インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工場、工事風景などを見学したりして、非日常を味わう小さな旅の一種である。
いつもの散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさを共有することを目的とする本コラム。今回は、1943年創業のガラス製造販売会社、イケダガラス株式会社の川越工場を訪問した。
今さらながら「インフラ」とは何か?
インフラとは、“社会や経済、国民の生活を支える基盤となる施設や設備、サービス”のことである。それでは、私たちの日常生活を支える最も身近な超重要施設と言えば?
どんな答えでも正解になりそうなざっくりした問いだが、記事を先に進める都合上、やや強引に断言したい。
「そりゃあ、コンビニでしょ」と。
ある統計によれば、今や国民の5割以上が週に1回以上コンビニを利用しているという。人によって多少の温度差はあれど、現代人にとってコンビニが、生活のインフラと呼ぶべき重要な存在であることは疑う余地がない。
そんなコンビニで、ずっと昔からレジ横の一等地を占有しているのが“中華まん”である。コンビニ中華まんの歴史は長く、始まりは1970年代にまで遡る。
山崎製パンが展開したサンエブリー(1977年開店)やデイリーストア(1978年開店)にて店頭商品として販売されたのがきっかけとなり、ほとんど間髪を入れずセブン-イレブンやサンチェーン(後にローソンに統合)といったほかのコンビニチェーンも、次々と中華まん販売に参入した。
日本にコンビニが誕生したのが1974年であることを考えると、わずか数年後には中華まんが目玉商品として定着したことになる。
現在では、定番の肉まん・あんまん・豚まんに加え、もはやおなじみのカレーまんやピザまん、さらにはショコラまん・チャーシューまん・ホットケーキまん・照り焼きクリーム肉まん・ビストロまん・明太チーズポテトまんなどなど、ユニークな“まん”が、『それいけ! アンパンマン』のキャラクターのごとく、シーズンごとに次々と登場して我々を楽しませてくれる。
特に今のような寒い寒い冬の日、冷えた体を癒やし空腹を満たすコンビニの中華まんほどありがたいものはない。レジ横のケースから取り出されて手元に届く瞬間、アツアツの中華まんはどんな高級料理にも負けないほど美味しそうに見えるものだ。
中華まんを支える「専用ケース」に注目
そんなコンビニ中華まんを、常にふっくらアツアツの状態に保ってくれる立役者がいる。
スチーマーやスチームマシンなどと呼ばれる、コンビニの「中華まん専用ケース」だ。このケースこそ、今回の記事の主題なのである。
中華まんの温度と湿度を適切に管理する専用ケースは、外側のガラス部分に「コ」の字型に曲げられた強化ガラスが使われている。接合部のない曲げガラスは、客側からは死角となる箇所がなく、ケースの中の商品が見えやすい。
次にコンビニを訪れた際には、この専用ケースを注意して見てほしい。驚くべきことに、ケースの製造メーカーは違っていても、外側の「コ」の字型ガラスはどのコンビニのものでも、ほぼ同じ形状であることに気づくだろう。
実は、全国のコンビニで使用されている中華まんケースのガラス部分は、ほぼ100%がイケダガラスによって製造されているのだ。
イケダガラスは1943年創業の総合ガラスメーカーで、建築、産業、自動車の3分野にわたりガラス製品を製造・販売している企業である。中でも、特殊な加熱処理と急冷を施すことでガラス全体に均一な強度を与える強化ガラスの分野で高い評価を得ている。
1981年に設立された同社の川越工場では、自社開発の強化炉を駆使して、家電や冷凍冷蔵ショーケース、遊戯機器などに使用される産業用強化ガラスを製造している。
現在は1981年から稼働している第一工場と、2006年に設立された第二工場で、合わせて約100名の工員が、日夜、強化ガラスの製造作業に勤しんでいて、中華まんケース用の強化ガラスは1日あたり約140枚生産されているという。
中華まんの需要が高まる冬に向け、ケース用の強化ガラスは春から夏にかけて受注し、9月ごろに出荷量のピークを迎えるという。この計画的な生産体制が、全国のコンビニ中華まんの安定供給を支えているのだ。
ちなみに、同工場で最も多く製造されているのは遊戯用の強化ガラスだ。そのほかにも電車のホーム可動柵やトンネルの照明カバーなどのさまざまな産業用ガラスを生産、加工している。そちらもとても気になるが、今回は主題の中華まんケースに集中しよう。
イケダガラスの工場見学
川越工場を訪れた際に印象的だったのは、稼働中のガラス工場にもかかわらず、建物内が快適な温度に保たれていることだった。以前は相当な熱気に包まれていたそうだが、近年の空調システム強化により、働きやすい環境が整えられている。さらに、工場内は清掃が行き届き、チリ一つ落ちていない清潔さだった。
近代的な工場なので工程の多くは自動化されているが、検査など各所の重要なポイントでは、たくさんの人たちが忙しそうに立ち働いていた。
中華まんケース用の強化ガラスは、素板ガラスを「曲げ強化炉」に通すことで製造される。
この炉は、ガラスを高温で加熱して曲げ加工を施し、すぐに急冷することで、衝撃に強い強化ガラスを作り上げる装置だ。
機械の入り口では一枚の平坦なガラス板だったものが、出口から出てくるときには、コンビニのレジ横で見慣れた「コ」の字型に加工されていた。
確かにコンビニのレジ横で見覚えのある形のガラスが出てくると、なぜだか少し感動するものだ。
冷却済みとはいえ、出てきた強化ガラスの上の空気がゆらゆらと揺らいでいるのが見え、まだ相当な高温なのだということがわかった。
工場のスタッフがチェックしながら台の上に一つ一つ並べ、さらに冷やしていた。
この曲げガラスは少しのサイズ違いで二種が作られ、大と小を合体させたペアガラスに仕立てられる。それが、この工場から出荷される中華まんケース用強化ガラスの完成品だ。
熱帯魚の水槽から中華まんケースへ
見学中に耳にした興味深いエピソードがある。
現在の中華まんケースは、実は熱帯魚の水槽用強化ガラスを転用したものであるというのだ。
1980年代、日本で熱帯魚ブームが巻き起こり、多くの家庭や企業で水槽が使用されていた。しかし、バブル崩壊を経て熱帯魚の飼育が下火になると、水槽用ガラスの需要は急減。 イケダガラスはこの危機に際し、水槽用に生産していた曲げ強化ガラスを中華まんケースへ転用するというアイデアを打ち出した。
それまでのコンビニで使われていた中華まんケースは、平面ガラスを3枚組み合わせる方式が主流だったが、「コ」の字型の曲げガラスを採用することで角のつなぎ目が不要になり、商品の視認性が向上した。この転用策が功を奏し、同社は現在のほぼ100%のシェアを獲得するに至ったのである。
世の中には、危機をチャンスに変えた成功物語が数多く存在する。次にコンビニを訪れる際には、中華まんのケースを眺めながら「これがかつて熱帯魚の水槽だったのか」と思いを馳せてみてはいかがだろうか。