チーム・コミュニケーションを円滑にするビジネスのサポートツール「Slack(スラック)」。コロナ禍におけるリモートワーク文化が進んだことも相まり、近年は多くの企業が導入を始めている。では、Slackはどのように企業のコミュニケーションを円滑にしているのだろうか。今回は、今年1月に大規模な組織向けのSlackプランであるEnterprise Gridを導入したバンダイナムコスタジオの事例を紹介する。

Enterprise Grid導入時 経営層に押し出した「3つのメリット」

バンダイナムコスタジオがSlackを導入したのは国内企業のなかでも早く、日本語版がローンチされる前の2015年からビジネスツールとして活用していた。それ以前はサーバを介しテキストベースのやりとりを行うIRC(Internet Relay Chat)や社内SNSなどを導入していた。

導入に携わったバンダイナムコスタジオ コーポレート統括本部 コーポレート本部 総務ITサービス部 ITサービス企画課 マネージャーの磯部剛氏は、当時のことを次のように振り返る。

「2000年代から社内でもチャットツールを活用していた経緯もあり、関係者が集うところでのテキストコミュニケーションには長けていました。また、プログラムを自作してツールをカスタマイズするなど “コミュニケーションの環境を自分たちで整える”ということも経験していたので。Slackの導入が早かったのも、そういった社員の”慣れ”が少なからずあったからだと思います。ただIRCや社内SNSは、あくまで社内向けのクローズドな対話の場。社外を巻き込んだりオフィスの外からチャットに参加したりすることが難しかったからこそ、機能や使い勝手がハマるSlackが登場したのは大きかったです。最初の印象は、従来活用していたIRCと社内SNSの”良いとこ取り”でした」(磯部氏)

Slackで始める新しいオフィス様式 第6回

バンダイナムコスタジオ コーポレート統括本部 コーポレート本部 総務ITサービス部 ITサービス企画課 マネージャー 磯部剛氏

当初は開発サイドに携わる有志の間で非公式に導入されていたが、徐々に利用ユーザーが増えてきたことから、2017年にはアカウントすべてを有料のスタンダードプラン(当時)へ移行。その翌年には、社の正式なコミュニケーションツールとして全社導入された。

そして、2021年1月にはスタンダードプランから、より大きな組織向けのプランであるEnterprise Gridへと移行。「現場のクリエイターからの要望に応えるにはEnterprise Gridにする必要があった」という磯部氏。しかしコミュニケーションツールとしての費用対効果を求められ、それをきっちり説明する必要があった。

磯部氏はEnterprise Gridを導入することによる①ワークスペースを複数立てられること、②スタンダードプランにない機能があること、③心理的な安全性を担保できること、という3つのメリットを重点的に伝えたという。

「利用者の範囲が広がったことで、単体のワークスペースだけではすべてのプロジェクトを捌ききれなくなったことが、Enterprise Gridへ移行する背景にありました。われわれは他社のIPなどをプロジェクト内のみで共有する都合上、クローズドなプライベートチャンネルとDMを活用する傾向にあります。Enterprise Grid化してワークスペースを複数立てられるようになれば、コミュニケーションがオープンになり、混沌とすることを防げます。かつ、Enterprise Gridには社外メンバーとも積極的にやりとりができる『Slackコネクト』があることも魅力でした。また、当時はワークスペースをプロジェクトベースで別途契約しているチームなどもありました。そのため、セキュリティ面や管理者の退職処理などの運用負担も、経営層にアピールしたポイントでした」(磯部氏)

“積極的現状維持”のまま、縦・横のコミュニケーションを自由化する

現在、バンダイナムコスタジオでは、業務委託・非正社員含めて2000ユーザーのアカウントを保有し、トータルで20弱のワークスペースが稼働している。

組織変更が多いことから、部署ごとではなく機能・プロジェクト単位でのワークスペースを設計。ただプロジェクト内外の役割・担当者同士や、趣味・関心が近い社員同士など、ワークスペース(プロジェクト)を横断したコミュニケーションを行えるような環境を整えている。

また、個々の社員が自由にBotを活用できるよう、カスタマイズの制限を緩和するなど、各人がSlackの環境を整えられるような柔軟性は、全社導入以前から保ち続けているそうだ。

一方、大きく変更があったのはセキュリティ面だ。スタンダードプラン使用時では2ファクタ認証でのログインを行なっていたが、Enterprise Gridにしてからはサードパーティ製のIDプロバイダーを利用したSAML(Security Assertion Markup Language:OASISで標準として策定されたマークアップ言語)認証に切り替えた。また、スマートフォンからの利用にも制限を設けたという。

既存のワークスペースの環境に慣れていた社員にとって、新たなワークスペース・ポリシーのもとコミュニケーションを構築し直すことは、少なからずストレスになったのではないか。こうした質問に対し、バンダイナムコスタジオ ITサービス企画課 アシスタントマネージャーの熊本龍馬氏は「実は、そこまで大きな不満は出ませんでした」と首を横に振る。

「確かにワークスペースのオーナーとしてプロジェクトを管理していた社員は『Enterprise Gridのポリシーに従わなきゃいけない』という点で負担があったかもしれません。ただ、こちらも戦略として逐一ワークスペース管理者と協議しながら進めていったこと、そして”積極的現状維持”の方針を取ったことが功を奏したのかなと思います」(熊本氏)

Slackで始める新しいオフィス様式 第6回

バンダイナムコスタジオ ITサービス企画課 アシスタントマネージャー 熊本龍馬氏

そして、磯部氏も「なるべく『何か変わった?』と思わせない配慮はしていました。いくら我々が『こういうところが便利になりますよ』と言ったところで『こういうところが嫌』というネガティブな反応をする人は絶対に減りません。少しでも嫌な思いが出てくるのは我々の本意ではないので、なるべく移行は現状維持のまま、インパクトが極力出ないようにしました」と話す。

Slackを”化学反応を起こしやすい場”にしていきたい

今年7月に新たに登場した音声会話の新機能「Slack ハドルミーティング」など、新たに実装されたツールを使いこなす社員も多いという。ITサービス企画課も「Slack コネクト」の利用を推進するなど、新機能を活用することに対して積極的だ。

また、経理の提出期限などコーポレート関連の情報が徐々に投稿されるようになったことで「全社導入したことによる強みを生かせる」フェーズに入ったことを実感しているという。バンダイナムコスタジオ ITサービス企画課の長藤友厚氏は、これからの課題について「全社的なオープン・コミュニケーションをより活発化すること」だと捉える。

Slackで始める新しいオフィス様式 第6回

バンダイナムコスタジオ ITサービス企画課 長藤友厚氏

「磯部が申し上げた通り、弊社はクローズドなコミュニケーションに慣れたスタッフが多いんです。Slackの推奨する利用上での基本的な概念の1つにも”オープンコミュニティ”っていう言葉がありますが、ワークスペースが増え、かつセキュリティが強化されたからこそ、これからはオープンにコミュニケーションしていってほしいなと強く思っています。異動の多い企業だからこそ、新たにジョインした人がすべての情報をスムーズに見通せるような環境が常にあるのが理想です。徐々にメッセージのチャンネルへの送付数が増えているからこそ、このままパブリックチャンネルの利用推進に舵を切っていきたいですね」(長藤氏)

そして「Enterprise Grid化を経て複数のワークスペースを立ち上げたことで、縦と横、両方のコミュニケーション軸が生まれたこと」が大きな変化だ、と語る一同。全社規模で自由なオープンコミュニケーションが取れる場だからこそ、Slackはワークスタイルの多様化にも貢献できるだろう、と意気込む。

Slackで始める新しいオフィス様式 第6回

チャンネル内で雑談を交わすなど、全社規模で自由なオープンコミュニケーションを実践している

「コロナ禍による在宅勤務も交えながら、徐々にハイブリッドな働き方に変化しているところです。東京以外の人と一緒にプロジェクトを進めることも普通になってきました。そうなってくると、必然的にコミュニケーションのプラットフォームはSlackになっていくはず。業務の広がりに貢献していきたいですし、最終的にはSlackを”化学反応を起こしやすい場”にしていきたいです。そして『このチャンネルを見てるのがおもしろい』でもいいので、社員一人ひとりがSlackを使っているのが楽しい、と思えるようになってほしい。ポジティブなコミュニケーションの場を作っていければなと思います」(磯部氏)