「モノづくりで事業を始める方々が、躊躇せずにステップを進められる施設を作りたい」

――そんな想いから2014年11月に開設された「DMM.make AKIBA」。オープンから3年半、事業化の目途を立て、巣立ちを迎えたベンチャー企業が増えはじめている。

DMM.make AKIBAのシェアオフィスエリア「BASE」の様子。書籍やガジェットなどが並ぶ

本連載では、そんなDMM.make AKIBAから生まれた企業をご紹介していく。

いずれも他に類を見ない独創的な企業ばかり。製品のみならず、その開拓精神にも注目していただきたい。

初回は、企業紹介の前に、DMM.make AKIBAがどんな施設なのか、DMM.make AKIBA エヴァンジェリスト 岡島 康憲氏の話を元に簡単にご紹介しよう。

DMM.make AKIBA エヴァンジェリスト 岡島 康憲氏

メイカームーブメントを具現化する類まれな施設

DMM.make AKIBAは、クリス・アンダーソン氏の著書「MAKERS」で紹介された「メイカームーブメント」の世界を具現化する施設の一つである。

同書の中でアンダーソン氏は、技術の進化によりモノづくりのプロセスが大きく変わると予測している。

前提となるのは、造形に必要な機材の変化だ。以前は金型を作ることから始めなければならなかったが、デジタルデータ(CAD : Computer Aided Design)を基に自動で造形するCAM(Computer Aided Manufacturing)や3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションツールが普及した。

これにより、プロトタイプを短期かつ安価に制作できるうえ、設計データをネットワーク上で共有して世界中の企業と共創が可能になった。小ロットの生産も支障なく進められることから、モノづくりは大企業だけでなく、個人でも参画できる時代を迎えたと説明している。

書籍が発行されたのは2012年。技術的には可能だったものの、現実を見渡すと、アンダーソン氏が描く新たなモノづくりの環境は数えるほどしかなかった。

こうした状況を憂いたDMM.comは、2014年にDMM.make AKIBAの構築を決断。「準備期間わずか3ヶ月でオープンさせた」(岡島氏)のである。

BASEの床や壁には米国の廃工場から持ってきた部材が使われている

準備期間は短かったものの、こだわり抜いて設計されたDMM.make AKIBAは、現在でも先進的なモノづくり施設として評価されており、国内外から視察を受ける機会が少なくない。

「世界的企業のCEOから、国家主席や政府関係者まで、6500人以上がこの場所にいらっしゃいました。フランス政府の起業エコシステム構築支援プログラム『French Tech』をはじめ、協業/提携に至るケースも少なからずあります。『MAKERS』の著者クリス・アンダーソン氏も来日の際にお越しになりました」(岡島氏)

躊躇させないために

DMM.make AKIBAは、今なお個室の入居待ち状態が続く人気施設だ(フリーアドレス型オフィスは随時入会可能)。その理由は、冒頭の言葉のとおり、「躊躇せずにハードウェアビジネスを始めることができる施設」である点だろう。

一昔前に比べて簡単になったとは言え、モノづくりを開始し、さらにそれを事業化するには依然として多くの障壁が立ちはだかる。それを乗り越えるためのサービスがDMM.make AKIBAには多数ある。

4700の機材、深夜もサポートするテックスタッフ

機材の扱い一つとっても、起業未経験者にとって諦めたくなる理由はゴロゴロ転がっている。

例えば、DMM.make AKIBAの「Studio」と呼ばれるフロアには、プリント基板から、さまざまな素材の筐体、パッケージデザインまで、大抵の制作要望に応えられるよう、4700以上の機材が用意されている。

Studioの入口

さまざまな工具が整然と並べられている

Studioの最も大きな作業場。壁際には大型機器が並ぶ

しかし、4700もあれば、初めて目にする機材が大半を占める。大型の精密機械も多く、使う勇気すら湧かずに断念したくなる気持ちが芽生えてくる。

そうした方々をサポートするべく、Studio内には機材を扱う専門家のテックスタッフが常駐している。施設は24時間365日利用可能であることから(夜間は一部申請制)、テックスタッフも勤務シフトを敷き、夜間までサポートできる体制を整えている。

テックスタッフの予定表

「テックスタッフは、大手メーカーで設計開発に携わってきたエンジニアさんなど、熟練のスキルを持つ方がほとんど。初心者にも優しくサポートしてくれます。外部の方も参加できるモノづくりを体験できるワークショップもご用意していますし、テックスタッフ自身がモノづくりを請け負う受託開発も受け付けています」(岡島氏)

CADが無償、法人活動も3万5000円で

ハードウェアビジネスを始めることを躊躇してしまう理由には、初期投資コストの回収リスクも浮上しがちである。

3DプリンターやCNC(Computerized Numerical Control)などのコンピューター制御機材を使用するためには、CADソフトは不可欠である。だた、決して安くないものであるため、個人で始める場合、それが障壁となって二の足を踏むユーザーもいる。

対してDMM.make AKIBAでは、AutodeskやSOLIDWORKSがスポンサーに付いており、CADソフトを無償で提供。試しながら事業化を検討したいという要望にも応えられる環境を整えている。

スポンサーは現在10社。錚々たる企業が名を連ねる

また、法人活動の際には、登記のために郵便物を受け取れるようなオフィスを借りるケースが多い。家賃に加え、水道/ガス/電気/通信料金が上乗せされ、毎月の固定費としてのしかかる。

十分な資金を確保できていない起業志願者にとって、その経費は熱い気持ちをしまい込むのに十分な要因になるが、DMM.make AKIBAの場合、ロッカー契約により住所表記が可能。郵便物の受け取りができるようになる。それらを契約しても最小で月額2万5000円という費用感だ。

リスクを最小限に抑えられ、チャレンジに向けた障壁を減らしている。

資金調達、事業計画、特許戦略なども無料相談可能

上述のようなソフトや機材、テックスタッフのサポートを活用し、プロトタイプができあがったとしても、経験の浅い若手にとっては、次に何をすればビジネスとして進められるのか見当がつかないのではないだろうか。

その価値を市場に問い、事業成長の道筋を描き、必要に応じて資金を調達し、量産化の準備を整えるなど、経営者という立場でやるべきことがたくさんある。特許を侵害していないか、法令を遵守できているかの調査など、事務系の業務も必要だ。

こうしたモノづくり領域に付随するさまざまなプロセスに関しても、DMM.make AKIBAでは「メイカーズ相談会」などの名称で無料相談の場を設けている。

例えば、事業計画に関しては、あずさ監査法人OBらが設立したBizTech Partnersが対応。HDMIやBluetoothなどの規格ロゴ認証試験や安全規格試験などの品質検証についても、専門企業のアリオン株式会社が相談に乗る。

また、特許の取得/侵害調査も特許業務法人 白坂が支援。加えて、試作・開発に関する初歩的な相談もプログレス・テクノロジーズ株式会社の現役エンジニアに気軽に行えるうえ、最近では、DMM.make AKIBAに入居する企業同士でお互いの仕事をサポートし合うこともあるという。

さらに資金に関しては、「DMM Starter」と題して、KickstarterやIndiegogoなどの米国のクラウドファンディングサイトへの申請代行、プロジェクト分析などを行うサービスを提供。「シェンムー3」や「Swing bin」「KAGURA」などで多額の資金調達実績を誇るスタッフがサポートしてくれる。

DMM StarterのWebサイト

イントレプレナー支援も開始

以上のような施設とサービスにより起業家(アントレプレナー)を手厚くサポートするDMM.make AKIBAだが、最近増えているもう一つのスタートアップ、社内起業家(イントレプレナー)を支援するサービスも開始している。

アントレプレナーとイントレプレナーにおける難しさの違い、それはステークホルダーの種類にある、と岡島氏は説明する。

「イントレプレナーは、資金を会社に負担してもらえる代わりに、社長をはじめとする社内の経営層を説得しなければなりません。担当者がよほど信頼されている人間であるならば話は別ですが、会社も成功する確率がわからないものにお金は出しません。妥当性のあるコンセプト検証、PoC(Proof of Concept)を通じて経営層が腹を括れる材料を用意することが大事です」(岡島氏)

イントレプレナー支援プログラムでは、コンテクスト/デザイン/ファンクションの3種のプロトタイプを通じたPoCの設計を実践するワークショップも交えながら学んでいく。

また、科学的な思考ツールだけでなく、事業運営に必要な価値観を身につけるプログラムも用意。ファン・商材・資金を獲得するためのビジネスの考え方なども解説していく。

「よく言う、事業に必要な3要素の『人・もの・金』は、あくまで機能。そこに目的はありません。ビジネスの観点で考えると、『ファン・商材・資金』が大切であり、これらを軸にモノづくりをどう進めていくべきかを座学とワークショップを通じて体験していただきます」(岡島氏)

IoT人材育成支援プログラムに引き合い多数

さらに、企業向けサービスとしては「IoT人材育成支援プログラム」も提供している。

IoT人材育成支援プログラム

「IoTとはどういったもので、何ができるようになるのか」を解説し、実際のビジネスやアイデア構想、自社の新事業開発や業務改善に活かせる基礎的な知識を得ることができる講習から、アイデアを創出するワークショップ、実際に初歩的な電子工作やプログラミングに触れ、IoTの最初の一歩を物理的に体感できるハンズオンまで、さまざまなプログラムを用意。

2時間で終わるものもあれば、3カ月、半年、1年かけて本格的にIoTサービスの原理試作を体験し、IoTを構成する要素技術、試作・検証の手法を学ぶものもあり、多岐にわたる支援策を提供している。

さらには、試作品の製作や加工のみを依頼することも可能。IoTのモノづくりを全般的に支援している。

「IoT対応が必須であるメーカーの皆さんはもちろん、それ以外の企業からも問い合わせが多いですね。そうした企業は『使ったら話題になりそうだけど、どこに相談していいかわからない』という心境にあるようです。例えば、八百屋さんなど、一見IoT要素のない現場にも、当人しか思いつかない画期的な活用法があるかもしれない。ぜひお声がけいただきたいですね」(岡島氏)

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こうした充実した設備/サービスを活用してきたスタートアップ企業は100社以上。利用者指数は1万2000人超に上るという。

では、具体的にどういった企業が生まれ、彼らはどのように施設/サービスを利用してきたのか。次回より詳しく紹介していこう。