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ゴロとフライはどちらが良いか? 野球界の「常識」を変えたデータ分析の力

[2019/07/16 11:10]山田井ユウキ ブックマーク ブックマーク

覆される野球界の常識

2016年から2018年の日本のプロ野球における「得点の期待値」を状況別に比較したところ、得点期待値が最も高いのはライナーで、続いて外野フライ、そしてゴロ、内野フライの順番で続くことがわかった。しかも、内野フライと外野フライを「フライ」としてまとめて比較すると、ゴロよりもフライのほうが得点への期待値が高くなるのである。

古くからこういった手法で打球の価値については分析されてきたが、なかなか球界に浸透しなかった。監督やコーチ、選手が、肌感覚と異なる結果を受け入れられなかったのだ。

こうしたデータを基にした考え方が現場に浸透したのは、最近になってからのことである。その背景にあるのは、球場における技術革新だ。レーダーなどを用いてボールのデータを取得できるようになり、投手が投げたボールの変化量や軌跡、打球の角度や滞空時間などのデータを取れるようになった。より選手にとってイメージしやすいデータが得られるようになったことで、現場にもデータの重要性が浸透し始めたのである。

球界のデータ活用が急速に進むのに伴い、選手への評価の仕方も変わりつつある。打率や防御率といった従来の指標ではなく、打球速度や打球角度といった新たな指標で選手の能力を厳密に測っていこうとする試みが定着している。

さらに、メジャーリーグでは現在、「WAR」という指標で選手を評価するのがスタンダードになっている。これは、投手や野手の貢献度を得点や失点に置き換えたもので、打撃や守備、走塁、投球、守備位置などを加味した総合評価である。

その結果、思わぬ騒動も持ち上がった。

2012年、メジャーリーグでMVPに輝いたのは三冠王カブレラ選手だったが、満場一致とはいかなかった。代わりに推されていたのが、トラウト選手だ。打率や本塁打、打点ではカブレラ選手に及ばないトラウト選手がなぜMVP候補に挙がったのか。その根拠が、セイバーメトリクスによる総合評価だった。

「打撃に関してはカブレラ選手の方が上ですが、それほどの差はありません。さらに走塁と守備はカブレラ選手よりもトラウト選手が上です。そこに環境条件などを加えて評価すると、カブレラ選手の勝利への貢献度は6.4勝分で年俸に換算すると4170万ドルとなります。一方、トラウト選手は10.3勝分の働きをしていて年俸換算6700万ドルでした」

従来の考え方では埋もれてしまっていたトラウト選手の貢献に光が当たったのは、セイバーメトリクスがメジャーリーグに浸透しているからだ。このときは結局、カブレラ選手がMVPを獲得したが、岡田氏は「今後、似た論争になった場合、おそらくトラウト選手側の選手を支持する人が増えるだろう」と見解を示した。

選手獲得の投資は慎重に!?

さらにセイバーメトリクスの浸透は、メジャーリーグに新たな課題をもたらした。

それが冒頭で挙げた、「選手獲得に投資しない」という現象である。

セイバーメトリクスの結果、メジャーリーグでは若手を重視する傾向が強くなっている。打撃のパフォーマンスが最も高くなるのは20代後半であり、守備においても若いほど有利であることが判明しているからだ。

そうなると、年俸のわりにパフォーマンスが出ない30代以降のベテランを使う必要はなくなり、その分を若手に投資したほうがコストパフォーマンスが良いということになる。特に若手選手については6年間は球団に保有権があり、年俸をコントロールできるメリットもあるからだ。

「野球は若い選手のスポーツである」――セイバーメトリクスによって判明したこの事実は、メジャーリーグの商習慣をも大きく変えたのである。

選手に投資しなくなった資金はどこへ行ったのだろうか。最近、メジャーリーグの各球団がこぞって投資しているのが、優秀なフロントスタッフの採用である。

例えばアスレチックスで編成責任者をしているビリー・ビーン氏。データ分析の結果、彼がチームを編成することで約12勝分の勝利を上乗せできることが明らかになっており、球団はその働きを高く評価。ビーン氏の年俸は100万ドル程度だが、「もっと高給でも彼を雇いたい球団はたくさんある」(岡田氏)という。実際にメジャーリーグでは1000万ドルを超える年俸をもらう編成責任者も出てきており、優秀なフロントスタッフの年俸はうなぎ上りだ。

「分析によって、選手に比べてマネジメント層のコストは相対的に安いのに、中長期的な影響は大きいということがわかってきました。最近ではデータ分析で他球団と差をつけるため、アナリストへ投資する球団も増えています」(岡田氏)

また、データ分析の浸透は、野球というスポーツそのもののあり方をも変化させようとしている。

象徴的な例が、試合が開始した直後、初回のマウンドに「オープナー」と呼ばれるリリーフ専門投手を起用する球団が出てきたことだ。データ分析の結果、同じ投手が投げ続けると次第に攻略されやすくなることがわかっており、特に3巡目まで回ると打たれるリスクが増す。そこで、最も打線の得点力が低い初回にあえてリリーフ投手を起用することで、相手打線を抑える効果を狙うわけだ。

このように、これまでの野球界では考えられなかったような戦略が生まれているのも、データ分析が定着してきた結果だと言える。

ただし、「データに基づいた戦略が高度化しすぎると、野球が観客にとってよくわからないスポーツになってしまう危険性もある」と岡田氏は指摘する。そのため、データを活用しつつも野球の「コンテンツとしての魅力」を失わないように舵取りしていく必要があるのだ。データ分析が解き明かした「野球の構造」を踏まえた上で、メジャーリーグでは今後、ルール変更も検討しているという。

セイバーメトリクスによるイノベーションは、野球という伝統あるスポーツを根本的に変えようとしている。現在のところはメジャーリーグが先行しているが、日本でも今後大きな転換期を迎えるはずだ。

※ 本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合がございます。予めご了承ください。

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