水素社会到来のカギは「水素の貯蔵」

水素は元素のひとつだ。主な特徴は以下のようなことが挙げられる。

常温では気体
元素の中で一番軽い
非常に燃えやすい
(電気化学反応で)電力を取り出す時にCO2を出さない
燃えると空気中の酸素と結合するので、基本的に出るのは水だけ
マイナス253度で液体になり、燃えると2000度にもなる
水や生物にも多く含まれている

水素は宇宙では最も多い元素。ただ地球上では、水素は単体ではほとんど存在せず、たいていは主に化合物(H2Oのように、2種類以上の元素でできている物質)の状態。このため「何からどうやって水素を取り出すのか? 化石燃料から水素を取ってもサステイナブルにはならないのでは」という指摘がある。現状は天然ガスやLPガス、灯油などから水素を取り出す方法が一般的だが、将来的には、自然エネルギーなどを利用して水やバイオマスを原料にして効率的に水素を取り出す技術開発が欠かせないだろう。

「現代社会は液体を運ぶのは得意でも気体を運ぶのは苦手」と秋葉氏

だが水素社会に必要なのは、水素を作ることだけではない。貯蔵や運搬の仕方も大事だ。産総研で三十年近くの長きにわたり水素貯蔵技術を研究してきた秋葉博士は言う。「水素は常温では気体。液体にすると、マイナス253度を超えると蒸発してしまう。石油と違って水素は扱いが難しい」いかに安く、そしてコンパクトに水素を貯蔵・運搬できるかが水素社会到来のカギとなっている。

高圧ガスや液化水素で超えられない「壁」とは

水素の貯蔵方法はいくつかある。「高圧ガス(圧縮水素)」「液化水素」「水素吸蔵合金」などだ。高圧ガスの場合、350気圧または700気圧で水素を圧縮する。といってもイメージしにくいだろうから、この350気圧のすごさをわかりやすく説明しよう。水素・燃料電池実証プロジェクト(JHFCプロジェクト)のパンフレット「水素で走る 燃料電池自動車」にはこう書かれている。「1cm四方のキャラメルに、馬1頭が全体重(350キログラム)をかけた圧力」

2008年9月に、日本で初めて700気圧の充填が可能になった千住水素ステーション

350気圧と700気圧では、充填ノズルの形状も異なってくる

350気圧で水素を圧縮すると、1リットルのタンクの中に入る水素の量は24グラムだ。これを仮に710気圧に上げると41グラムに増える(気圧を倍にしても水素の量は倍にはならない)。ただ気圧を上げれば上げるほど、圧縮コストもかさむうえに、タンクの強度を増す必要も出てくる。その結果、タンクはかなり重くなってしまう。これではタンクの生産コストも、ガソリン車向けは1,000円以下なのに、燃料電池自動車向けだと数十万円と高価に。さらにタンクの材料に使う炭素繊維はリサイクル不可能……。

デメリットはまだある。高圧ガスでは、強度の問題から既存の設備(ガソリンスタンドの地下タンクやトレーラーなど)がまったく使えない。これはインフラを再構築しなければならないことを意味する。こうなってくると乗り越えるべき壁はとてつもなく高い。次に液化水素をみてみよう。現代社会は石油など液体燃料の扱いには慣れている。だから液化すると運びやすいというメリットはある。ただ、水素をマイナス253度以下に冷やすために膨大なエネルギーを投入しなければならない。それに加えてマイナス253度を超えると水素は蒸発してしまうため、これもまた扱いが難しい。液化水素が蒸発しないようにするにはどうすればいいのか。秋葉博士はこう説明する。

「科学的には、どんな個体でも小さい方が多くの熱を発散し、大きい方は熱の持ちがいい。例えばクマは地球全体に分布しているが、赤道付近ではマレーグマに見られるように小型。それに比べて北極に生息するホッキョクグマはうんと大きい。なぜか。極寒の地では体内の熱を外に出さず、温存しなくては死んでしまうわけ。だから体は大きい必要がある。対照的に赤道付近では熱を外に出したほうがいいので、体は必然的に小さくなる。この法則を当てはめると、蒸発しやすい液化水素のタンクは大きくなくてはならない。小さくてはすぐに水素が蒸発してしまうから」

つまり燃料電池自動車(小さなタンク)に液化水素を搭載するのは賢いやり方ではないということだ。