スティーブ・ジョブズ氏は、30年前に今の私達の困難を予測していた……(M.G. Siegler)。新型コロナウイルスの影響でテレワークを導入し、それをニューノーマルとして継続していくかどうかの議論が広がる中で、30年前のスティーブ・ジョブズ氏が「インターパーソナルコンピューティング」について語る動画がシェアされている。

年を追うごとにビジネス環境がどんどんスピーディになっていくのに比べて、私達は組織のヒエラルキー構造を急激に変化させられていません。週ごとに違う上司の下で働くような組織はありません。また、地理的に縛られた組織を迅速に変えていくこともできません。国中で社員を毎週移動させることは不可能であり、これはマネージメント以上に鈍重な問題です。でも、電子的な組織ならビジネス環境と同じように変化させられます。洗練されたネットワーク、そして素晴らしいユーザーインターフェイスと共にコンピュータをリンクさせることで、共通のタスクに取り組む人達のクラスターを、文字通り15分のセットアップで作成できるようになります。そして、この15人は地理的にどこにいても、そしてどのヒエラルキーに属していようとも極めて効率的に働けます。そうした組織は必要に応じて存続し、不要になったら消え去ります。電子的な方法なら極めて迅速に組織を再編成できることが分かってきています。これこそがビジネス環境の変化に対応していける唯一の組織です。

1990年というと、当時PCはLANポート内蔵ではなく、インターネットも最初の商用目的のインターネットサービスプロバイダーが登場し始めた頃に過ぎなかった。

そうしたコラボレーションモデルは高等教育では長い間存在していたと思いますが、それが商業界にも導入されようとしています。これはデスクトップコンピュータがもたらす3つめの大きな革命であり、人と人とのコミュニケーションやグループワークに革命をもたらします。私たちは、それを「インターパーソナルコンピューティング」と呼びます。

M.G.Siegler氏は、「当時はインターネットを使うどころか、それが何であるかをほとんどの人が知る前の時代だった。ネットワーク技術自体はジョブズ氏の高レベルなビジョンを可能にしていたが、彼がリモートワークや組織について話していたことの詳細が、今になってようやく完全に理解されてきた」と述べている。

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「インターパーソナルコンピューティング」はジョブズ氏がAppleを離れて設立したNeXTがコンピュータを売るためのマーケティング戦略の中で用いた言葉だった。同氏は退職する際にAppleと競合を避ける協定を結んでおり、NeXTで顧客層が異なるハイエンド市場の開拓に乗り出した。しかし、そこには市場シェアの8割を握るSun Microsystemsという巨人がいた。そこで科学者やエンジニアなど既存のハイエンドユーザーではなく、パソコンの登場によって、新たに高性能マシンに関心を持ち始めた人達、出版、医療、高等教育機関、金融、他の多くのデータベースから恩恵を得る業種といった新たなプロ市場をターゲットにした。その際に、潜在顧客をプロ市場向けのNeXTのマシンに誘導するために「インターパーソナルコンピューティング」という言葉を用いた。

マルチタスクが可能でワークステーションのような優れたネットワーク機能を備えている点で既存のパソコンを超えると説明しても、よほど技術に詳しくない限り、それで仕事がどのように変わるかイメージできない。人とマシンがインタラクトするのがパーソナルコンピューティングなら、マシンを介して人と人のインタラクションを実現するのがインターパーソナルコンピューティング。ビジネス環境のスピーディな変化に対応できる組織の可能性を説き、2年以内にインターパーソナルコンピューティングがコンピュータを購入する際に最優先されるようになると示した方が、製品の価値をイメージしやすく、潜在顧客の心に響く。

ジョブズ氏にマーケティングのアドバイスをしていたレジス・マッケンナ氏は「最良のマーケティングは教育である」と説いていた。実質的な価値の理解を広めることに成功すれば、自然と顧客の側からインターパーソナルコンピューティングについて尋ねてくるようになる。

NeXTの成否については両論ある。ハードウェアの売り上げは「悪くはない」といったところで、数年後にハードウェア事業から撤退、そしてAppleに統合された。そうした見方だと、NeXTは消えていったシリコンバレーメーカーの1つである。しかし、見方を変えると、革新的な存在だ。インターネットの一般普及が始まった時期にNeXTの優れた開発環境が提供された。ハードウェアからの撤退についても、1990年当時にジョブズ氏が語ったビジョンの実現には必ずしも特定のハードウェアが必要ではなく、ソフトウェアだけでも成立し得た。そしてAppleがNeXTを買収してOPENSTEPがOS Xのベースになり、OS Xから誕生したiPhone OSを搭載するiPhoneによってモバイル市場が開花した。

私達の多くは当時NeXTがターゲットにしていたプロ市場の顧客ではない。だが、プロ市場を超えて広く一般の人達がインターパーソナルコンピューティングに関わるようになったから、30年前にジョブズ氏が語った内容を今聞いてもフレッシュに感じられる。パーソナルコンピューティングからインターパーソナルコンピューティングへの本格的なシフトが広く一般に広がろうとしている。