ビジネスにおいてAI(人工知能)を活用することが当たり前の時代はすぐそこまで来ている。しかし、ただ「AIを導入しよう」と声高に叫ぶだけでは何も始まらない。AI導入のためには、明確なビジョンや予算はもちろん、何よりもAIに関するスキルを備えた人材を確保することが不可欠となる。

では具体的にどういった人材を採用、あるいは育成するべきなのか。AIがビジネスに与えるインパクトを含め、国立研究開発法人 情報通信研究機構 ユニバーサルコミュニケーション研究所にて自然言語処理に関する研究開発に携わる大西可奈子氏にお話を伺った。

ビジネスにAIを導入するにはどこから始めるべきか?

――AIの活用をうたったサービスや製品が増えつつありますが、今後、AIの影響を大きく受けそうな業界や職種などを教えてください。

大西氏:過去の症例や判例をもとに判断する医師や弁護士など、経験則で行われているような仕事は、大きく変わっていくと思います。デザイナーや料理研究家のように、経験則に加えて創造的な部分を多く含む業界ですら、将来はAIの影響を受けていくのではないかと思っています。無意識的にでも、その実、何らかの統計に基づいて行っているというような仕事も例外ではありません。

また、AIと言うとコンピュータと縁の深い、つまりITの世界の話のように感じるかもしれませんが、今後大きな影響を受けるのはむしろITから遠い業界なのではないかとも思っています。

――例えば、どのような業界でしょう。

大西氏:既に影響が及びつつある業界としては、農業が挙げられます。(天候や温度・湿度など、不確定要素の多い)農業において、個人が持つ暗黙知は非常に重要な位置を占めています。暗黙知が支えている仕事は、本人以外が同じことをしようとしてもできないものです。

――属人的になりがちということですね。農業以外でも耳にする問題です。

大西氏:はい。もしその暗黙知をAIが受け継ぐことができれば、業務がブラックボックス化することもなくなります。属人的になりがちな業種・職種において、AIの導入には「知識の見える化による作業効率の向上」「人材育成コストの低下」というメリットがあります。

また、長い時間をかけて暗黙知を吸収する必要があるような業界では、後継者の育成に非常に時間がかかりますが、AIを活用することで後継者を育成しやすくなるのではないでしょうか。そのほか、理解に時間がかかる専門知識部分をAIが担うことで、さまざまな業界への新規参入障壁が下がるといった効果も考えられます。

情報通信研究機構 専門研究員 大西可奈子氏。IT Search+にて「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を連載中

――AIをビジネスに導入する際、まずはどこから始めるべきでしょうか。

大西氏:AIを用いたシステムやサービス自体を商品として売るよりは、まずはAIを用いて既存の商品の販売コストなどを削減し、利益率を向上させる方向に進めることが得策だと思います。

――具体的にはどんなケースが考えられますか?

大西氏:例えばカラオケ用の動画を販売しているのであれば、動画という商品自体にAIを仕込んで付加価値を高めるのではなく、動画を作成するコストを下げるためにAIを導入する、ということです。

現在のAIは、まだそれ自体が商品の付加価値になるほどの力を持っていません。ですので、現状はコストの削減などを目的に導入し、AIがさらに進化した段階でAIを商品の付加価値として売るやり方に切り替えていけばよいでしょう。

――では、コスト削減を目的にAIを導入した場合、運用フェーズではどのような作業が発生しますか。

大西氏:目的は何であれ、基本的に「AIを作って、それで終わり」というパターンは稀です。どんなAIでも、使い始めてから運用していくなかでさらに成長させていくことが大切です。

例えば、何らかの判断や予測をするAIなのであれば、その判断には間違いもあるでしょう。大切なのはその間違いをきちんと記録し、それを使ってAIをさらに育てていくことです。

AIの運用フェーズでは、誤っている結果を正すことでAIを”再学習”させる作業が必要となります。ですので、AIを運用する前から、「運用中に得られる情報をどのように育成に活用するか」を多少なりとも想定しておいたほうが良いでしょう。