本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回、対談をお願いしたのはニッポン放送のアナウンサー 吉田尚記氏。前半戦は、「そもそもコミュニケーションとは何なのか」「AIと人間の対話の”ゴール”はどこなのか」といったテーマで大いに盛り上がった。

続く後半では、対話AIの現状や課題について共有するなかから、AIが人間社会の「対話のルール」そのものを変えていく可能性が飛び出した。

ニッポン放送 吉田尚記アナウンサー(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

「AI同士の対話」が秘める可能性

吉田氏:大西さんの研究だと、AIと人間がコミュニケーションすることが最終目標なわけですよね。今のところの見通しはどんな感じなんでしょう。

大西氏:正直、会話という意味ではまだまだです。人間が言ったことを理解して返事することがゴールだとして、何をもって「理解した」と言えるのかわかっていません。それに、少し前までは「AIと話す」という行為自体も受け入れられていなかったように思います。

ただ、今はスマートスピーカーやチャットボットなどが当たり前になってきたおかげで、とりあえず「AIと話す」ということに対する抵抗感は少なくなってきていますよね。その点は少しずつ進歩してきているのかなと思います。

吉田氏:話すことが仕事のアナウンサーとして、その分野ではぜひ協力したいですね。僕は会話を解説することができるんです。目の前で会話してもらえれば、囲碁や将棋の大盤解説みたいに「ここの質問が良くなかったですね」といった指摘ができます。これは僕自身がかつて会話が下手くそだったからできることなんです。

大西氏:それはすごく面白いですね! 実際、対話AIの開発で課題になるのが、対話のデータが少ないことなんです。しかも、コミュニケーションでは言葉だけじゃなくて表情や声色などのノンバーバル部分も大切なのですが、AI業界は音声/画像/テキストといった処理対象に応じて縦割り構造になっているので、別のジャンルのデータを利用しにくいんですよ。本当は音声と表情、テキストなどのデータを全て一緒に使えるのが理想的なのですが……。

吉田氏:それは確かに問題ですね。

大西氏:仕方ないので、手に入るテキストデータだけで何とかしようとしているのですが、”自然な対話のテキストデータ”もそんなに大量にあるわけではないんです。例えば、オープンなもので言うとTwitterなどがありますが、あそこでのリプライのやりとりは対話になっていない場合も多いですから。

吉田氏:勝手にどんどん学習してくれるといいですよね。それこそAlphaGo(アルファ碁)みたいに。

大西氏:アルファ碁は、プロ棋士の棋譜データを大量に与えることで強くなりましたよね。その後、アルファ碁同士で打ち合うことで伸びたとか。

吉田氏:ええ。ただ、現在のアルファ碁は(棋譜データを与えずに)基本ルールだけ教えて、後はアルファ碁同士で打ち合ってさらに強くなっていっているそうです。ということは、もしかしたら対話もデータではなく、AI同士で対話を続けることでコミュニケーション能力が発達するのかもしれませんよ。

大西氏:なるほど! でもそのためには、囲碁にルールがあるのと同じように”対話のルール”が必要になりますね。

吉田氏:ちょっと面白い話があって、アマゾン川流域に住むピダハン族という民族がいるんですが、彼らが話すピダハン語はかなり変わっているそうなんです。

例えば、過去や未来という概念がないし、右や左という言葉も存在しないらしいです。じゃあ左右をどうとらえているのかと言うと、川の上流/下流で判断しているそうなんですね。それから、「フィクション」という概念がないので、見たものしか信じない。僕たちが思う会話のルールからかなりかけ離れているでしょう?

大西氏:本当ですね、単語や文法以前に、根本的なルールが異なっている気がしますね。

吉田氏:でも、アルファ碁もそうなんですよ。囲碁にはお互いが最善手を打つことで完成する「定石」という決まった型がありますが、定石の概念を持たないアルファ碁同士が打ち合ったところ、今まで最善手の積み重ねだと思われていた定石とはかけ離れた手を打ち出したらしいんです。

これって、もしかしたら会話にも言えるんじゃないかなと思います。僕らは無意識に会話のルールに沿って「定石」を作り出していますけど、ピダハン語がそうであるように、全く異なるルールがあって、実はそっちのほうがコミュニケーションには最適なのかもしれない。それがAIによって生み出されるとしたら、面白くないですか?

大西氏:私たちがAIの対話をつくるのではなく、逆にAIが対話の新しい「定石」を生み出して、人間のほうが影響を受けるかもしれないという仮説ですね。すごく面白いと思います!

対話AIが”次のシンギュラリティ”の起点になる!?

吉田氏:「そんなことあるはずない」って言う人もいると思いますが、常識って塗り替えられていくものですから。例えばレシピだって、今まであり得ないような組み合わせでおいしいものが出来上がることはよくありますよね。

大西氏:レシピも一種の「定石」ですよね。これまでの経験と予測で料理を作るわけですが、どうしても人間はバイアスがかかってしまいます。AIならそれを超えることは十分あり得そうです。吉田さんのお話を伺っていると、AIがコミュニケーションの定石を変えることをきっかけに世の中が一気に変化しそうな気がしてきました。

吉田氏:それこそシンギュラリティだと思います。会話にだってシンギュラリティが起こる可能性は十分にあると思うんですよ。

能楽師の安田登先生が仰っていたんですが、先生によれば、もうシンギュラリティは起きているんだそうです。どういうことかと言うと、そもそも文字の発明がシンギュラリティだったと言うんですね。

文字がない時代、人間は頑張っていろいろな知識を覚えていたわけです。だけど文字が生まれたことで、知識を書き残せるようになった。だとしたら、その知識は人間と、文字で書き残されたもののどっちに帰属しているのかという話になります。この時点で、(忘れてしまう可能性のある)人間より文字のほうが賢いとも言えるんですよ。そして作家やライターさんといったお仕事も生まれたわけですよね。文字がなかった時代の人にそういう仕事の話をしても全く伝わらないじゃないですか。

AIによるシンギュラリティの前後って、これに似たことが起きるんじゃないかと思います。AIによるシンギュラリティ以降は、何かしら”新しい人間の生き方”が生まれていて、でもそれはシンギュラリティ以前である今の僕らには想像もできない。

大西氏:確かに、当時の人にとって文字の誕生は世界を一変させる出来事だったでしょうね。次のシンギュラリティが対話AIの進化を起点に生まれるのだとしたら、それはとてもエキサイティングです!

現状、まだまだ先が見えない部分も多い対話AIの研究ですが、それも”産みの苦しみ”として頑張ろうと思えました。吉田さん、ありがとうございました!!

After Interview

現在の対話AIの開発は、文を解析する自然言語処理技術の開発そのものです。私はこれまでコミュニケーションがとれるコンピュータを作りたくて自然言語処理の技術開発をしてきました。しかし、吉田さんからコミュニケーションに関する新しい考えを伺い、自然言語処理で解き明かせるものはテキストベースの対話であり、コミュニケーションとは別ものだと気づかされました。今後は「コミュニケーションとは何か」に対する回答を、自分なりに模索しようと思います。