今年で創業101年目を迎えるキユーピー。全社のさまざまな業務においてAIの活用を進めているところだが、なかでも重要視しているのがAIを活用した食品原料検査装置だ。多くの中小企業やAI企業と協働で開発を進め、社内だけでなく競合も含めた他社へも展開する。なぜ、キユーピーはこうした取り組みを進めるのだろうか? 4月21日にWeb配信形式で行われたマイナビニュース スペシャルセミナーで、キユーピー 生産本部 未来技術推進担当部長 荻野武氏がその真意について語った。

開発パートナー×現場力で、本当に使えるAIを導入

現在キユーピーでは、荻野氏が所属する生産本部が中心となり、8つの本部と共に43件のAIプロジェクトを推進している。そのうち13システムがすでに稼働し、運用されている状況だ。特に、AIを活用した食品原料検査装置に力を入れている。これは、キユーピーが原料に対して強いこだわりをもっていることに起因する。同社では、創始者である中島董一郎氏の「良い商品は良い原料からしか生まれない」という考えを現在も全社員が重要視しているのだという。

食品原料検査装置の開発に至った背景には、価格や精度の課題があったと荻野氏は説明する。

「原料由来の不良品検査は従来、ほとんどが目視によるものでした。非常に大変な作業で、人手で行うには集中力が必要です。ベルトコンベアを使っているので、これ以上の効率化も望めません。欧州製の高価な検査装置を導入している工場もありますが、十分な精度が得られていないのが実情です」

食品メーカーは設備投資に莫大な費用がかかるため、設備費の低減が大きな経営課題の1つとなる。そこで食品原料検査装置の開発は、中小企業でも購入できるような低価格、具体的には欧州製装置の10分の1以下となるような金額で、高性能、シンプル&コンパクト、エンジニア不要で簡単に使えるもの、という高いゴールを掲げて着手された。

とはいえ、食品原料検査装置の導入に向けた道のりは平坦なものではなかった。AI技術者がキユーピー社内に在籍しているわけではなかったため、まずはAI企業や機器メーカーなどさまざまな企業を巻き込んで進めていく必要があったのだ。

プロトタイプが完成したのは構想段階から2カ月ほど。工場の工作部屋での試運転を経て、半年後には実際の加工場への導入を試みた。しかし、製造や品質評価担当と共に最終チェックをしたところ、出てきたのは無数のダメ出し。荻野氏は「使い物にならなかった。動くことは当たり前。動くだけではダメだということを思い知った」と振り返る。

そうしたAI導入の壁を打破する”カギ”となったのは、現場の社員の知恵だった。現場の意見を取り入れながら開発を継続し、さらにそこから半年後、5号機となったプロトタイプを最終チェックしたところ、ようやく設備としての品質基準を満たし、皆が納得して導入できるものとなり、2018年8月には鳥栖工場で実機ライン1号機を稼働開始するに至った。

食品原料検査装置の導入効果について荻野氏は「目視検査を担当していた社員は、操作を10分でマスターした。当初はうがった目で見られていたが、今では『AIなんて簡単ね』と言われるほど使いやすいものとなった」と胸を張る。

目視検査を担当していた社員が食品原料検査装置を操作

成功のウラにあるのは、AIの力だけではない。「強い現場力と良いパートナーが掛け算されたからこそできたこと」と荻野氏は強調した上で、「イノベーションに必要となる『新結合』は物理的に一緒にするだけで起きるものではない。新結合で重要なのは、信頼。信頼関係があったからこそ、化学反応を起こすことができた」と見解を述べた。