天保六年創業の人形専門店、久月。同社は、30年来利用してきたオフコンからの脱却を図り、クラウド移行を実現した。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかったという。「今のままで良い」と考える経営層や現場スタッフ、ベンダーとのコミュニケーションなど、いくつも立ちはだかる”壁”を久月はどのように乗り越えたのだろうか。

久月 専務取締役 横山久俊氏は3月3日、マイナビニュース スペシャルセミナー「クラウド移行の正しい期待値」に登壇。同社がクラウドを導入した際の苦労やクラウド移行により得られた成果などについて紹介した。本稿では、聴講者から質問を交えつつ、モデレーターの大串肇氏との対談形式で行われた同講演の様子を一部ご紹介したい。

(写真左から)mgn 大串 肇氏、久月 専務取締役 横山久俊氏

経営層「今できているのになぜ変えなければいけないのか」

オフコンのハードが老朽化していくなか、部品の製造停止/保守切れに伴い、継続的なメンテナンスが困難な状況に。システムはCOBOLで作られているため、対応できる人材が限られてしまう――こうした危機的な状況を迎えた久月は、経理課長の「壊れてからでは遅いです!」という一言により、オフコンからクラウドへの移行が決断されたという。検討の結果「奉行クラウド」シリーズを利用し、クラウド上に基幹システムを構築したのだが、そこにはさまざまな壁があった。

横山氏がクラウド移行の大きなハードルになった点として初めに挙げたのは、経営層への説明だ。特にネックとなったのは、運用コストだという。久月の場合、オフコン時代はサーバを自社で買い取り運用していたため、クラウド移行によって新たにクラウドおよびソフトウエア利用料が発生することになる。運用コストの増加は不可避だ。これが、経営層からの大きな反対理由の1つとなってしまった。

さらに、反対意見として多く挙がったのは「今できているのに、なぜ変えなければいけないのか」という声だ。「オフコンは当社専用として作ったシステムなので利便性が高い、ソフトウエアのパッケージでは不便なこともある、現場のことがわからないのでは、などといった声が挙がった」と横山氏は振り返る。

これらの懸念事項に対し横山氏は、オフコンが壊れてしまう前に移管しなければならず、全く同じシステムには戻れないことを丁寧に伝え、地道に説得を続けていったという。

反対勢力との戦い - 渋るスタッフをどう導くか?

経営層だけではなく、従業員側の反対勢力との戦いもあった。クラウド移行をしたほうが便利になるとわかりながらも、「大変」「今すべきことではない」という意見が多かったという。大串氏からの「乗り気で協力してくれる人と渋る人の割合はどのくらいだったか」という質問に対して、横山氏は「1:9くらいの割合で渋る人が多かった」と苦笑する。

そうした不利な状況のなか、横山氏はクラウド移行によって明確に変わったり楽になったりする業務を整理し、「『論理』と『情熱』を持って説明をし続けた」と語る。

「従来はオフコンが業務用PCと独立して稼働していたため、オフコンからPCへデータの入力をし直す手間が発生していましたが、クラウド移行によってその業務を削減できること、伝票の手書き入力や倉庫へのFAX送信といった業務も減らせることなど、1つ1つ説明していきました」(横山氏)

現場への説明の順序も工夫した。まずは、分野ごとに社歴の長いスタッフを集め、現在の業務の棚卸しを実施。各部門の状況を集約して会社全体の業務整理を行い、どの業務がどのように変わるか、または無くなるかといったことを説明していった。そして彼らへの説明が終わった段階で、横山氏自らが各部署に出向いて現場の各スタッフに理解を求めていった。

久月にはPCを扱い慣れた社員ばかりがいるわけではない。PCを使うよりも手作業のほうが早いという声もあった。またクラウド導入後に、以前のやり方に戻ってしまう人も出てきてしまったという。こうした課題に対しては、なぜ従来のやり方のほうが早いと思うのか、その理由をきちんと聞き、マクロを組んでボタン1つを押すだけの操作に落とし込んだりすることで、クラウドを利用したほうが早くて楽になるということを実感してもらい、1つ1つ解決していったという。