Facebookが今年の秋に、カリフォルニア州マウンテンビューに大規模な新オフィスを設けるが、社員が無料で利用できるカフェテリアを提供することができない。ユーザー情報流用問題から株価下落、社内の引き締めムードが社食にまで影響……というわけではない。マウンテンビュー市が、社員の食事代の50%以上を継続的に負担することを禁じる制限を設けたためである。つまり、メンロパークにある本社キャンパスでFacebookが提供しているような無料カフェテリアをマウンテンビューでは提供できない。ただし、社員だけではなく、誰でも利用できる飲食店での費用は対象外になる。一般の人も利用できるカフェテリアを設けるか、または同市にあるレストランを社員が利用する場合は、社員の食事代を会社が全額負担できる。

  • Facebookが入る予定のThe Village at San Antonio Center

マウンテンビュー市の条例は、ローカルのビジネスを保護するために設けられた。街がテクノロジー企業の城下町のようになって活気づけば良いが、シリコンバレーのテクノロジー大手のキャンパスというと、無料で使える充実したカフェテリア、スポーツジム、病院、無料ランドリーやヘアサロン、シャトルバス等々、社員が自宅とキャンパスを往復するだけで暮らしていけるぐらい生活に必要なものが揃っている。そんな仕事とプライベートに集中できる快適な環境に惹かれてテクノロジー大手に就職する若者も少なくない。結果、数千人規模の社員が働くオフィスができても、街の商店街の盛り上がりは今一つなのだ。

それどころか、シリコンバレーの場合、所得の高いテクノロジー大手の社員によって地域の不動産価格が高騰し、それが店舗物件にも広がって、飲食店や小売店を苦しめている。先日、ウチが時々買っていたピザ屋が閉店して、店主がFacebookのカフェテリア担当に就職ということがあった。そんな閉店が珍しくない。Homebrew Computer Clubのたまり場だった「The Oasis Beer Garden」のような、シリコンバレーの歴史に貢献した店も閉店に追い込まれているほどなのだ。

細々と地元のためにやってきたビジネスの決断を責めることはできない。ただ、長く通っていた店が、地元の人たちの客足が遠のいたわけではないのに無くなってしまうというのは、住民にとって寂しいものである。その跡に大手チェーンの店が入ったりするとなおさらだ。

Googleが本社キャンパスを構えるマウンテンビュー市は、特に急激な変化に直面したが、これはマウンテンビュー市だけが抱えている問題ではない。サンフランシスコ市でも、企業の無料カフェテリアの制限が議会に提案された。テクノロジー企業のみを対象にした制限ではないが、同市に約40カ所ある社内無料カフェテリアのほとんどは、テクノロジー企業のカフェテリアである。

これが周りに何もない郊外のキャンパスなら、生活に必要な機能がキャンパス内に揃っていても何の問題もない。しかし、最近は若いエンジニアを集めるために、大企業であってもサンフランシスコのような大都市やその周辺にオフィスを設ける。都市の中に、さらに小さな街が独立したように存在すると軋轢が生じる。

十数年前、レストランビジネスで成功を収めたシェフが腕をふるう初期Googleの社食の噂が広まり、Googleの社食に招待してもらうことがちょっとブームになった。それからシリコンバレー企業のカフェテリアが人々の興味の対象になり、話題になるから食の充実ぶりが会社の好感度を左右するポイントにもなった。

そのGoogleが本社を置くマウンテンビューで今、キャンパス内のカフェテリアが非難されている。2015年2月に、Googleは現在の本社キャンパスの大規模な再開発計画を地元市議会に提出した。オフィスサイトを巨大な透明キャノピーで覆って、自然と融合させたデザインを採用。キャンパス内にはレストランや小売店などのスペースも用意する。それらとオフィスサイト、公共の自然公園などを歩行者・自転車用の道で結ぶことでマウンテンビュー市のコミュニティとの融合も図っている。

  • Googleの新キャンパス・プロジェクトに組み込まれたパブリックプラザ

マウンテンビュー市の現状を知らないと、新キャンパスの「地元コミュニティとの融合」にピンとこないと思う。この計画は、マウンテンビュー市で無料カフェテリアを制限する条例が市議会で承認された翌年に提出された。地域の人達が店を展開したり、Googleの社員と共に利用できるカフェテリアを設けることで、地域経済の発展に貢献でき、そして「50%未満」という制限を受けずに社員をサポートできる。

企業のキャンパスによって、住みやすかった周辺地域から商店街が消えたら、そこに拠点を置く意味が失われる。社員以外の人達がキャンパスに出入りするのはセキュリティ面で問題があるし、企業にとって負担になる。しかし、若いエンジニアが働きたいと思う都市部に魅力的なキャンパスは設けるには、地域コミュニティへの貢献が欠かせない。長い目で見たら、暮らしやすい街、魅力的な街づくりに貢献した企業に優れた人材が集まるようになるだろう。

Googleのプロジェクトは昨年3月にマウンテンビュー市の承認を受け、今年6月に起工式が行われた。未来的なデザインで話題になったApple Parkの時のような大きな注目は集めてはいない。でも、地域コミュニティとの融合を大きなポイントとしているGoogleのプロジェクトの方に、私はより未来のキャンパスの可能性を感じる。