「自動販売機大国」と呼ばれる日本では、街や駅、商業施設やオフィスビルなど、至るところで自動販売機を見かける。うち約半分は飲料の販売機で、設置数は実に約250万台。飲料の大きな販売チャネルの一つとなっている。

しかし近年では、安価で本格的なコーヒーを提供するコンビニエンスストア等が台頭してきたこともあり、自動販売機飲料の販売環境は厳しくなってきている。

この状況を打破するべく、電子マネー対応やWi-Fi機能、デジタルサイネージ式など、さまざまなサービスや機能を搭載した自動販売機を各社が提供しているが、キリンビバレッジが着目したのは、今や国民的コミュニケーションプラットフォームとなったLINEだ。

キリンビバレッジバリューベンダーではLINEと連携する自動販売機「Tappiness(タピネス)」を開発した

キリンビバレッジは今年4月、LINEを活用した自動販売機コミュニケーションサービス「Tappiness(タピネス)」を提供開始した。国内約7000万人の月間アクティブユーザー数を誇るLINEと自動販売機をどう結びつけていくのか。

同サービス開発を担当したキリンビバレッジバリューベンダー(KBV) イノベーション推進部 部長代理 岡部 愼一郎氏と同主任 児島 由布子氏に、サービスの狙いや今後の展開について聞いた。

キリンビバレッジバリューベンダー イノベーション推進部 部長代理 岡部 愼一郎氏

キリンビバレッジバリューベンダー イノベーション推進部 主任 児島 由布子氏

自撮り機能付自動販売機がコラボレーションのきっかけ

キリンビバレッジの自動販売機事業を担うKBVは、2015年10月にLINEと共同で、フレーム付自撮り写真提供機能「VENDORPHOTO(ベンダーフォト)」を搭載したデジタルサイネージ式自動販売機を展開した。

VENDORPHOTO搭載サイネージ式自動販売機

企業向けAPI「LINEビジネスコネクト」を活用することで、飲料購入時に自動販売機のカメラで撮影されたフレーム付きの自撮り写真をLINE経由で受けとることができるというものだ。

VENDORPHOTOによる撮影画面

「このVENDORPHOTOが、LINEとのコラボレーションの第1弾でした。これを機に、KBVとデジタルマーケティング部との連携が進み、LINEビジネスコネクトの理解が深まるなど、デジタルの知見が深まりました。

アプリ開発のスピード感を実感することで、実社会で揉まれながらサービスをより良いものに仕上げていくという考え方ができるようになったのも大きな収穫でした」(岡部氏)

その後、モバイル送金・決済サービス「LINE Pay」を自動販売機でも使うことができないかという議論をLINEと進めていくなかで、Tappinessのアイディアは生まれた。

Tappiness 、LINEプラットフォーム活用でコストが大幅減

Tappiness搭載の自動販売機では、スマホと自動販売機をビーコン経由でつなげることで、LINE Payによる決済が可能となるほか、飲料を購入するごとにTappiness独自のポイントである「ドリンクポイント」を付与することができる。

ドリンクポイントがたまると、自動販売機で好きな飲料と無料で交換可能な特典チケットが発行される。この特典チケットは、LINEの友だちへプレゼントすることも可能だ。

Tappiness搭載自動販売機

ビーコンは広告スペース(写真の黄色部分)に設置されているケースが多い

対応機種でLINEを起動してビーコンにかざすと通信開始

接続が完了すると画面が切り替わる

決済画面が表示される

購入後にポイント付与。商品やキャンペーンによっては特別ポイントが追加に (c) LINE

スマホでのポイント付与サービスを搭載した自動販売機は、自動販売機事業で最大手のコカ・コーラも提供しているが、専用アプリをスマホにダウンロードする必要がある。一方、Tappinessは、LINEアプリがあれば簡単な作業だけで利用できるのが強みだ。

児島氏は、「多くの人が日常的に利用しているLINEアプリを活用したことはユニークですし、なにより便利です」と自信を見せる。スマホの新機種やiOS、Androidのバージョン対応など、アプリの運用はLINE側が担ってくれるというメリットもある。

さらに、Tappinessは設置コストの面でもメリットが大きい。必要な作業は、既存の自販機に10cm四方程度の大きさのビーコン装置を取り付け、プログラムを更新するだけ。ビーコン自体も安価であるため、サイネージ化したり電子マネー対応させたりするのに比べて、圧倒的に低コストだ。

Tappiness搭載の自動販売機は一部地域を除いて全国に広がりつつある。

ターゲットを絞ったこれまでにないキャンペーンが実施可能に

自動販売機でのキャンペーンは従来、商品に貼られたシールを集めることでポイントを貯めるという形式が主流だった。しかし、この方法では生産ラインで大量のシールを貼る必要があり、小ロットでキャンペーンを打つことができず、また開始までに数カ月の時間を要してしまうという課題があった。

その場でポイントを発行するTappinessでは、これらの縛りがなくなるため、これまでにないキャンペーンが実施できるようになる。

「例えば、朝コーヒーを買う人にポイントを多く付与するなど、時間帯を特定したキャンペーンなどが考えられます。ほかにも、企業や県を限定するなど、局所的なキャンペーンも行うことができます。お客様に喜んでもらえるようなものを提案していきたいですね」(児島氏)

Tappiness提供開始後は、初めて利用するユーザーに対して10ドリンクポイントをプレゼントするキャンペーンや、特定の商品のみドリンクポイントが倍になるというキャンペーンを行ってきた。

11月中旬からは新たに、Tappiness搭載自動販売機の近くでLINEアプリを起動し本体をシェイクした後にキリンの公式アカウントと友達になると、先着30万人に150円のLINE Pay残高をプレゼントするというキャンペーンを開始。また、期間中にTappinessを利用して飲料を購入したユーザーには、1回限りだがLINE Payで100円がキャッシュバックされるという。

LINE Payを普及させたいLINEと、Tappinessの周知を図りたいキリン。両者にとってプラスとなる施策だ。

TappinessのデータでOne to Oneマーケティング

時間帯ごとの顧客属性や売れ筋商品など、詳細なデータが把握できるようになるのもTappinessのメリットだ。

LINEビジネスコネクトを活用すれば、ユーザーの属性に合わせておすすめ商品情報を提示したり、ヘビーユーザーにポイントを還元したりするなど、One to Oneマーケティングが可能となる。

またTappinessで取得したデータは、個人を特定しないかたちでデジタルマーケティング部にもシェアされる。ソーシャルメディアの情報なども踏まえながらデータ活用の道を探っているという。

コンビニエンスストアでの飲料販売が活況となるなか、飲料メーカーもいかにして独自のチャネルを確立し、付加価値につなげていくかが課題だ。岡部氏は「全国に250万台ある自動販売機を生かさない手はない」と意気込む。

「自動販売機は売りたい商品を置くことができるうえ、フルラインアップで商品を育成することができるチャネルです。全国に展開され、24時間購入できるという特徴もあります。自動販売機にできることはいろいろとあるので、活用方法を探っていきたいですね。その手段の一つとして、Tappinessをさらに広げていければと考えています」(岡部氏)

厳しい環境下の飲料自動販売機市場において、各社独自のサービスや機能を搭載した自動販売機を展開するなど、そのシェア争いは激化している。LINEという強力なプラットフォームとタッグを組んだキリンの躍進から、目が離せない。