企業によっては在宅勤務が半年以上続くというなか、はたして私たちビジネスパーソンは、仕事における満足感を、以前と同じように得られているのでしょうか? 今回は、慶應義塾大学大学院で「幸福学」を研究する前野 隆司氏に、幸せな在宅勤務の在り方について、教えてもらいました。
科学が明らかにしつつある「幸福」のしくみ
──はじめに、「幸福学」とは、どんな学問なのか教えていただけますか?人の幸せを研究し、測ることができるのでしょうか?
幸福学は心理学から始まった学問です。統計調査によって、「どんな人が幸せなのか?」を明らかにする研究が、欧米では40年以上も前から進められてきました。たとえば、2002年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のカーネマン名誉教授は、「収入が7万5千ドル(約780万円)を超えると、それ以上の収入と感情的幸福の間に関係が認められない」ことを発見しています。
現在の幸福学は、どうすれば人々を幸せにするための製品や職場、まちづくり、教育を実現できるか、といったことを探る応用領域にまで発展しています。
──さまざまな研究によって、幸福に関するエビデンスが集まってきているのですね。先生が幸福学に注目されたのはなぜでしょうか?
元々、「資源のない日本をテクノロジーによって幸せにしよう」と思って、エンジニアをしていました。でも、「ぼくがつくったカメラやロボットは人を幸せにしているのだろうか……?」と仕事に疑問を持つようになったんです。
ものづくりの設計には、シャッタースピードを何秒にする、といったスペックは細かく考えられていますが、幸せをもたらすためにこうする、という議論はありませんでした。工学者にとっては、「幸福」が測りがたい、曖昧なものに思えたせいもあるでしょう。しかし、2000年代に入り、心理学者が幸せの計測をしていること知ったのをきっかけに、幸福学の研究に取り組むようになりました。
幸せに働くためには
──現在はSDGsに「働きがい」という目標が設定されたり、日本でも「健康経営」という言葉が一般化していたりなど、「幸せな働き方」が注目されつつあるように感じます。こうした動きについてはどう思われますか?
幸福学にとって追い風が吹いていると感じます。その理由の1つは、幸福の効果が、広まってきたからでしょう。わくわく楽しく幸せに働いた方が創造性も生産性も上がるし、心の病になりにくいといったことが、科学的に明らかになったのです。Chief Happiness Officer(CHO:最高幸福責任者)という、社員の幸せをマネジメントするための役職を置く企業も現れました。
──そんな役職が登場しているとは驚きです。では、一体どうすれば、「幸せに働く」ことができるのでしょうか?
幸せには4つの因子(※)があります。管理職が部下に「お前これやっとけ」とだけ言うのは、仕事の分担としては効率的かもしれませんが、“「やってみよう」因子”を阻害する最悪の行為です。やらされる仕事ではモチベーションは満ちません。また、自分の出世ばかりを考えて利己的になると、“「ありがとう」因子”が欠如して、結局、幸せになりにくくなってしまいます。
ぼくからオススメしたいのは、職場でよく対話をすることです。自分の周りには、実は誇り高い仲間がいて、単純作業ではなく社会に役立つことをしているんだ、と自覚し、再発見することが幸せに働くことへとつながります。
幸せの4つの因子
人の幸せに影響する要素として前野氏が唱える4つの因子。個人の在り方と他者との関係性の質にある「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」で構成され、これらを主体的に取り組むことで幸福度が上がっていくというもの。
在宅勤務でもできる幸福学の応用
──しかし、withコロナの時代となり、テレワークや在宅勤務が推奨されたことによって、人と人との繋がりが、さらに希薄になってしまいがちな状況です。どんな工夫をしていけば良いのでしょうか?
まずはオンラインの情報量を豊かにしましょう。Webカメラやマイクに気を使って、互いの表情や声色をできるだけクリアにするんです。4K・8Kのテレビ映像にもの凄く実在感があるように、情報量を高精細にした方が、ちゃんとそこに人がいると感じることができて、オンラインのストレスは軽減されます。
できれば、在宅勤務用のITデバイスも必要なものは会社が支給すべきではないでしょうか。出歩かずに家で仕事をするならば、軽量な端末よりも、高スペックなPCや画面の大きなモニターの方が作業をするにも便利ですし、オンラインのコミュニケーションだって充実させてくれます。
──雑談ですか。実は第1回のインタビューでも、雑談の重要性に触れられていたのですが、学術的な見地からはどのような役割があるのでしょうか?
仕事を始める前のちょっとした近況報告とか、面談が終わった帰りのエレベーターでのやり取りとか、実はそういった場面で、最も人間味あふれる交流が起きているんです。「最近どうですか?」「よお、元気?」などと言ってもらえるだけで、人の幸福度は大きく変わります。
オンライン通話だとブチッと切れて、それで打ち合わせが終わってしまいますが、雑談という余白がなくなると、ボディブローのように少しずつストレスが溜まり、気づかないうちに不幸せになっていくおそれがあります。
ぼくの講義では最初、少人数のグループに別れて、近況報告するようにしています。終わったあとも、残りたい人はオンライン通話に残っていて構いません。ポイントは、「オンラインに人間味を持ち込む」ことです。
また、雑談には、創造性を向上させる効果もあります。廊下でたまたま出会った2人が「いやあ、実は悩んでてさあ」「それなら……」と会話することによって、イノベーションのタネが生まれることもあるのです。こうした偶発的な発展のことを「セレンディピティ*」と呼びます。
オンライン飲み会や食事会の経費を支給している企業がありますが、これは幸福学研究者からみて、幸せへのインセンティブが働くとともに、セレンディピティを生み出す非常に良い取り組みだと言えます。
──「オンラインに人間味を持ち込む」うえでの、心構えや秘訣をもう少し詳しく教えていただけませんか。
幸せの4つの因子の残りは、“「なんとかなる」因子”と“「ありのままに」因子”です。楽観的に、そして素直に自分らしく考えてみることです。馬鹿馬鹿しいと思っても、いろいろ提案したら思いがけない効果があるかもしれませんよ。
ぼくのゼミではオンライン食事会をしているのですが、あるとき「全員でギョーザを食べて、ホッピーを飲もう」という話になりました。実際に同じ釜の飯を食べたわけではないのですが、凄く盛り上がりました。
かつて職場で「飯食いに行こう」と普通に誘っていたように、オンラインでのランチに誘っても、新たな発見があると思います。初めから無理と言わずに、とりあえず試してみることです。
いかに自分と相手を快適にしていくか。これは、ビジネスセンスを磨くなかでとても重要な思考であり、創造性を鍛える訓練になります。今まで「どうせルーチンワークだし……」と思っていたような仕事も、世界的な想定外の事態では、いくらでもクリエイティビティを発揮することができます。辛いこともあると思いますが、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」を忘れずに取り組んでみてください。
──最後に、読者に向けて「幸せに働く」ためのメッセージをお願いします。
ぼくはやっぱり、もっと愛のある社会になって欲しいと思うんです。人を騙してモノを売ったところで、幸せにはなれないと科学が裏付けています。相手を思って心から良いと薦めれば、それは伝わっていき、売上げに繋がります。皆さんが日頃提供している製品・サービスに誇りを持って、どうか人として、人に届けていってください。
──ありがとうございました。
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セレンディピティ
素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。自然科学の分野では、思いがけない発見、すなわち失敗が転じて成功に結びつくことを指す場合もあり、世界初の抗生物質であるペニシリンの発見もセレンディピティの一種とされる。
LenovoPROについて
Lenovoの法人専用ストア「LenovoPRO」では、一社ごとに専属スタッフが担当し、テレワークのためのPCはもちろん、前野氏が薦めていた「情報量を豊かにする」Webカメラ、マイクなど、用途ごとに最適なデバイスの購入を支援します。お問合せはWeb、または電話でも受け付けています。
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