新薬の開発には、莫大なコストと長い時間がかかります。この創薬にかかわる基盤技術の開発、そしてバイオ産業の発展を支える組織が、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター(以下、創薬分子プロファイリング研究センター)です。同センターは、産学官一体となった新薬開発の実現、という強い社会的要請に応じる形で、2013年4月に設立されました。

新薬開発にかかるコストの多くは、化合物の開発に投じられています。このコストは日々増大を続けており、製薬企業に共通した課題となっています。同センターでは化合物とタンパク質の相互作用メカニズムを体系的に解析する基盤技術を開発し、その解析プラットフォームを知見とともに産業界へ提供することで、先の課題解消に取り組んでいます。この取り組みの1つとして進められているのが、医薬品候補物質の探索から分子設計までがひととおり実行可能なソフトウェア「myPresto」の整備です。

myPrestoのユニークな点は、無償でかつ商業利用を可として提供していることにあり、そこでは myPrestoを媒介とした「オープンで自由参加が可能な創薬エコシステム」の実現が目指されています。同センターでは、この創薬エコシステムを実現する基幹技術として、クラウドに着目。既に同センター内で利用している Microsoft Azureの創薬エコシステムへの組み込みが検討されています。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所

プロファイル

「産学官が一体となった新薬開発への取り組み」を目指して設立された、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター。同センターでは、探索研究から臨床研究におけるボトルネックの解消を目指し、分子プロファイリングを体系的、かつ高スループットで遂行する基盤技術に関して、日々、研究開発が行われています。

導入の背景とねらい
新薬開発に要するコストの6割を占める「化合物の開発」。各製薬企業に共通の課題ゆえに、バイオにかかわる全企業が参加するエコシステムの構築が必要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター 研究センター長 医学博士 夏目 徹氏

患者側の経済的負担や体力消耗の低下、治療期間の短期化など、外科手術と比較し多くのメリットが期待できる薬物治療。総合的な医療費削減にもつながる点を加味すると、難病治療に向けた新薬開発の重要性は非常に高いといえるでしょう。一方で、新薬開発に要するコストは増加の一途をたどっており、承認取得確率についても悪化の傾向を示しています。多大なコストを投じて開発した新薬のほとんどが製品化されないという今の状況は、製薬会社において深刻な事態だといえます。

投薬では、生命システムを司るタンパク質に化合物を結合し、生命の情報ネットワークを制御することで、人体への作用を生み出します。この化合物とタンパク質の相互作用と化学結合様式を理解するための研究は「分子プロファイリング」と呼ばれます。こうしたメカニズムを体系的に解析する基盤技術を研究することで、先に述べた重大な産業課題の解消に取り組んでいる組織が、創薬分子プロファイリング研究センターです。

バイオ産業の活性化と新たな市場の創出を目指し、同センターでは医薬分子の解析プラットフォームを産業界へ提供しています。創薬分子プロファイリング研究センター 研究センター長 医学博士 夏目 徹氏は、現在の新薬開発が内包する課題の深刻さを、次のように説明します。

「既に治療しやすい病気に対する薬は概ね完成しているため、タンパク質と化合物のメカニズムを理解したうえで開発に取り組まねば新薬が生まれにくい状況となっています。しかし、こうしたメカニズムへの理解があっても、製薬会社が苦難のすえ開発した活性化合物(人体に作用する化合物)のうち約9割は、薬効不足と副作用によって臨床研究の前段階で開発中止となってしまうのです。新薬の開発には1剤で約2,000億円の費用が必要といわれますが、そのうちのおよそ6割は化合物の開発に投じられます。この『化合物の開発コスト、期間の最適化』は、各製薬会社が頭を悩ませる共通課題だといえるでしょう」(夏目氏)

こうした課題を解消するには、各製薬企業で共通している作業を標準化する必要があると、夏目氏は続けます。

「仮に化合物とタンパク質との相互作用が知り尽くされ、かつその知見と技術、解析プラットフォームが共有されていれば、先の共通課題は解消されるでしょう。そこでは臨床研究の成功率も飛躍的に向上させることができるはずです。これによって新薬開発における疲弊も低下し、製薬企業全体の競争力向上も期待されます。各企業で共通している課題については、産業全体で見た場合、それを解消するための知見や技術を共有すべきなのです」(夏目氏)

新薬開発のフローでは、活性化合物が発見された後、標的となるタンパク質と正確に結合させるべく、化学結合様式についてのシミュレーション計算と、その計算結果をもとにした化合物の分子構造改変が行われます。新薬の候補となる化合物へ改変するまでには、通常2~4年の歳月を必要とします。これは各製薬会社にとって共通の工程であり、そこに要する多大な開発コスト、期間もまた、夏目氏が語るとおり共通課題となります。

製薬 R&Dにかかる研究開発費例。「Target-to-hit」「Hit-to lead」「Lead Optimization」という活性化合物の開発段階が、全体のコストの約6割を占める。 引用 S.M.Paul, et. al. How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry's grand challenge. Nature Reviews Drug Discovery 2010,vol9,203-214.

創薬分子プロファイリング研究センターでは、こうした課題解消を目指した取り組みの1つとして、医薬品候補物質の探索から分子設計までがひととおり実行可能なソフトウェア「myPresto」の整備を進めています。myPrestoの概要について、創薬分子プロファイリング研究センター3D分子設計チーム チーム長 福西 快文氏は、次のように説明します。

「人類が創出した化合物は現在1億種ほどありますが、myPrestoは、そのうち実在の600万種類と合成可能な仮想化合物の計4,000万種以上の化合物をデータベース化しています。myPrestoではこのデータベースをもとに、医薬品の候補となる物質の探索や、分子のシミュレーションによる薬物結合の予測、薬物スクリーニング、さらには分子の設計まで行うことができます。myPrestoのユニークな点は、無償で提供しており、かつ商業利用を可としていることです。これは、現在推し進めている『オープンで自由参加が可能な創薬エコシステム』の取り組みも含めた、myPrestoの大きな特徴だといえます」(福西氏)

新薬開発では、分子設計以降にも、試薬の発注や合成、アッセイ実験、シミュレーション計算、動物実験など、多くの工程が続きます。それらをサービスとして提供するさまざまな企業が集まり、myPrestoを媒介としてビジネスを創出するしくみが構築できれば、主要ユーザーである製薬企業だけでなく、バイオにかかわる全企業の活性化が期待できます。

myPrestoを媒介とした創薬エコシステムのイメージ図

日本におけるバイオ企業の数は欧米や中国と比較するときわめて少数であり、学術機関のポスト以外に就職口は限られています。つまり、若い人材がバイオ技術の才能を育んだとしても、それを活かす場がないのです。 myPrestoを媒介とした「オープンで自由参加の創薬エコシステム」が機能すれば、バイオ産業の活性化、ベンチャー参入などにつながります。才能を持つ新たな人材も増加し、日本のバイオ技術の底上げにつながるでしょう。 このように大きな意義を持つ創薬エコシステムですが、福西氏は、その構築においてはクラウド技術が非常に重要な基幹になると語ります。

「バイオ産業は、国内においては大手企業よりも中堅、中小企業での取り組みの方が活発な傾向にあります。こうした小規模なバイオ企業をいかにして束ね、そこで公平な競争を生み出すかが、創薬エコシステムの実現における鍵といえます。クラウドが持つ特性は、この創薬エコシステム構築における基幹の技術となるでしょう。たとえばシミュレーションや予測計算には大きなコンピューティングリソースを必要とします。クラウドのリソースを活用し共有環境とすれば、各企業は大掛かりな設備投資なしでそれを利用できます」(福西氏)

導入の経緯、効果
創薬エコシステムを実現する基幹たるクラウドへ、既に同センター内で利用しているAzureの組み込みを検討

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター 3D分子設計チーム チーム長 福西 快文氏

化合物データベースの容量は、myPrestoが備えるものだけでも100GB 以上あり、このデータは毎年更新されます。バイオにかかわる多くの企業が同じデータを活用するため、クラウド上で最新のものが共有できることは大きな意義を持ちます。また、多種にわたる創薬関連のソフトウェアも、共有利用できる環境があらかじめクラウド上にセット アップされていれば、調達やインストール作業といった工数、コストを省くことが可能です。このように、クラウドを活用してリソースの共同利用、共有化を進めることは、創薬エコシステムの発展において必須ともいえる取り組みとなります。

とりわけ、福西氏が触れたコンピューティング リソースは、共同利用、共有化に非常に適した領域といえます。シミュレーションや予測計算には高性能なGPUが利用されますが、それを自らで調達する場合、コストだけでなく、GPUの稼働によって発生する消費電力、発熱への対応なども大きな負担となります。

実際に創薬分子プロファイリング研究センターでも、これらシミュレーション作業における多くの場面でクラウド環境を活用。そこでは、マイクロソフトが提供するGPUコンピューティングサービス「Microsoft AzureNシリーズNC24」も利用されています。

Microsoft Azure N シリーズのラインアップ

福西氏は、同サービスを利用したきっかけについて、次のように説明します。

「GPUコンピューティングリソースについてはマルチ クラウドの方針で利用していますが、AzureNシリーズは、大手他社のサービスと比べて遜色なく利用できています。そのうえで、マイクロソフトのオープンな事業方針には満足しています。マイクロソフトは近年、ソフトウェアやクラウドなどさまざまな領域で『オープン』をマニフェストとした取り組みを進めています。これは当センターの思想とも共通するものだと感じています。そのもとで、単なるモノ売りではなく、我々が目指すエコシステムの実現に向け共同で取り組んでいこうと、サービスの紹介時にお話があったのです。日本におけるバイオ産業の発展を技術側から支援いただける、有力なパートナーだと感じました」(福西氏)

現時点では、Azureは創薬分子プロファイリング研究センター内だけで利用されています。まだ創薬エコシステムには組み込まれていないものの、近い将来でそこへAzureを取り入れる可能性があると、福西氏は続けます。

「Azureはグローバルで展開されていますので、創薬エコシステム内に組み込めば、そこで生まれるビジネス領域を国外にまで拡大することができるでしょう。バイオ企業のすべてが英語に精通しているわけではないですが、Azureが備える翻訳機能やボット チャットのしくみを活用すれば、コミュニケーションの支援やその自動化が可能です。また、Microsoft Azure Marketplaceを利用することで、商流をよりシンプルにできるでしょう。これら Azureで実現できる数々の事項は、小規模な企業を束ねていくうえで有効に機能すると思います」(福西氏)

今後の展望
バイオ産業全体が知見と技術、プラットフォームを共有できる環境整備を進めていく

バイオ産業の活性化は、単一の企業、組織の活動だけで実現されるものではありません。新たな技術開発とプラットフォーム整備を行う研究機関、それを積極的に活用する企業、そしてそれらの活動をITで支援するベンダーの三者が連携することでようやく前へ進むといえます。 福西氏は、今後創薬エコシステムを発展させていくうえで、マイクロソフトにはより密な支援を期待したいと語ります。

「現在、日本国内のバイオ産業は楽観できる状況にありません。新薬開発では『計算化学』という領域が重要なウエイトを占めますが、先に触れたとおり、日本はいま、それを積極的に学ぼう、その仕事に就こうという人が増えにくい環境にあります。しかし、計算化学はバイオ産業の発展において必ず必要となる領域です。技術をオープンにするという点で、我々とマイクロソフトの思想は共通しているはずです。マイクロソフトには、計算化学という文化の継承と、ひいてはバイオ産業の発展に対するこれまで以上の支援をお願いしたいですね」(福西氏)

創薬エコシステムの発展は、作業工程の短期化(高スループット化)という観点で、大きな効果をもたらすことが期待されています。計算化学の発展によりシミュレーションの高精度化や自動化が進めば、バイオ産業の活性化はより加速していくでしょう。 夏目氏は、ロボティック・バイオロジーというアプローチで研究開発とそのプラットフォーム提供を進めることで、スループットだけでなく再現率の向上やその自動化へも寄与していきたいと語ります。

「バイオ実験の再現率は約20%といわれており、世界中がその低さに頭を抱えています。各組織の研究者が個人的な発想のもと、個別に研究をしているままでは、この水準はいつまでたっても改善しません。各研究者が統一のデータを取得し、そのデータをもとに予測や仮説を設定、そしてそれを標準化された方法で検証するというフローをもって、産業全体で再現率を高めていかねばならないのです。こうした開発、実験の標準化において有力なテクノロジとなるのがロボットです。ロボットは、過酷な連続実験、精密な作業を要求される実験といった『人間には難しい実験』の標準化を可能とします。またAIが発展することで、実験の組み立ての自動化も可能となるでしょう。こうした環境を整備することで、スループット面だけでなく、精度とオートメーションという側面からも、バイオ産業の発展を支援していきたいと考えています」(夏目氏)

人間には難しい実験の標準化を可能とする、バイオ関連作業用ヒト型汎用ロボット「まほろ」

ロボットやAIといった環境を個別の企業が独自開発し運用することは、非常に困難です。それゆえに、夏目氏は、創薬分子プロファイリング研究センターがまずこの環境を実現するための技術を開発し、早期にプラットフォーム化して産業界へ提供していきたいと意気込みます。 創薬エコシステムをはじめとし、バイオ産業の活性化を目指したさまざまな研究を進める創薬分子プロファイリング研究センター。同センターが目指すビジョンの達成を支援すべく、マイクロソフトでは、同センターの期待に応える活動を続けていきます。

ユーザー コメント
「GPU コンピューティングリソースについてはマルチクラウドの方針で利用していますが、AzureNシリーズは、大手他社のサービスと比べて遜色なく利用できています。そのうえで、マイクロソフトのオープンな事業方針には満足しています。マイクロソフトは近年、ソフトウェアやクラウドなどさまざまな領域で『オープン』をマニフェストとした取り組みを進めています。これは当センターの思想とも共通するものだと感じています。そのもとで、単なるモノ売りではなく、我々が目指すエコシステムの実現に向け共同で取り組んでいこうと、サービスの紹介時にお話があったのです。日本におけるバイオ産業の発展を技術側から支援いただける、有力なパートナーだと感じました」

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター
3D分子設計チーム チーム長
福西 快文氏

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