いも共有されているようだ。

女子オンリーの弓削商船高専チームが健闘

NISLab++と同じ同志社大学のMammyは3位、女性のみの4人チームで挑んだ弓削商船高専(愛媛県)のWhite Dolphinは見事準優勝に選ばれた。

White Dolphinは、「妊産婦の健康改善」をテーマとしたソリューション「Heartful Assistant」を発表した。心電計とモバイル通信デバイスを組み合わせて妊産婦の健康状態を監視し、身体に問題が発生した際に自動通報などを行なうシステム。GPSを利用した位置通知や地域ボランティアとも連携する枠組みを考案した。妊産婦の健康問題は、発展途上国だけでなく先進諸国でも深刻化しており、世界的に克服すべき重要な課題と言える。総評では、緊急時以外に、恒常的な健康管理システムへの転用も求められたが、救急士や助産婦を調査してニーズの裏付けをとるなど、サービス化の必要性を感じさせるソリューションだった。

White Dolphinのプレゼンターは長尾詩織さん。メンバーによる実演を交えながら、妊産婦の健康管理システムを紹介した

Mammyは、NISLab++と同様に「普遍的な初等教育の達成」をテーマに選択。初等教育の段階で異文化との相互理解を得られるようにする「Mammy's picture book」という絵本作成システムを提案した。絵本UIを利用し、世界中の子供たちと1冊の絵本を共同で作り上げる。"Non-Verbalコミュニケーション"を成立させるため、自ら描いた絵やプリセットのピクトグラムを使えるようになっており、子供たちは想像力に任せた絵本づくりを楽しめるほか、それを通じて異文化の存在にも気づける。総評では、ページを作った子供たちの顔が互いにわかるような要素があれば、という意見が出ていた。

Mammyのプレゼンターは光川真由さん。今回の挑戦ではメンバーの度重なる入れ替わりなどで挫折しそうになりながらも、見事決勝進出を果たした

Imagine Cupの意義

この2チームの参加は、マイクロソフトが続けている学生支援の試みが実を結んだものとも言える。同志社大学では、昨年のNISLab++の活躍に刺激を受け、Imagine Cupを目指す学生が増えているという。Mammyは彼らと同じ研究室所属のチームだ。一方、White Dolphinの長尾詩織さんは、マイクロソフトが開催する「ITリーダーズ育成キャンプ」に参加した先輩の話が刺激になったと話す。同社は昨年夏より国立高等専門学校機構と共同で高度IT人材の育成プロジェクトを進めている。その一環が、ITリーダーズ育成キャンプ。全国の高専から生徒を選抜し、プロジェクトの推進に必要なスキルを学ぶための合宿を開催していた。

Imagine Cup 2009のWebサイト

審査員を務めた竹内郁雄 東京大学情報理工学系研究科 教授は、決勝ラウンド前の会見で、学生に対してImagine Cupのようなチャレンジの場を提供する意義は、「芽の出ていない才能」を伸ばすことにあると話した。過去の世界大会に参加し、好成績を収めた中山浩太郎 東京大学 知の構造化センター 特任助教は、「スキルを世の中に問う手段」としてのImagine Cupの意義を語った。大会の成績は明確なスキルの証明となり、自信につながったほか、氏の就職活動にもプラスに働いたという。同年代の各国の学生との交流も、自分に足りないものに気づかされるなど大きな刺激となった。

今回、惜しくも優勝を逃した2チームからは、決勝までは非常に苦しい日々を送ったという声を聞く一方、次に身につけるべきスキルが見つかったと話す生徒もいた。7月に世界大会に臨むNISLab++は再チャレンジメンバーも多く、すでにImagine Cupの魅力は十分に理解しているだろう。エジプト大会ではスキルの証明を持ち帰ることができるよう、活躍を祈りたい。

Imagine Cup 2009 日本大会 決勝結果
順位 チーム 作品名
優勝 同志社大学「NISLab++」(中島申詞/ 前山晋哉/ 加藤宏樹/ 門脇恒平) PolyBooks
2位 弓削商船高専「White Dolphin」(長尾詩織/ 村上愛美/ 宮岡まこと/ 木村裕美) Heartful Assistant
3位 同志社大学「Mammy」(光川真由/ 綾木良太/ 村本加奈子/ 吉岡俊秀) Mammy's picture book
Imagine Cup 2009 日本大会 メンター企業
チーム メンター企業
同志社大学「NISLab++」 学びing(Microsoft Innovation Award 2007 コマーシャル部門 優秀賞)
弓削商船高専「White Dolphin」 ジースポート(Microsoft Innovation Award 2008 最優秀賞)
同志社大学「Mammy」 ネットディメンション(Microsoft Innovation Award 2007 コマーシャル部門 優秀賞)