本連載の第47回や第48回で、シミュレーション訓練の話を取り上げた。すると必然的に出てくる話題として「計測」がある。なお、デブリといってもゴミではない。詳しい話はまた後で。
シミュレーションと計測
シミュレーション訓練における「計測」とは何か。
たとえば、戦闘機同士で空中戦の訓練を行ったとする。もちろん結果は大事だが、訓練という観点からすれば、「どうして勝てたのか」「どうして負けたのか」を知ることが重要だ。それが分からなければ、訓練の教訓を次に活かすことができない。
では、その「どうして勝てたのか」「どうして負けたのか」をどうやって学ぶか。そこで問題になるのが、空戦訓練に参加した彼我の機体が互いにどういう機動を行い、どういう位置取りをして、どこで何をやったのかを知ることだ。
それが分かれば、「あそこであっちに旋回したのが間違いだったのか」「撃つべきタイミングは、あのときではなくてこのときだったのか」といったことが見えてくる。
昔なら、そういうデータを用意するにはパイロットが手作業で「機動図」を紙に描いた。その際のベースとなるのは記憶やビデオ映像だった。ところが、最近ではこれをコンピュータ上で行える。それを実現するのが空戦機動計測システムである。
空戦機動計測システムはGPS(Global Positioning System)の受信機を内蔵しており、緯度・経度・高度を常に把握・記録している(乱暴にいえば、GPSロガーの親玉みたいなものだ)。そのデータと、兵装発射(もちろん模擬)を初めとするその他の空戦関連データをすべて記録しておいて地上に持ち帰り、解析用のコンピュータに取り込む。もしも可能なら、無線通信でもってリアルタイム伝送してもよい。
これをすべての機体について行えば、空戦訓練に参加した個々の機体がどういう軌跡をたどり、どこで何をしたのかが画面上に描き出されて、すべては白日の下に晒される。
それを見ながら、「いいか、おまえはこのとき、こっちに旋回したな。どうしてそうしたんだ?」「それは、これこれこういう風に判断したためです」「うん。ところが実際には、敵機はそうじゃなくてこういう風に動いたんだな。だから結果として、後ろに回り込まれて尻を吹っ飛ばされてしまったわけだ。それでおまえは "戦死"」とかいう具合に、デブリーフィング(デブリ)で絞り上げられる。
もちろんデブリで絞り上げられるのはしんどいことだが、目の前には実際の機動を記録した生のデータがあって、自分が犯したミスも、自分がやってのけた成功も、すべて記録されている。それを前にしながら教訓を汲み取り、次に反映させることで、スキルアップにつなげる。そういう話である。
実機を用いる訓練では空戦機動計測システムが必要だが、シミュレータ同士で対戦するのであれば、もうちょっと話は簡単だ。それぞれのパイロットがどういう操縦操作を行い、その結果として(シミュレータ上の機体が)どういう機動をしたのかはシミュレータ制御用のコンピュータに記録されているから、そのデータを使えば同じことができると考えられる。
シミュレーションでできることと、できないこと
先の例では空戦訓練を引き合いに出したが、他の分野でも同じである。陸戦の訓練なら実弾の代わりにレーザー送信機と受信機を用いる、たとえばMILES(Multiple Integrated Laser Engagement System)みたいな機材を使って「リアルな模擬交戦」を実現している。そこでもやはり、計測機能とデータ記録機能を使って、誰がどういう動きをしたのかを記録、後から再現してデブリで絞り上げられるようにすることが重要だろう。
しつこいようだが、訓練で重要なのは単なる「勝った負けた」ではない。どうして勝ったのか、どうして負けたのかを当事者がきちんと把握・理解することが重要なのだ。
実は、実戦で体験する緊張感を事前に訓練段階で体験しておくことも重要である。この業界には「訓練された通りに戦え」とか「訓練で汗を流せば、実戦で血は流れない」なんていう金言があるが、その金言が本物になるかどうかは、どれだけ実戦に即した訓練をできるかにかかっている。実戦的でない訓練をいくらやっていても、その通りに戦った結果がどうなるかは察しがつく。
より迫真性を高めたシミュレータを開発・活用することも、実機や実車による訓練と計測システムを組み合わせることも、実弾を撃つ代わりに模擬交戦できるシステムを取り入れることも、煎じ詰めれば「実戦に即した訓練を通じて実戦の緊張感を模擬体験する」ための手法だ。
ただ、「本物の武器を撃つ緊張感」みたいな話になると、これを迫真性を持って再現した上で事前体験しておくのは、なかなか難しいかも知れない。ことに核兵器みたいな大物になると。
シミュレーションの話からは外れてしまうが、いつも同じメンツで同じような訓練ばかりやっていると、ワンパターン化する危険性が出てくる。メンツを変えるとか、機体や車両や武器を変えるとか、設定する想定状況やシナリオを変えるとか、気象環境や地理的条件を変えるとかいった工夫も必要になると思われる。
実は、そこでモノをいうのが国際共同訓練や合同演習だ。自国と異なる装備体系を持つ国の軍と共同で訓練や演習を行えば、当然ながら勝手の違う場面にいろいろと遭遇するはず。でも、それを体験することで経験の「厚み」が増すメリットは、確実にある。
機体や車両、武器、想定状況やシナリオ、気象環境や地理的条件を変えるぐらいなら、シミュレータ訓練でも(データさえあれば)なんとかなる。しかし、それを操る人という要素ばかりは、やはり本物、生身の人間を相手にする方が現実的であり、迫真性がある。
そういう観点からいっても、国際共同訓練や合同演習にどんどん出て行って他流試合に打って出ることには大きな意味があると思うのだ。記事の本題からは外れてしまったが、こんな考え方もあるということで書いてみた。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。