ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」などの企画・運営を行うトラストバンク。同社に“1人目のSRE”としてジョインし、SREチームリーダーとして活躍するのが香西俊幸さんだ。
元ギタリストという異色の経歴を持つ香西さんは、なぜセカンドキャリアとしてITエンジニア(以下、エンジニア)の道に進んだのか。現在に至るまでの流れを聞きながら、その激動のキャリアを追いかけた。
トラストバンク
CTO室 SRE香西俊幸さん
ギタリストとして活動した後、エンジニアにキャリアチェンジを果たす。複数社を経験後、トラストバンクに“1人目のSRE”としてジョイン。CTO室直下のSREチームリーダーとしてさまざまな開発・運用基盤の改善活動に携わっている。
DevOpsの実現を支えるSREチームのリーダー
--まずは香西さんの現在の業務について教えていただけますか?
香西さん(以下、敬称略):現在はCTO室直下のSRE(Site Reliability Engineering、サイト・リライアビリティ・エンジニアリング)チームリーダーとして、当社が運営するふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」などの各種サービスの開発・運用基盤や、サイトの基盤となるIaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)などの改善活動に携わっています。
SREはGoogleが提唱した考え方です。簡単に言えば、ソフトウェアエンジニアリングを用いてシステム運用を行ったり、サイトやシステムの信頼性を担保したりするというアプローチです。私は2020年12月に1人目のSREとしてジョインしました。ただ、SREという方法論・概念は抽象的な部分も多く、会社によってSREの捉え方が異なっていたり、SREの職務範囲も各社で違いがあったりします。
例えば、当社の場合はインフラ担当者がいなかったこともあり、以前はサービスの運用監視などを外部に委託していました。ただ、昨今はDevOpsの考え方が主流になっています。開発と運用の両チームが連携、あるいは統合していきながら、より開発スピード、品質を高めていこうとするDevOpsを実現するための取り組みの1つとしてSREを実践しています。
「指針とすべきプラクティス(やり方)があり、勉強すればするほどより良いものが作れて、自分の知識にもなっていく」という手応えを感じることができるSREという仕事は私に合っていたのだと思います。
私は開発組織へのDevOpsの実装や開発者がストレスなく開発、運用をしていけるように、開発環境の改善やシステム運用のためのさまざまな基盤を作ったり、ユーザーが安心してサービスを利用できるようにサービスの信頼性を高めたり、セキュリティまわりの改善を行ったりと幅広い業務に携わっています。必要に応じて私もアプリケーションのソースコードに修正、変更を加えることもあります。
コールセンター、SESを経てインフラエンジニアとしてスタート
--トラストバンクに入社される前の経歴を教えてください。
香西:私はエンジニアになる前は、もともとアマチュアのギタリストとして音楽活動をしていたんです。その後、エンジニアとしてSES(System Engineering Service)を提供する会社やメールサービスを提供する会社、人材紹介会社などを経てトラストバンクに入り現在に至ります。
2007年に音楽の専門学校を卒業して、20代前半の頃はもう音楽漬けの毎日でしたね。アルバイトをしながら、スタジオとかライブとかで活動していました。メタルやハードロック、ポップスなどの歌ものから、ジャズ・フュージョンみたいなインストゥルメンタルまで、いろいろやっていましたね。
--ギタリストですか!? まったく違う世界ですね! 音楽からITへキャリアチェンジされたきっかけは何だったのでしょう?
香西:ずっとギターが好きで、プロとしてやっていくことを目指していたわけですが、20代半ばくらいになって「これは厳しい世界だぞ」ということに気づき始めたんですね。音楽だけでお金をもらって生活できる人というのはごく一部で、私はこの世界で稼いでいくのはちょっと難しいかなと。それから、ちょうど結婚したタイミングだったということもありましたね。「やはり結婚したからには、正社員になって働くべきだろう」と漠然と考えていました。
一方で、就職を考えた時に、いったん音楽は「仕事」という選択肢からは外しました。音楽が好きだからこそ、それを仕事にするのではなく、仕事をしながら趣味として続ける方が自分には合っていると思ったからです。
--エンジニアとしての技術はどこで身につけられたのですか?
香西:その当時、アルバイトしていたのがコールセンターで、管理職のような業務をしていました。サポート内容がパソコン関係だったので、自然とパソコンには詳しくなっていたのと、業務でExcelやPowerPointを扱い、VBAなどを使っていたこともあり、ITへの抵抗感はなかったんです。
また、バンドをやっていた時も、自分でHTMLやCSS、JavaScriptなどでWebサイトを構築したり、そこからPHPなどでプログラミングをしたりしていたので、就職を考えた際にIT業界が自然と選択肢に挙がりました。それで何社か応募してみたら、未経験だったのですが内定がもらえて、エンジニアとしてキャリアをスタートしたんです。
当時はSREどころか、エンジニアの領域のことすら何もわかっていませんでした(笑)。今思えば当たり前なんですが、エンジニアといってもすごく幅広い領域がありますよね。単に「エンジニア」というのは、「スポーツ選手」というくらい幅広い言葉なんです。それすらわからないまま内定がもらえて就職したわけですが、就職先はインフラ系のSES(System Engineering Service)を提供する企業だったんです。
それまではExcelが使えてパソコンにちょっと詳しいくらいで、スキルは無かったです。サーバという言葉の意味すら知らなかったくらいです(笑)。よく採用してくれたなと思うんですが、どうやらSESの現場に人が足りていなくて、スキル問わず人が必要だったという事情もあったようです。
--そういった現場に未経験で飛び込んだのですね。かなりの苦労がありそうですが……。
香西:ありましたね。今でも覚えているのが、最初にVBScriptの改修作業を担当したのですが、もう書いてあることの意味が全然わからないんですよ。しかも、その職場は金融関連企業のシステムを担当していたのでセキュリティが厳しく、インターネットには一部の人しか接続できないので、不明点をその場で調べることもできないわけです。それで、コードをノートに全部手書きでメモして、それを自宅に持ち帰って調べるみたいなことをやっていました。
当時住んでいたところから職場まで片道1時間半くらいかかっていたので、帰宅するともう23時とか24時とかになるんです。そこから必死でプログラミングの勉強をして、2時間くらい寝てまた出勤するという生活をずっと続けていました。
--その時点でエンジニアへの道を諦めてしまう人もいそうです。
香西:そう思います。ただ、私はそんな生活もそれほど苦ではなくて。というのも、音楽の専門学校に通っていた時も新聞奨学金制度を使っていたので、早朝と昼間に新聞配達をして、その合間に授業に出席する生活をしていたんです。学校が終わったらまた配達して、そこからスタジオに入って、夜中になると友だちや先輩とご飯を食べに行く。そうした、夜遅くまで起きていて、短い睡眠時間で活動し始めるといった生活に慣れていたので、就職した当時も大変ではありましたが、辛くはなかったんですよね。
むしろ、知らないことをどんどん吸収して、できることが少しずつ増えていくことに喜びを感じていました。大変だからこそやりがいがありましたし、充実していましたね。
--どこか音楽の道にも通じるものがありそうです。
香西:たしかに、そうかもしれません。音楽とエンジニアリングって似ていると思います。楽器を演奏する技術も必要だけど、センスも必要だし、「誰とやるか」という部分も重要ですよね。それは、そのままエンジニアリングにも当てはまります。プログラムを正確に早く書けるだけではなく、設計や実装のセンスも必要になるし、どんな経験、知識があるエンジニアが関わるのかが問われる場面もあります。
複数企業で経験を積み、「やりたいこと」が実現できる場所へ
--その後のキャリアについても教えてください。
香西:最初のプロジェクトから外れて本社に戻った後は、ネットワーク系の資格を取りました。そのおかげでハイレベルな現場に入ることができ、さらに上位資格を取得するなどスキルを磨いていきました。それがだいたい今から9年くらい前だったと思います。
そうこうしているうちに、自社サービスを提供している会社で仕事をしたいと思うようになりました。そこで、取得した資格を生かしながら転職活動をして、メール配信サービスを提供する会社に転職しました。
その会社では、サービスの基盤となるオンプレミスのインフラ管理を中心に色々な業務を担当しました。データセンターの契約からサーバの調達、ネットワークやサーバの設計や構築、社内の情報システム担当やアプリケーションのローカライズのための開発、社内システムやツールの開発まで、エンジニアとして必要となるあらゆる仕事を経験することができました。今の自分があるのは、2社目で培った経験の影響が大きいと思っています。その会社は6年くらい在籍しました。
そして、転職した3社目の企業ではSREとして1年ちょっと勤務し、2020年にトラストバンクへジョインしました。
--トラストバンクへの転職を決めた理由は何だったのでしょう?
前職ではSREの考え方を用いてDevOpsを加速させたかったのですが、いろいろなしがらみがあって実現できず、もやもやしていました。その点、トラストバンクは私が最初のSREだったので、自分のやりたかったSREを用いたDevOpsの実装ができるチャンスがあると思ったんです。
「好きな漫画を読むような感覚」で学び続けることが成功の鍵
--これまでのキャリアでは新しいことに臆せずチャレンジされていて、それが成功を呼び寄せているような印象を受けます。ご自身としては何か心がけていることや意識していることはあるのでしょうか?
香西:「努力を努力と思わず取り組める」のは、プラスに働いていると思います。例えば、エンジニアは必然的に勉強することが多くなるのですが、私の場合は勉強というよりも、漫画を読むのに近い感覚で楽しんでいるんです。新しいストーリーが次々に展開されていって、どんどん盛り上がってくるような、知的好奇心が満たされていく感覚はとても楽しくて、「がんばって努力している」と思ったことはありません。
ギターを弾いていた時もそうでした。多いときは、10時間以上練習してもまったく辛いとは思っていませんでした。音楽と同じで、エンジニアリングにも終わりはありません。ジャンルの幅も広いし、「全部やりきった」ということもない。だからこそ、どちらも生涯楽しめるものだと思います。
--この記事を読んで、異業種からエンジニアに挑戦してみたいと思う方がいるかもしれません。そういった方にメッセージをお願いできますか?
香西:世の中には、さまざまなジャンルのエンジニアがいます。今は情報もたくさんあるし、勉強するための材料もそろっています。ですから、まずはITやエンジニアリングのどの領域に関心があるか知るために、情報を集めたり勉強してみたりするといいのではないでしょうか。
もし、「自分には合わない」と思ったら、また別の領域に手を出してみてください。「実はギターじゃなくてベースが合っていた」とか、「ドラムのほうが熱中できた」とか、そういった感覚で色々と試してみることで、自分にぴったりの領域が見つかるかもしれませんから。