マツダが作ったサングラスとなれば、普通のサングラスと何が違うのかも気になるところだ。実物を見て両社の話を聞いてきた。
マツダがグッズに積極的な理由
マツダは「MAZDA COLLECTION」というマーチャンダイズを手がけており、これまでに「ドライビングシリーズ」として「ドライビンググローブ」(2.3万円)、「ドライビングシューズ」(4.6万円)、「クロノグラフウォッチ」(6.93万円)を販売してきた。第4弾となる「ドライビングサングラス」は3.96万円だ。
マツダのグッズの特徴は、同社のカーデザイナーがスケッチを描くところから関わっているところ。「クルマ単体ではマツダが伝えたい世界観の全てをまだ描ききれていない」という思いから、より身近なプロダクトをクルマとセットで打ち出し、世界観を伝えることに注力しているそうだ。
今回、「ドライビングサングラス」を手がけるに至ったのはなぜなのか。開発に携わったマツダ デザイン本部 ブランドスタイル統括の南澤正典さんはこう語る。
「マツダ車を買って、クルマとともに生き生きと過ごしていただくという観点から、これまで3つの商品を作ってきたのですが、次はどうするかという話になりました。マツダには、私もエクステリアデザインを担当した『ロードスター』というクルマがあります。ロードスターはオープンカーなので、日差しの強い時にはサングラスをかけて運転する人も多いんです。そういう人たちのために、より生き生きと過ごせるサングラスを作ってあげたいというのが始まりでした」
サングラスに込めたマツダのこだわり
2021年に経済産業省が開いたフォーラムでマツダのワークスチーム「MAZDA SPIRIT RACING」代表を務める前田育男さんとJINS社長の田中仁さんが出会い、交友を深めてきたことから実現したという両社の共創。スタート時の印象をJINSの浅田敬一デザイナーは、「ドライビングに適したフレームなどはあると思いますが、ドライビング用サングラスと定義されているものは少ないと思います。今回はそこに挑戦すること自体が他とは違うと感じて、面白い取り組みだなと思いました」と話す。
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「ドライビングサングラス」の特徴のひとつが偏光レンズ。通常の偏光レンズだと反射がなくなり運転しやすい半面、例えばヘッドアップディスプレイの文字が見えにくいといったデメリットもあるそうだ。マツダとJINSが採用した偏光レンズは、ドライビングに適したグレーをチョイス。可視光透過率や色の濃さにもこだわったそうで、反射は押さえつつヘッドアップディスプレイもクリアに見えるように作ったという
時に「やりすぎ」とも形容されるマツダのエクステリアデザイナーが関わっているだけに、開発にあたっては「マツダのこだわり」に四苦八苦するシーンもあったとJINS側は振り返る。
例えばフレームデザインだ。マツダのエクステリアデザイナーの菊地有美子さんは、デザインを考える際のポイントとして「機能的にも見た目的にもフィットするような、フレームを上から見たときのカーブ」と「光と影をしっかりとコントロールしながら、動きを形にしているところ」を挙げている。
それを聞いた時に浅田さんは「クルマほどのボリュームがない中で、どうやって(光を)動かすのか」と唖然としたそうだ。
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ブリッジセンターから始まり、サイドからテンプルエンドへと流れる光の動きを実現する造形にこだわったフレーム。サイドの断面に入れたネガ面は、光をコントロールするとともに、横から見た時の美しさも意識してのもの
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オブジェを前田さんに見せたところ、「全体像がわからない」ということで、装着できる状態にまで仕上げたいわゆる「モックアップ」も製作してしまったという南澤さん。これには浅田さんも「ここまでやられてしまうと、正直つらい部分もある」と苦笑い
フレームの材質はチタンだ。これも、「マツダスピリットレーシングが出すものは本物でなければ、という気持ちがすごく強くて、サングラスでも金属をしっかりと表現したい、それにはプラスチックではダメだ」(南澤さん)という思いから採用したという。
チタン自体は人工骨にも使えるなど人体親和性が高く、金属アレルギーも起こしにくいと言われているが、今回は色の部分でも、表面処理を含めアレルギーを引き起こす可能性のあるものを極力排除した。少し汗ばんだりしたとしても、アレルギーを起こさず快適にかけ続けられるようにとの配慮からだ。
ただ、チタンにしたことで、試作品に対しては「こめかみの締め付けが強い」との意見が出た。南澤さんから相談を受けた浅田さんも、当初は「薄くするしかない」と答えたそうだが、マツダの熱意に押される形で再考。提案したのが「バネヒンジ」だ。
蝶番ヒンジと比べて、開いたり閉じたりしても圧力がそんなに大きくないという特徴があるバネヒンジ。「ドライビングサングラス」が採用している形状はJINSではあまり使っておらず、提案を受けたマツダ側で急遽デザインし直し、完成させたそうだ。
ほかにも、途中経過を確認するために南澤さんと菊地さんが鯖江の職人の元を訪ねる異例の工場見学を実施するなど、紆余曲折を経て完成した「ドライビングサングラス」。前田さんは「そこまでやれと言った記憶はないですが、デザイン統括としてすごく反省しています」と浅田さんに頭を下げていたが、後から南澤さんに聞くと「自社のクルマ開発のノリで進めてしまった」と反省の弁は述べつつも、表情からはあまり悪びれた様子が伺えなかった。
おそらく現場の思いとしては、普段からマツダがクルマ作りに向き合う熱量のままプロダクト製作を進めてしまっただけの話なのだろう。それだけに「ドライビングサングラス」は胸を張って送り出せる自信作に仕上がっているに違いない。
最後に3人は、今回のプロジェクトを次のように振り返っていた。
「プロジェクトがスタートした当初はどうなるかと思っていたので、一言でいうとホッとしました。今回、こういったご縁をいただいて、本当にありがたかったです」(浅田さん)
「ずいぶん時間をかけて、浅田さんにもだいぶご迷惑をかけてしまいましたが、やっと皆さんにお披露目できるとあって、嬉しい感情でいっぱいです」(南澤さん)
「JINSの皆さん、職人さんを含め、たくさんの方に協力いただき、作りたいものが作れました。『ドライビングサングラス』をかけて皆さんにドライブを楽しんでいただけたらいいなという気持ちで送り出したいです」(菊地さん)