新年あけましておめでとうございます。
ITSearch+では「2017年新春インタビュー」と題し、「IoT」と「セキュリティ」を軸に、IT専門調査会社「IDC Japan」の担当アナリストにインタビューを行いました。IoTの本質とは何か、セキュリティ対策で次に打つべき手は何かを見出していただければと思います。今回は「IoT編」です。

ランサムウェアはIoTにもやってくる

企業の守るべきポイントを変えた「ランサムウェア」と「クラウド」

さまざまなモノがインターネットにつながる「IoT」は、コンシューマーと法人の両分野で大きなトレンドとなり、ベンダーの動きも活発化している。日本のIoTは製造業を中心に導入が進んでいるが、今年以降はどのように拡大、発展するのか? IDC JapanでワールドワイドIoTチームに所属し、シニアマーケットアナリストを務める鳥巣 悠太氏に見通しを伺った。

IDC Japan ワールドワイドIoTチーム シニアマーケットアナリスト 鳥巣 悠太氏

IoTは「製品」が「サービス」に変容する

――IoTという言葉が市民権を得た一年となりました。市場をどのように見ていますか?

鳥巣氏 : IoTの話をする前に、なぜIoTに取り組まなければならないのかを考えて見ましょう。

IDC Japanでは、国内のICT市場とIoT市場の2020年までの予測を出しています。これを見ると、ICT市場は成長する分野、成長しない分野が混在しているのですが、合計すると横ばいで推移します。これに対して、IoT用途のアプリやクラウドなどへの支出額(IoT市場)は、年平均成長率が18%ほどと、成長性のある分野といえることがわかります。

さらに詳しく見ると、ICTとIoTは「サーバー」「ストレージ」「ソフトウェア」「アナリティクス/AI」と、重複が多い。そのため、ICTベンダーはこれまで「ICT向け」として作ってきたソフトウェアを、「IoT向け」にシフトさせる必要があるということになります。ICT市場は25兆円のまま成長が見込めないということを認識する必要があります。

――IoTで先行している業種はありますか?

鳥巣氏 : IDCでは、国内のIoTユーザーが産業分野別に「どのような用途でIoTに支出しているのか」を調査していますが、ここでは「製造オペレーションの効率化」と「製造アセットの管理」の2つが抜きん出ています。共に製造業のユースケースなんですが、具体的には「工場における生産性・製品品質の向上」「製造機械の故障検知・予知」です。製造業のIoT支出は2016年時点で既に1兆円を超えています。

ただすべての製造業にIoTが普及しているかというとそうではないです。例えば、売上額500億円以上の製造業大手では17.3%が導入しているのに対して、中小企業では4.9%にとどまっており、全業種の平均である5.4%すらも下回っています。

いくつかの要因が考えられますが、最大の課題は「経営者」にあると見ています。中小の製造業の経営者はみな経営の効率化を目指しており、IoTに対しても非常に高い関心を持ってはいるのですが、資本力の問題から投資対効果を気にしたり、セキュリティ面での不安が邪魔したりすることで、スタートできずにいるという状態です。

一方で製造業以外に目を向けると、2020年までのユースケース別成長率を調べたところ、「病院におけるクリニカルケア」や「テレマティクス保険」「農場でのIoT利用」といった分野の潜在的なニーズがあることがわかっています。

――IoT導入のけん引役となっている技術や背景は何があるのでしょうか?

鳥巣氏 : いくつかの要因が考えられますが、2020年の東京オリンピックによる景況感の上向きや、人工知能(AI)といった先進技術の発達などが挙げられます。また、政府の中小企業向け支援政策、外部環境としてのTPP、少子高齢化対策などもあるでしょう。

ただ、それ以上に大きな要因として「IoTの社外用途」というものが関係しているとIDCではみています。製造業であれば、工場の中でIoTを使って業務効率化を図る「社内用途」がメインですが、顧客のメリットや付加価値を最大化する「社外用途」が今後飛躍すると思われます。

1つの例として、General Electric(GE)がアクセンチュアと連携し、自社航空エンジンを含めた航空機全体のデータを「IoT」として収集/分析することで、単なる製造業からアフター業務まで含めたトータルでのサービス業にシフトしています。割合的には少ないと思いますが、このような社外用途こそが産業分野の拡大につながると見ており、IDCでは、IoTを利用した「デジタルトランスフォーメーション」と位置付けています。

GEのほかにも、ファナックやクボタが特徴的な事例として名前が挙がっています。ファナックの場合、シスコシステムズと提携して工場の機械のダウンタイムを最小化するサービスを提供しています。これまでは、ICTベンダーからサーバーやソフトウェアを仕入れ、業務効率化を図ってきましたが、これに加えて「エンドユーザーにも付加価値を提供する」というモデルです。

また、現在日本では市場が大きくないものの、今後大きくなると予想される分野の1つに「スマートグリッド」があります。電力の小売自由化が始まりましたが、スマートメーターで取得できる電気の利用に関するデータを、二次的に把握・利用できるようになるとチャンスが広がります。

例えば運輸業であれば、電気利用データから在宅時間を把握できるようになれば、再配達を減らし配達の最適化が図れます。また、医療であれば「高齢者の見守り」に役立てるなどのことが考えられ、新しいビジネスの創出につながります。

――一方で阻害要因はあるのでしょうか? 例えば法規制などは各国で議論がありますが

鳥巣氏 : これまでは存在していたものの、徐々に改善の方向にあると捉えています。例えば「電気用品安全法」。家庭で使われる電化製品の仕様や機能を規制する法律で、以前は「エアコンを遠隔からオフできるがオンはできない」といった法規制上の問題がありましたが、現在は解消されています。

政府は日本再興戦略として、国内のGDPを500兆円から600兆円に増やそうと取り組んでいます。IoTは、人工知能(AI)やロボティクスにならんでその原動力になるもので、IoTの普及を妨げるような政策や法規制は今度さまざまな産業分野で少しずつ変わっていかざるをえないと言えるでしょう。

法制度よりもむしろ、阻害という点では「データの取り扱い/二次的利用への過剰反応」が問題かもしれません。「自分にメリットとして返ってくるのであれば個人の情報を(利用範囲を明確にした上で)使っても良い」という人が多い欧米と比較すると、日本はやや過剰な部分が見え隠れします。

その傾向は企業も同じで、例えばGEの「Predix」をのようなIoTプラットフォームの利用に際して、データの所在を気にするケースがあるようです。肝心なポイントは、「データをGEに渡すことで、企業がどれほどのメリットを得られるか」であり、そこを評価・把握すべきです。

――インダストリアルIoTの話が出たところで、日本の現状を教えてください。

鳥巣氏 : 日本企業は、ITを使って新しいことをやる「ベストプラクティス」をあまり共有しない傾向にあるため、表面化していない事例が多数ありますが、やる気のある企業はすでに動いています。

ここで重要なトレンドは、「IoTプラットフォームの競争構造が今後変化する」ということです。Microsoftの「Azure IoT Suite」やIBMの「IBM Watson IoT Platform」、Amazon Web Servicesの「AWS IoT Platform」と、さまざまなベンダーがIoTプラットフォームを提供しています。

これらはどれも、IoT向けアプリケーション開発基盤としてのPaaS、エッジ側のデバイス接続性管理、ファームウェアアップデート、アナリティクス、人工知能アプリケーションなど、IoTに必要な汎用的な機能は全てカバーしています。今後、IoTソリューションを提供するベンダーは、IoTプラットフォームそのもの以外の部分に競争領域を移していくものと考えられます。

ではどこに移るのか。

私は、「データアグリゲーション」だと見ています。ここでのデータアグリゲーションとは「IoTとして生成されるSoE(System of Engagement)のデータだけでなく、人間が主体となって生成するSoR(System of Record)のデータも含めたさまざまな種類のデータを集約し、分析することで、新しい付加価値を生み出すこと」を指しており、そうした領域にIoTの競争構造が移ります。

なお、データアグリゲーションに向けた動きは、「ITベンダー主導」と「OT(Operational Technology)事業者主導」「IoTプラットフォーム間連携」の3つの軸で広がるとIDCではみています。