マーケティング理論「キャズム」で知られるGeoffrey Moore氏が2009年10月、Symbian Foundationが英ロンドンで開催したイベント「Symbian Exchange & Exposition 2009」で講演した。現在のスマートフォン市場を、形成期にあった1980年代のPC市場にたとえたMoore氏のSymbianへのアドバイスは、「iPhoneなど、先行者のよいところを真似せよ」だ。

明晰な分析とわかりやすいスピーチで参加者をうならせたGeoffrey Moore氏

Moore氏については紹介するまでもないだろう。TCG Advisorsに籍を置く経営コンサルタントで『Crossing the Chasm』などの著作を持つ。この日は、「スマートフォン市場で勝つためのイノベーション戦略~~部外者からみたSymbianへのアドバイス」として、自身の見解を披露した。

結論は、「スマートフォン市場でも"勝者がすべてを得る"独占企業が出る」であり、Symbianが勝者となるには、「リーダーの技術をすばやく取り入れること」と助言。「Appleがプラットフォームで独占することはないだろう」という予言も残した。以下、Moore氏のスピーチを紹介する。

Moore氏の講演は、イノベーション全般とスマートフォンの2つに分かれる。前半のイノベーションは、携帯電話に限らずどの業種や企業にも当てはまる一般的なものだ。

「大企業はどこもイノベーションを無駄にしている」とMoore氏はいう。代表例が自動車業界だ。「米国の自動車業界は研究開発に大型投資を行ったがイノベーションは起こらず、経営危機に陥ってしまった」 - 典型的なのは、ボトムアップを狙ったところがベクトルがばらばらになってしまったというパターンだ。「アトランダムではどこにも到達しない」とMoore氏。社内の人間関係や力関係などの軋轢を受け、競合他社に対する差別化の探求に発展しない。「特定のベクトルを全体で増幅させることが必要」とMoore氏は言う。

イノベーションへの取り組みの結果は、「差別化」「無効化」「最適化」「失敗」「無駄」の5つに分類できる。このうち、リターンを得られるのは「差別化」「無効化」「最適化」の3つだ。以下に具体的に見てみよう。

イノベーションのリターンが得られるパターンは3つ

差別化とは「コア」の部分で、競合他社と差別化する強みを得ることだ。無効化とは、他社が競争差別化を得たときに追いつく(=他社の競合優位性を無効化する)こと。コアではなく「コンテキスト」だが、重要な戦略カードのひとつだ。Moore氏が挙げた無効化の例は、米Microsoftの「Internet Explorer(IE)」だ。「Netscape Navigator」は紛れもない破壊的イノベーションだったが、後を追う立場にあったMicrosoftはIEで無効化戦略をとった。Netscapeの機能を取り込み、最終的にOSにバンドルすることで最終的にNetscapeを「殺した」とMoore氏。なお、Moore氏は、「Microsoftは差別化企業ではない。無効化に長けた企業だ」と評した。3つ目の最適化は生産性の改善などの部分だ。

残るは、リターンをうまない「失敗」と「無駄」だ。このうち、「深刻な問題。絶対に避けなければならない」とMoore氏が警告するのは、「無駄」だ。失敗ならば学ぶことができるが、無駄は完全に予算を泡にしてしまう。では、無駄はどこからくるのか?

  1. 差別化のためのプロジェクトがまったく効果を生まない
  2. 無効化プロジェクトの失敗
  3. 社内でのベクトルがばらばら

の3つがあるという。2の例としては、検索事業を思い切って捨てることができなかった新CEO就任前の米Yahoo!を挙げる。「Yahoo!は間違いなく検索を発明したが、(後発の)Googleには大きな差別化があった。検索はYahoo!にとってもはやコアではなくコンテキストになってしまったのに、固執してしまった」とMoore氏。Yahoo!に限らず、最初にコアだったのものがコンテキストになっても方針を変換できない企業は多いとのことだ。Moore氏は、「無効化と差別化には大きな差がある。無効化に巨大な予算を割くべきではない」と助言する。このようなイノベーションの無駄は、実際は図で示した以上の部分を占めていると見る。

そして、イノベーションの取り組みからリターンを得るためには、

  1. どのタイプのリターンをターゲットにするのか
  2. 適切なリーダーを配置しているか
  3. 成果を測定する指標でリターンを測定できるか

の3つの点を問い直す必要がある、とまとめた。

本題である"勝つためのイノベーション戦略"とはずばり、「コアを見定め、それにベクトルを結集していくこと」だという。「コアとコンテキストを50対50にできる企業は、競争に勝てる」ともいう。「実際の比率は10対90あたり」と付け加えた。

Moore氏はイノベーション戦略の立案を支援する材料として、自社バリューを見定めるキーワードを12個挙げた。キーワードは、製品リーダーシップ、顧客向け、事業運行の3つのゾーンに各4つずつ。製品リーダーシップゾーンでは「製品イノベーション」(例: Google)、「プラットフォームイノベーション」(例: Microsoft)、顧客向けゾーンでは「ライン拡大イノベーション」(例: 米Hewlett-Packard)、「マーケティングイノベーション」(例: Apple)、「エクスペリエンスイノベーション」(例: 米Facebook)、事業運行ゾーンでは「統合イノベーション」(例:独SAP)、「プロセスイノベーション」(例: 米Dell)、「ビジネスモデルイノベーション」(例: 米Salesforce.com)、などとなる。

イノベーションのベクトルを決定する12個のキーワード(下は代表的企業)

イノベーション戦略で考えるポイントとして、

  1. 自社のコアは明確か
  2. イノベーションの方向性はどこか
  3. 決定した方向性に決定的な競争優位性をもたらす"宝石"はあるか
  4. 投資額は適当か、他の部署とのコストバランスはとれているか

などを挙げた。