イーソルは9月28日、 人工知能(AI)と自動運転をテーマにしたプライベートカンファレンス「eSOL Technology Forum 2018」を開催した。

本稿では、国立情報学研究所 新井 紀子教授による基調講演「人工知能がもたらす人間と社会の未来」の様子と、イーソル取締役CTO兼技術本部長 権藤 正樹氏らが発表したAIフレームワーク「eBRAD(eSOL BehavioR ADaptation engine)」をご紹介する。

開会の挨拶をするイーソル 常務取締役 上山 伸幸氏

AI「東ロボくん」、東大合格は困難

イベント冒頭では、国立情報学研究所 新井 紀子教授による基調講演「人工知能がもたらす人間と社会の未来」が行われた。

新井教授は、2011年よりAIプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトディレクタを務めてきた。その名前から、東大に合格可能なAIを開発するプロジェクトのようにも思えるが、新井教授によると、同プロジェクトの真の趣旨は「東大に入るAIをつくること」ではなく「ロボットやAIには何ができて、何ができないのかを明らかにする」ことだった。

実際に、同プロジェクトによって開発が進められたAI「東ロボくん」は、2016年には国公立大学やMARCH・関関同立レベルの一部の学科に合格できるほどの学力を示したが、同AIを開発する過程で現在のAIには文章の読解力に問題があることが明らかになり、近い将来に東大へ合格するAIは実現できないと結論付けられた。

文章が”読めない”AIと子どもたち

一方で、新井教授のなかで新たな疑問が生じるようになる。AIには文章の読解力がないのにも関わらず、なぜ文章の意味がわかるはずの高校生がAIに破れるのか——そこで新井教授は、中高生の文章読解力について調査するプロジェクト「リーディングスキルテスト」に取り組み始めることとなる。

このプロジェクトで明らかになったのは、現在の中高生は想像以上に”読めていない”ということだった。

詳細は、新井氏の著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)をご覧いただきたいが、たとえば、同プロジェクトにおいて行われたテストで出題された「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」という文章と「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」という文章が同じ意味かどうかを問う問題で、約半数の中学生が不正解となっている。

英語、プログラミングの前に読解力

将来的にAIによって人間の仕事が奪われるという話もあるが、文章の意味を理解しなくてもできる仕事、つまり”読めていない”人が行うような仕事であれば、すでにAIによって置き換えられてしまう可能性がある。このままいけば、上記の問題が解けなかった半数の中学生は、近い将来AIによって仕事を奪われてしまうのだ。

この結果に危機感を覚え、これからのAI時代において人間が人間らしくあるためには、AIの性能を上げることよりも、中高生の読解力向上が必須であると感じたという新井教授。

「英語教育やプログラミング教育などが導入されつつあるが、中学校の教科書をきちんと読めるようにすることが公教育の最重要課題」と指摘した。

人間の行動・振る舞いがパーソナライズされた自動運転を

続いて「AIの課題とeSOLの新たな取り組み」と題したセッションでは、イーソル CTOの権藤 正樹氏が、自動運転システムなどに向けたAIフレームワーク「eBRAD(eSOL BehavioR ADaptation engine)」を開発中であることを発表した。

イーソルCTOの権藤 正樹氏

自動運転は、認知、判断、制御の3ステップで構成される「判断」モデルによって制御されている。

現在一般的となっている判断モデルは、画一的・平均値的な振る舞いを生成するものだが、運転行動の先行研究により、個々人の運転における振る舞いには大きな違いがあり、自然な運転は個々人によって大きく異なることが明らかになっているという。

これに対しeBRADは、実際の運転における人間の行動や振る舞いをベースとしてパーソナライズされた判断モデルを生成することができるAIフレームワークであり、権藤氏は「自動車をはじめ、さまざまな自動化が進められている革新の時代において、課題となりつつある画一的でない、よりパーソナルなAIを実現するために非常に有効な技術となる」と説明している。

ドライバにとってより自然な自動運転機能の実現を支援するだけでなく、手動運転時の支援機能(ADAS)においても、ドライバの動きをモデルによって予測し、個々人の運転特性に最適化された、より安全なADASの実現を支援することも可能となる。

eBRAD搭載のドライビングシミュレーター

またeBRADのモデルは、心理学に基づいた運転行動知見などのドメイン知識を利用するもので、機械学習フェーズにおけるデータ量を深層学習に比べ大幅に削減することが可能となり、パーソナライズに必須な貴重な個人データを現実的な時間軸で取得し学習することが可能だ。

権藤氏は「長年の顧客であるシステムメーカの最大のコア資産であるドメイン知識を最大限に活用し、膨大なデータ量と計算量のみに依存しないアプローチを提供する」と説明している。

そしてeBRAD SDKには、このAIフレームワークを使用するために必要な開発フレームワークと対象システムに組込めるランタイムエンジンが含まれている。

イーソルとしてはこのeBRAD SDKを提供することにより、次世代の自動運転システムのみならず、産業、医療など人間の行動や振る舞いを自動化するシステムが求められるさまざまな業界で自動/半自動化システムの開発を支援していきたい考えだ。

今後は少数のリードパートナーと共同開発を推進していく予定だという。