本連載では、主に企業におけるIT部門の読者を念頭に、デジタルビジネスを加速するための全社・部門でのアナリティクスの検討・導入に役立つ視点を紹介していきます。

今回は、業務プロセス改革を起点としたアナリティクス活用について、デジタル変革の波が今まさに訪れようとしている物流業務を例に紹介します。

物流からロジスティクスへ、ロジスティクスからデジタル・ロジスティクスへ

皆さんは、「物流」という言葉から、どのような業務をイメージしますか?

筆者は物流業務に関するITコンサルティングサービスを提供する仕事を行っているため、企業関係者と話す機会がありますが、皆一様に、3K(ブルーカラーの現業系、技能系とされる職種について、その労働環境・作業内容が「きつい (Kitsui) 」「汚い (Kitanai) 」「危険 (Kiken) 」である)業務のイメージを語られます。

物流は、企業のバリューチェーン上も生産、マーケティング、販売と言った花形業務に比べて重要性が低く、コスト削減対象としてのみ認識されていることが多いでしょう。筆者は、大学院時代に物流を学んだ恩師に、「日本では、イメージ上、物流という言葉を使ってビジネスを進めない方が良い」と進言を受けたことさえあります。

一方海外では、物流は、軍事用語「兵站」を語源とするLogistics(ロジスティクス)と呼ばれ、ビジネス分野の経営管理方式として重要視されてきました。筆者が海外駐在から日本へ帰任した後、日本企業の「物流」と海外企業における「ロジスティクス」の企業戦略上の重みの差を強く感じています。

しかし、デジタル化社会が急速に進んだ近年、日本においても「物流」が海外の「ロジスティクス」に認識が近づきつつあります。きっかけは、EC(電子商取引)の社会浸透による、顧客要求ニーズの加熱です。

多くの消費者の「いつでも・どこでも買いたい、受け取りたい」志向に応えるために、企業はデジタルとリアルの融合を図る販売戦略であるオムニチャネルビジネスを加速させています。バックヤードの物流業務には大きな負荷が掛かりながらも耐えてきましたが、物流業界就労人口の減少といった社会構造課題が追い討ちを掛け、ついには物流業務へのしわ寄せは限界を超えました。

顧客要求ニーズ(EC市場)の伸び、物流実行能力(物流労働力人口)の減少

結果として、2016年4月、小売大手アマゾンの配送料有料化移行を筆頭に、各企業が、堰を切ったように、顧客要求ニーズに対する物流実行能力のギャップを埋める活動に動き出しました。いよいよ、物流のQCD強化が顧客体験提供の成否を決める時代となったのです。企業が、「物流」を、戦略的に構築し、業務遂行する本来の「ロジスティクス」へと、認識を変えなくてはならなくなりました。

EC需要の拡大は1つの具体例でしかありません。グローバルサプライチェーンネットワークの拡大、インバウンド観光客の増加、クールジャパン戦略の一環である農産品輸出の拡大(2020年に1兆円目標)といった数々のビジネス機会に対し、全業界・全業種がデジタル・リアルを融合した顧客体験の提供を旗印に、ロジスティクスのデジタル化に取り組んでいます。

デジタル・ロジスティクス

NTTデータでは、ロジスティクス業務におけるデジタル変革の進展を「デジタル・ロジスティクス」と呼称し、各業界企業に対するITコンサルティングサービスと、プラットフォーム導入支援サービスを開始しています。

デジタル・ロジスティクスの技術要素分類と実現タイムライン

それでは、デジタル・ロジスティクスの構築において、どのような技術要素が活用されるのか、見ていきましょう。

DHLが発表している「The Logistics Trend Radar 2016」では、未来に向けた物流革新を起こすビジネス要素とテクノロジ要素が整理されています。

テクノロジ要素に着目すると、デジタル・ロジスティクス能力の強化は、大きく、業務実行系機能の強化と意思決定系の機能強化に分類できます。

ロジスティクスにおけるデジタル技術適用のタイムラインとインパクト(DHL Logistics Trend Radar 2016より筆者作成)

自動運転・自律学習システムに活用される人工知能は、5年以上先であると提言されていますが、数理計画問題等を活用した意思決定系機能の強化は、5年以内に実現されうることが見て取れます。

本稿では、アナリティクスの検討・導入が目的であることから、特にアナリティクスに関連のある意思決定系能力強化に向けた3つのポイントを以下に解説します。

デジタル・ロジスティクスにおける意思決定系能力強化(アナリティクス)

  1. まずは、人間系業務データを吸い上げる工夫を業務フローに盛り込む

物流は、労働集約的業務であり、人間系業務が業務フローの多くを占めます。将来的には、物流労働力減少を補うロボットが導入された省人化が起こるでしょうが、2016年現在からの数年間の過渡期においては、人間系業務が依然多く残ることが予想されます。最適な業務意思決定を行うためには、人間系業務の実行データを収集し分析することが不可欠となります。

データ取得の手段は、センサー活用、ウェアラブル端末導入、(大規模ではない)簡易ロボットの導入等が挙げられます。例えば、ピッキング指示最適化のためにはピッカー作業員の業務行動実態のデータ収集・分析が必要となりますが、ピッカー作業員にセンサーを取り付け、GPS位置情報により導線データを収集する必要があります。

  1. 多種多様なロボット・センサー・システムからのデータを統合的に蓄積するデータプラットフォームが必要

物流の2大業務である倉庫業務や運送業務は、商品特性や顧客特性によって、利用されるロボット、センサー、システムが異なります。

例えば、食品は鮮度維持のための低温保管・低温輸送を行っており、温湿度をリアルタイム管理するセンサーが必要になります。また、一言に積込み業務と言っても、パレット単位納品の場合は無人フォークリフトやロボットアーム導入が可能でも、個品積込みの場合は人手で行われます。

複雑に絡み合う業務・システムを完璧に統合することはほぼ不可能です。したがって、異なる業務・システムから、一元的にデータを蓄積・分析できる基盤の構築には、柔軟性・拡張性が強く求められます。企画初期段階から、クラウドによる、システムやモノとの標準通信アーキテクチャの設計と実証実験が必要です。

  1. 業務プロセス毎に目標を定義して、スモールスタートを

今の時代、物流業務は、顧客満足度や生産性を向上させることができる可能性を大きく秘めた、いわば、宝の山です。

企業活動をハイレベルな視点で考えた際には、物流のみならずサプライチェーンへと視野を広げ、全体でのデータ収集・分析の検討を行い、全体最適へつなげるべきですが、広範囲・長期間の検証が必要になってしまいます。

サプライチェーン全体のデジタル化ロードマップを描きつつも、物流業務プロセスに着目し、スモールスタートによる結果を出すことで、組織変革の機運を高め、開発・導入メンバーの士気を持続・向上させることが肝要です。

例えば倉庫のデジタル化に向けては、入庫(積降し)・棚入れ・保管・棚卸し・ピッキング・出庫(積込み)の業務粒度に分解し、最適な意思決定を行うために必要な業務データを洗い出すと良いでしょう。

「既に取得できるデータ」と、「デジタル技術を導入することで新たに得られるデータ」の2種類に分類・整理し、効果・費用・難易度の観点からデジタル技術導入の道筋をつけることができます。

そして、まず初めに一業務に絞り、意思決定モデルを策定し、導入実証実験を行うことをお勧めします。このような取組みが、次のステップとして選択される業務群のデジタル変革、および自社から市場変革を提案する第一歩へとなります。

*  *  *

従前よりコストセンターと位置づけられてきた物流業界が、いよいよ顧客体験を実現する重要なファクターへと変貌を遂げました。

物流業界におけるデジタル技術は、新しいモノ・コトに積極投資をするイノベーターに限らず、多くの企業が既に検討していることをITコンサルティングサービスを通じて目の当たりにしています。

今後、物流業界が、市場の動きを見て受動的に対応する施策にとどまらず、市場をけん引する取り組みが起こってくることが予想されます。

<今後の連載予定>

著者紹介


大野 有生 (ONO Ariki)

―― 株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 コンサルティング&マーケティング事業部 デジタルコンサルティング統括部 課長

大学院でSCM・国際物流を専攻。入社後、SCM・物流システム導入に複数参画。2009年にベトナム現地法人へ赴任し、アセアン域一帯の物流企業様向けにITソリューションを企画・立上げ。

2014年より現職にて、物流デジタル化を実現する世界のIT先進活用事例の研究を産学連携で進めると共に、お客様の物流業務変革の為のITコンサルティングに従事。2015年日本ロジスティクスシステム協会「IoT、ビッグデータ、人工知能の進展による2030年の物流ビジョン」委員。