携帯各社が5Gの基地局整備に関する計画を打ち出していますが、その内容を見ると意外と差が出てきていることが分かります。これらの違いには各社が置かれている環境の違いと、それを考慮した上で採用した戦略が大きく影響しているようです。→過去の回はこちらを参照。

異なる2つの指標から見えるエリア戦略の違い

2020年3月に携帯大手3社が5Gの商用サービスを開始してから、もう少しで半年が経過しようとしています。しかし、3社の5Gエリアを確認すると、現在もカバーしている場所が非常に限られており、都市部でさえ5Gが満足に使えるとは言えない状況が続いています。

とは言え、こうした状況は当初発表された通りでもあり、各社が5Gのエリアを面で広げていくのは実質的に2021年度以降とされています。実際、各社の計画を見ますと、NTTドコモは2021年3月末までに全政令指定都市を含む500都市に5G対応基地局を設置するとしており、この段階ではまだ点でのエリア展開がメインとなるようです。

面展開を本格化するのはその後からで、2021年6月末までに基地局数1万局、2022年3月末までに2万局を設置予定。2023年度中に「基盤展開率」97%を実現し、この時点で現在の4Gと同じくらいのエリアをカバーする予定としていることから、5Gのエリア整備には3年くらいの時間がかかるようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第24回

    NTTドコモの5Gエリア整備は2021年度から本格化し、2023年度中に基盤展開率97%、現在の4Gに並ぶ水準を実現するとしている

しかし、それよりもかなり早くにエリア整備を実現するとしているのがKDDIとソフトバンクです。両社はともに2021年3月末時点で5G対応基地局を1万局にまで増やし、2022年3月末には5万局を設置するとしており、ソフトバンクはこの時点で「人口カバー率」90%超を実現するとしています。

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    ソフトバンクはNTTドコモより早いペースで整備を進める計画で、5G基地局を2021年3月に1万局、2022年3月に5万局に増やし人口カバー率90%超を実現するとしている

「基盤展開率」と「人口カバー率」、それぞれ打ち出している指標が違うので同列での比較はできないのですが、既存の4Gと同じくらいのエリアをカバーするという意味で言うならば、NTTドコモよりもソフトバンクの方が1年近く早い段階で5Gのエリア整備が進むと考えられます。なぜ両社にそれだけの差があるのかというと、それを示しているのがこの指標の違いなのです。

人口カバー率は、総務省が4Gの時代まで、周波数帯免許の割り当て審査をする際に用いていたエリアの指標。全国を約500m四方のメッシュに区切り、カバーしている面積が50%を超えていればメッシュ内の人口がカバーされているとして加算し、その人口の合計を全人口で割ったものが人口カバー率となります。

一方の基盤展開率は、5Gの周波数帯免許に際して用いられるようになった新しい指標。全国を10km四方のメッシュに区切り、そのうち山岳地帯や海などを除き事業可能性があるとされた4500のメッシュのうち、その地域の基盤となる「高度特定基地局」を整備した割合が基盤展開率となります(第2回参照)。

つまり人口カバー率は「人がいる場所」、基盤展開率は「人がいるかどうかに関わらず事業可能性がある場所」を示しており、双方が示す値は全く別のもの。それゆえ5Gのエリアの広さを示すには基盤展開率が用いられる、と考えるのが普通なのですが、ソフトバンクがあえて人口カバー率を打ち出しているのには「ダイナミックスペクトラムシェアリング」(DSS)が大きく影響しています。

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    総務省は5Gの電波免許割り当てに当たり、エリアカバーの指標を従来の「人口カバー率」から、人があまりいなくても事業可能性のある場所もカバーすべきという「基盤展開率」に変更している

なぜNTTドコモは4G向け帯域を活用しないのか

DSSは同じ周波数帯で4Gと5Gを共用する技術であり、これを用いれば現在4Gで使用している周波数帯をそのまま活用して5Gのエリアを広げることが可能です(第10回参照)。

KDDIとソフトバンクはDSSの活用を打ち出しており、中でもソフトバンクはDSSで既存の4G用の帯域と基地局をフル活用して5Gのエリアを広げる戦略を取っているため、4Gの基準となる人口カバー率でエリア整備計画を打ち出しているのです。

一方でNTTドコモは当面、5G向けに割り当てられた周波数帯だけを用いてエリア整備を進める計画を立てています。それゆえ基盤展開率でエリア整備計画を打ち出す一方、他の2社よりも全国でのエリア整備が遅くなるのです。

なぜNTTドコモがDSSを使わないのかというと、理由の1つはユーザー保護の観点からのようです。4Gの周波数帯を5Gと共用した場合、4G利用者の通信速度が落ちてしまうことが懸念されますし、そもそも4Gの周波数は帯域幅が狭いことから、それを使って5Gのエリアを拡大しても通信速度が4Gと変わらず、5Gで高速通信を期待している人への優良誤認の恐れがあるなどのデメリットがあります。それゆえNTTドコモは高速大容量通信を重視し、5G向けの帯域のみでエリア整備をするというのです。

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    DSSを用いて4Gの周波数帯で5Gを展開しても、5Gの特徴の1つである高速大容量通信は実現できないので、優良誤認の恐れが出てくるとNTTドコモは指摘している

2つ目は5Gで割り当てられた周波数帯にあります。現在、大手3社は5G向けとして割り当てられた帯域のうち主に3.7GHz帯を用いてエリア整備を進めていますが、この帯域は衛星通信と干渉するため基地局の設置場所が制限され、容易にエリアを広げることができません。

そうしたことから、NTTドコモは3.7GHz帯が利用できない場所では干渉の影響を受けにくい4.5GHz帯を使うとしていますが、この帯域を割り当てられているのはNTTドコモだけ。楽天モバイルを含めた他の3社は3.7GHz帯と、広範囲のカバーには向かない28GHz帯しか割り当てられていないことから、干渉の影響がある場所を4G向けの帯域でカバーするべくDSSの活用に至ったという側面もあるでしょう。

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    携帯4社に割り当てられた5G向け周波数帯のうち、4.5GHz帯を持つのはNTTドコモだけ。他の3社実質的に、は衛星通信の干渉を受ける3.7GHz帯のみでの広域エリア構築を求められていた

そして、3つ目は技術の問題です。DSSはエリクソンとクアルコムが中心に開発した技術であり、主としてエリクソン製の設備をネットワークに用いているソフトバンクなどはDSSが導入しやすい一方、国内メーカー製の基地局を多く使用しているNTTドコモはDSSへの対応がしづらく、それが現在の方針につながっているとも言われています。

こうして見ると、5Gのエリア戦略は各社が置かれている状況によって大きな違いがあり、現時点ではどこが有利・不利とは言い難い状況にあることが分かるでしょう。いかに自社の弱みをカバーしつつ、利用者に支持されるネットワークをスピーディーに構築できるか、今後各社の手腕が大きく問われることになりそうです。