チーム・コミュニケーションを円滑にするビジネスのサポートツール「Slack(スラック)」。コロナ禍におけるリモートワーク文化が進んだことも相まり、近年は多くの企業が導入を始めている。では、Slackはどのように企業のコミュニケーションを円滑にしているのだろうか。今回は、線香などの製造・販売を手がけ、1575年に創業した老舗企業である日本香堂の事例を紹介する。

全部門と交流のある部署の窓口をSlackに - 浸透のきっかけ

今回、話を伺ったのは、日本香堂 情報システム部 次長の大杉卓也氏と同 管理本部 情報システム部の篠田実桜氏。もともとは日本語版がリリースされた2017年末、大杉氏が個人でSlackを利用し始めたことが発端だった。具体的に業務に活かす方法がないかを検討していた頃、営業部門から、ある相談を受けた。

左から日本香堂 情報システム部 次長の大杉卓也氏、同 管理本部 情報システム部の篠田実桜氏

左から日本香堂 情報システム部 次長の大杉卓也氏、同 管理本部 情報システム部の篠田実桜氏

「2019年8月頃に、WebやSNSから商品にまつわるコメントを集約できるシステムの活用を打診されたんです。そこで、情報を自動的に収集するためにSlackを活用し始めました。それが社内導入のきっかけでしたね」(大杉氏)

最初はマーケティングや営業、EC担当者からなる少数グループに限定し、あくまでも”情報収集ツール”としてSlackを活用していたという。しかし翌年、緊急事態宣言とともに日本香堂もリモートワークへとシフトチェンジ。一部の営業から「コミュニケーションツールとしても活用したい」という声が上がり、部門を限定した導入が始まった。

「日本香堂」というキーワードをSNSやブログから抽出するチャンネル。他社製品の動向や、自社ブランドへの反応が自動的に拾われる。手動で社員が情報発信できるチャンネルも

「日本香堂」というキーワードをSNSやブログから抽出するチャンネル。他社製品の動向や、自社ブランドへの反応が自動的に拾われる。手動で社員が情報発信できるチャンネルも

「社員全員にノートPCは貸与していたので、いつでもリモートができる環境は整っていました。ただ、固定電話やFAXでのやりとりは物理的に切り替えが難しく、結果的に出社する人への業務負荷が集中することになってしまいました。

特に物流部門は6~8月が商戦時期になるので、とてもじゃないけど今のままでは乗り越えられない、と。そこで、物流部門とのやりとりをSlackに移行することにしました。

実は、物流を担当するチームは、会社のほぼ全ての部門との交流がある重要な存在。彼らとのコミュニケーションをSlackに絞り込むことが、結果的にツールを社内に浸透させるきっかけになりました」(大杉氏)

仕事中に雑談!? 全社導入を目指した草の根活動

「これは全社導入して、よりコミュニケーション環境を整えたい」。そう感じた大杉氏と篠田氏は、営業部門向けに作成したマニュアルをベースに、さらに踏み込んだルールを策定した。

「Slackが”情報をオープンに発信する場”である、ということは徹底的にレクチャーし、会話をパブリックで公開するメリットを半年間で伝えていきました。また、ヘルプチャンネルを作成したり、Google サイトに聞かれた質問内容をストックしたりして『使い方がわからないから使えない』という人を取り残さないような環境も整えました」(篠田氏)

篠田氏

篠田氏

「Slackってなんぞや?」という社員のための「ガイドラインチャンネル」。細かなルールを紹介している

「Slackってなんぞや?」という社員のための「ガイドラインチャンネル」。細かなルールを紹介している

ちょうどその頃、経営層もDX推進を検討しているタイミングでもあった。Slack有料プランへの移行と全社導入を実現するために、大杉氏は経営層へ進捗報告を重ねながら、篠田氏とともに各部門向けの「オンラインSlack説明会」も開催。草の根的にSlackの使い方を広めていった。そしてついに実績が認められ、今年4月からSlackの有料プランの正式導入に成功したのだ。

しかし、必ずしも現場の意見は「大歓迎」ではなかったという。むしろ当初は反応が半々。一部の社員からは「なんでツールを増やすのか」「自分と関係のない情報が出てくるのは耐えられない」という意見もあがった。そこで、比較的デジタルツールの仕様に慣れていない社員のユーザビリティを高めるための工夫も、大杉氏と篠田氏は用意した。

「絵文字の”ありがとう”や”よろしくお願いします”という文字が見えにくい、という人のために、文字の大きさが違う絵文字を用意したりしました。また、意外と社員が気にしていたのが『遊ぶように使う』というツールのコンセプト。当初、全社運用を想定してチャンネル名の日本語化を進めた際にrandom(自由にアカウント同士がコミュニケーションを取れるチャンネル)のチャンネル名を『雑談チャンネル』に変更したら『仕事中に雑談とはどういうことだ!』と疑問を呈される……なんてこともあったんです。抵抗なく使ってもらえるよう、言葉のイメージを意識しながらチャンネル名を設計していきました」(大杉氏)

大杉氏

大杉氏

「SlackのUIが分かりやすいからか、今では思ったより積極的に使われている印象があります。何より『ベテラン社員からの質問も増え、コミュニケーションが取りやすくなった』という声も上がったのは嬉しかったです。導入してよかったなと思いました」(篠田氏)

日本香堂のオリジナルキャラクター「さだきち」などのカスタム絵文字は、気づいたら社員が作成していた

商品の生誕55周年キャンペーン開催が浸透のきっかけだった?

Slackが一部社員の間で利用され始めてから、正式導入を経て現在に至るまで、およそ1年半。2人にSlackを導入したことによるメリットを訊ねると、彼らは「支店への情報共有がスムーズになった」「メールやFAXのやりとりが削減された」「商品に関する積極的な情報共有がされるようになった」と、次々と挙げていく。

では、なぜそういった効果を肌で感じられるほどに、社内で積極的にSlackが活用されているのだろうか。ともすれば形骸化しうるリスクをはねのけられた”勝因”について、彼らは「マニュアルの制定や環境整備だけが成功の秘訣ではなかったのでは」と振り返る。

「Slackが現場にちゃんと浸透したきっかけは、ひょっとしたら『青雲』の55周年を記念したキャンペーンだったかもしれないです。うち、通常時でも商品や企業の周年の際は、イベントを開催したり記念品を作成したりして、お得意先にお配りしています。でもコロナ禍でオフラインイベントは開催できませんでした。

そこで、コロナ禍でも企業として周年を発信できないか、と昨年の夏に有志メンバーがチャンネルを作り、参加者をSlack上で募りました。最終的には、人文字で航空写真を撮影する企画が実現しました。

ちなみに普段は知らない間にコアメンバーが進めていることが多いですが、今回は若手からも声が上がり、年齢や男女、部門を問わないチームが自然と生まれたのも驚きでした。オープンな環境であるSlackだからこそ実現したプロジェクトだったかもしれません」(篠田氏)

「青雲55周年」キャンペーン。Slackの呼びかけに集まった、部門・年齢バラバラの社員たち。画像は日本香堂のSNSに投稿された

「青雲55周年」キャンペーン。Slackの呼びかけに集まった、部門・年齢バラバラの社員たち。画像は日本香堂のSNSに投稿された

「オープンな会話を通して情報を記録する」というSlack文化は企業に定着しつつある。だからこそ今後のSlackの活用方法について、大杉氏は「対外的なコミュニケーションもSlackに移行できれば」と語る。

「半年・1年単位で見ると、ちょっとずつ働く環境が改善しています。でも部署によっては『まだまだSlackでこういうことをしたい』ともどかしく感じているはず。少しずつストレスを減らしていきたいです。現在、着手し始めているのは、Slackコネクト。関係会社とのコミュニケーションもSlackに移行できたら嬉しいなと思っています」(大杉氏)