「それはユーザーファーストじゃないから、やるべきではない」――今回の取材直前、一休 執行役員 宿泊事業本部 本部長 巻幡隆之介氏の前で社員がそんな議論をしていたという。

「ユーザーファースト」は、一休が全社で共有する価値観。このようなやりとりも社内では当たり前の光景だ。

一休 執行役員 レストラン事業本部 本部長 栗山悟氏(左)と執行役員 宿泊事業本部 本部長 巻幡隆之介氏(右)

巻幡氏は、本取材が念頭にあったためこの議論を客観的に観察。担当者の意識の高さを褒めたところ、当人が呆気にとられ、「気まずい雰囲気になった(笑)」と話す。

「担当者からすると、『おはよう』と言って褒められたような感覚だったようです」と巻幡氏。それほど一休ではユーザーファーストが社員に浸透している。

なぜ、全社的にユーザーファーストの精神を徹底できているのか。徹底することでどのような影響が起きているのか。巻幡氏および、執行役員 レストラン事業本部 本部長 栗山悟氏に聞いた。

<私たちのミッション>
こころに贅沢させよう。

<私たちが大事にしている価値観>
ユーザーファースト

明文化する以前に「ユーザーファースト」は当たり前

一休は、宿泊・レストラン予約サービス事業をメインに展開する企業だ。

創業時より「こころに贅沢させよう。」というミッションのもと、厳選された上質なホテルや旅館を予約できるオンライン予約サービス「一休.com」を運営してきた。現在では、レストラン予約の「一休.comレストラン」やスパ予約の「一休.comスパ」など多数のサービスを展開している。

取扱高を見ると、東証一部上場後の2007年から2011年頃までは横ばいが続くが、ヤフーによる子会社化以降、再成長を遂げている。こうした業績回復の背景には、ヤフーとのシナジーもあるが、2016年に榊淳氏が代表取締役社長に就任して以来、「ユーザーファースト」を徹底し、事業やサービスに反映させてきた企業文化が大きい。

一休.comは、ホテルや旅館などの宿泊施設と一般消費者とをマッチングさせるサービスであるため、一休としては両者が顧客になる。一休の創業当初は、宿泊施設にサイト加盟していただくことが急務だったため営業活動を積極的に展開していたというが、榊氏の社長就任後は、一般消費者向けの施策に注力し、徹底的なユーザーファースト路線を築きあげていった。

同社においてユーザーファーストは、ある日突然下ろされた標語ではない。巻幡氏によると、2013年頃に一休へ参画した榊氏が「それ、ユーザーファーストじゃないよね」という言葉を頻繁に使っており、それが浸透していったのだという。

社内外へのメッセージとして発信していくため、昨年改めて、「大切にしている価値観」というかたちで「ユーザーファースト」を明文化したものの、その時点ですでに「ユーザーファーストは当然の考え方になっていた」(巻幡氏)という。

ユーザーファーストは、「ユーザーに喜んでもらえなければ、結果的に送客することができず、宿泊施設のためにもならない。そうすると、一休のミッションを実現できず、従業員もハッピーになれない」(巻幡氏)という考えに基づいている。

かつて大阪支社の責任者として奮闘していた巻幡氏は、「当初から、お客様を喜ばせたい、お客様のために何かしたいという気持ちは持っていましたが、とはいえ、いろんな部門があり、各自の担当業務があり、目標を追っていると、PVを上げたい、売上を上げたい……といったような気持ちから、近視眼的な行動をとってしまいそうになることがあります。ユーザーファーストという言葉があることで、ハッと気づくことができると実感しましたね」と振り返る。

一休の社員がとるべき「ユーザーファースト」な行動とは?

たとえば、メルマガ配信ひとつとっても、ユーザーファーストの精神が垣間見える。一休.comのメルマガの内容はユーザーの興味に合わせてパーソナライズされており、適切なタイミングで適切な人にだけ配信されている。

営業担当のスタッフとしては、担当施設の情報をより多くのメルマガ会員に送りたいと考えるシーンもあるだろう。しかし「たとえ施設の方から10万人の会員にメルマガを送ってほしいと言われても、ユーザーの興味を考えて1万人の会員に送るのが適切な場合は、後者を選びます」と、栗山氏は説明する。

「各ステークホルダーの立場によって、メルマガの捉え方は変わります。会社としては全体の売上が足りないとき、営業としては担当施設の売上を上げたいとき、宿泊施設としては閑散期に、それぞれメルマガを送りたくなりますよね。

でも、たとえば閑散期である真冬の沖縄のホテルの情報をセグメントせずにすべてのお客様にお届けすることは、本当にお客様一人ひとりのことを想っているといえるでしょうか? 『それはユーザーのためになっているのか?』という質問にきちんと答えられない限りは、送らないようにしています」(栗山氏)

厳選された施設紹介を目指して厳しい審査

施設予約サイトとしてのユーザーファーストを追求すると、「掲載されたどの施設を訪れても満足できること」、すなわち「厳選されたラインナップであること」が一番の提供価値になる。そのため、一休では、対象施設が一休.comのユーザーに適しているのか、事前に審査を行っている。新規開拓を担当する営業社員は基本的に、審査を通過した施設としか交渉ができない。

交渉の際も、「掲載させてくださいといきなり相談するのではなく、まずは経営方針などのコンディションを伺う」(栗山氏)ことから始める。どんな考えでサービスを提供しているのか、どんな課題を抱えているのか、などを聞いたうえで、一休のユーザーとマッチするサービスや料金プランについて話し合う。

ユーザーとのマッチングを進めるうえで、一休が特に注視しているのはクチコミだ。

「たとえば、女性同士のランチに向いたレストランにカップルで訪れても、良い体験が得られないこともあります。どういうユーザーが、何を期待して利用した結果、どういう評価になったのか。営業担当者はその分析結果をお店にも伝えて、サービスの方向性を相談しています」(栗山氏)

施設側にもユーザーファーストが色濃く反映されているのが一休の特徴だ。

ロイヤリティ・プログラムのトップユーザーの数が指標

一休.comのサイトでかつては扱っていた広告も、今ではユーザーファーストの観点から一切取り扱っていない。

「Webサイトも商品も、すべてがユーザーファーストです。その集積によってお客様は必ず良い体験ができます。そして、そこに価値を感じたお客様にさらに一休.comを使い込んでいただけるようになることが、私たちにとっても一番良いことなんです」と、巻幡氏は説明する。

実際に、一休ではユーザーファーストの指標として、半年間の利用金額が30万円を超える「ダイヤモンドユーザー」というロイヤリティ・プログラムのトップユーザーの数を重視している。

また、月に一度、社長・役員らがユーザーを招待し、食事をしながら意見を交わすディナーミーディングも開催。ユーザーの意向や改善要望などを直接聞いてサービスに反映している。

競合の多い宿泊・レストラン予約サイトの中で一休.comが存在感を発揮できているのは、こうした取り組みによるものなのだろう。ユーザーファーストであることが、結果的に一休にとってのメリット、ひいては会社としての戦略にもつながっているというわけだ。

「一休では、宿泊もレストランも、厳選されたお宿やお店だけを提案しています。施設側からサイトに掲載してほしいという依頼があったとしても、一休のユーザーとマッチせずユーザーファーストにならないと判断された場合お断りさせていただくこともあります。厳選されているということが、一休のお客様にとって一番の価値なんです。私たちの行動すべては、そこに向けてあると思っています」(栗山氏)