ビジネスに限らず、人間のあらゆる思考と判断、行動の基底には何らかの価値基準がある。ベストセラー『ストーリーとしての競争戦略』(発行:東洋経済新報社)の著者である 一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻 教授 楠木建氏は、その普遍性に注目して、「良し悪し」と「好き嫌い」という2つの価値基準を対比する。ビジネスや経営においては、「良し悪し」が優先し「好き嫌い」が劣後する傾向にあるが、楠木氏は仕事でこそ「好き嫌い」が重要になると主張する。
8月25日に開催されたTECH+スペシャルWebセミナー「働きがいと企業成長を共に実現する経営者の役割」において楠木氏は、企業の競争戦略や優れた経営者の条件、個人のキャリア、働き方改革など、多角的な視点から「好き嫌い」の復権を論じた。
企業戦略における意思決定の根本にあるのは「好き嫌い」
楠木氏は、「良し悪し」と「好き嫌い」を氷山の上下の関係で例え、「どちらも価値基準だが、水面上に現れていて、世の中でコンセンサスが取れている普遍的な価値基準が『良し悪し』。法律や社会規範などがこれにあたる。水面下には、組織や個人に局所化された価値観がある。これが『好き嫌い』」と説明する。
楠木氏は、こうした価値基準の考え方を企業の競争戦略の視点から考察する。企業間の競争においては「違いがあるから顧客に選ばれる」という側面がある。ここに「好き嫌い」が関係してくる。
競争戦略の考え方では、他社に対してBetterであることは戦略ではなく、Differentであるべきとされ、企業間のBetterな違いは、「Operational Effectiveness(OE)」、Differentな違いは、「Strategic Positioning(SP)」と呼ばれる。楠木氏によると、OEは「良し悪し」、SPは「好き嫌い」の価値観がベースにあるという。国内アパレル企業「ユニクロ」を例に挙げ、次のように説明する。
「ユニクロは『LifeWear』を戦略のコンセプトとして、衣服を生活の一部品であり、個性を主張しないものと捉え、生活を便利にするための機能や提案を商品に盛り込んでいます。ファストファッションのビジネスと比較されがちだが、それらとは互いにDifferentの関係で、どちらがBetterという話ではありません。これが企業の競争戦略の本質です」(楠木氏)
競争や戦略をスポーツの例えで理解しようとする人がいるが、楠木氏によるとそれは全く別物であるという。スポーツの世界では順位が付けられ勝者が明確になるが、ビジネスの世界では企業はお互いに異なるポジションを取るため、同じ業界に複数の勝者が存在し得る。これを踏まえ楠木氏は「ビジネスの世界では、どちらが良いという議論に意味はない。企業の競争戦略の意思決定は、『良いこと』と『良いこと』のどちらを取るか。これは『好き嫌い』で決まる」と、企業戦略において「好き嫌い」が大切な理由を語る。