アナログ人間の電王戦

──佐藤六段は棋譜のデータベースを活用しだしたのもここ1、2年からというくらいのアナログ人間だったそうですね。

佐藤紳哉六段

ええ。ネット対局も仕事以外ではやったことがないです。子どもの頃から将棋盤と駒でとにかく自分の頭で考えてやってきたので、コンピュータのような便利なツールを使って将棋に関わることに抵抗があったんですね。

──その佐藤六段が、なぜ今年の第3回将棋電王戦に出場したのですか。

アナログ人間だからこそっていうところもあると思うんです。まるで地球に宇宙人が攻めてきたような感じじゃないですか(笑)。コンピュータという未知の世界の強さに対して、いままでやってきたやり方で対抗したいという気持ちがありました。コンピュータを使い慣れている人が戦うよりも、自分のほうが逆にいちばん合っているんじゃないかと。

──昨年の12月初めに練習用として、ご自宅に電王戦公式統一パソコン「ガレリア電王戦」が届きました。ソフトとはどういった形で研究をしたのですか。

基本的には実戦ですね。戦うことによって相手との力関係を見たい、距離感を測りたいと考えました。最初は第3回将棋電王戦に出場する5つのソフトと一通り指してみましたが、1月からは自分が対戦する『やねうら王』一本で練習しました。

──やねうら王の将棋にはどんな印象を持ちましたか。

コンピュータらしい手を指すというか、ソフトとしてはオーソドックスな棋風かなと感じました。あと、研究されづらいようにということを考えてなのか、序盤から時間を使って、悪くならないように戦おうという意思みたいなものを感じました。

――真っ向勝負でいくのか、ソフトの弱点を突くの指し方をするのか。どういった方針を立てたのですか。

最初の練習対局で本番と同じ持ち時間5時間で指してみたのですが、何とか勝つことができてホッとしました。大熱戦でしたけど、ちゃんと力を出せれば普通に戦って勝てると思ったので、自分のよさを出して真っ向勝負しようと方針を決めました。やっぱりファンはそういう将棋を求めているし、自分にとってもそのほうが確実にプラスになりますから。

――コンピュータとの練習では、いつも5時間で指していたのですか。

いや、5時間で指したのは最初の2局だけですね。長い持ち時間で練習するというのは、言うほど簡単なことではないんです。普段の公式戦もあるのでちゃんと日程を決めてやらなければいけませんから。大体1時間~1時間半くらいの設定で練習しました。

──本番までに、トータルで何局くらい指しましたか。

将棋ソフトと相対するときは真剣な顔に

大体40局くらいですね。少なすぎるとか言われたりしましたけど(笑)。でも、公式戦と同じ気持ちで戦って、その中で距離感を掴もうとしたら、僕はそれが限界の数字だと思いました。そこはやり方の問題なんです。年が明ける前後から、電王戦のことしか考えてないくらい集中しました。

──佐藤さんといえばカツラとかいろいろなパフォーマンスが有名ですが、将棋電王戦では気迫あふれるものすごい形相で指されていましたね。

あれはいつもどおり(笑)。どんな将棋でも全部同じ気持ちで一生懸命やっているので。だから家での練習も同じなんです。

──本番の会場は、両国国技館でした。

ネット中継を通じて大勢のファンに見てもらうっていうのは、すごい責任を感じました。

──やねうら王との対戦は残念ながら敗れ、プロの1勝4敗という結果に終わりました。第3回将棋電王戦でコンピュータの実力をどう感じましたか。

実力っていうのは、実際に対局して勝つか負けるかです。そういう意味では結果が出てますから自分の口からは何も言えませんが、子どもの頃から勝った人が強いっていう世界でやってきているので、そこはもう認めるしかないと思います。自分のほうが読みが正しかったじゃないかと言っても『でも負けたでしょ』っていう話なので。

──将棋電王戦に出場したことが、佐藤六段の棋士人生にとってどんな意味があると感じますか。

一人の相手に対して、これだけ力を注いで指すっていうことはなかったし、自分とまるで棋風が違う相手と何番も局数を重ねたことは大きな経験でした。それがこれからどのぐらい生きるかどうかは分からないですけど、いろいろなインスピレーションはもらえました。人間とコンピュータが五分(ごぶ)で戦える時期に出られたことは幸運だったなと思います。

──これから先、コンピュータソフトがもっと強くなっていくのか、それとも人間がもっと強くなっていくのか、どう想像していますか。

コンピュータはもちろん強くなると思いますよ。だから(人間は)どんどん厳しくなっていく感じがします。

──プロ棋士の何人かにお話を伺いましたが、ソフトがさらに強くなっていくかもしれないけれど、それに感化、インスピレーションされて、いずれは人間が上回っていくんだという見方をする人もいます。

そういうことを言う棋士は菅井君しか知らないです(笑)。コンピュータはあっさり強くなりますが、人間が強くなるのは大変ですからね。