朝日新聞社が主催する木村伊兵衛写真賞は、写真に関わるものなら誰でも知っている有名な賞である。歴史も長い。しかしそれだけに抱えている問題も少なくないという。「木村伊兵衛写真賞」の最終回は、伊兵衛賞の現状と今後の課題について。(文中敬称略)

日本の写真文化を支える中小出版社

木村伊兵衛写真賞を発表した今年の『アサヒカメラ』4月号の選評(「大手出版社の候補作はゼロ」)で、審査員の都築響一が指摘しているけど、今年の候補作品には大手出版社の写真集が1冊もなかったんだ。最近、とくに際だっていることだけど、大手は写真集を出版することが厳しくなっている。編集部が出版したくても、営業あたりでプレッシャーをかけられることが多いらしい。とくに伊兵衛賞を取るような若手の写真家に対してフォローをしていく体制は、大手出版社ではほとんど不可能になってきている。

その代わりに中小出版社が頑張っていて、ここ最近は毎年のように受賞しているね。とくに頑張っているのが、リトルモア青幻舎赤々舎蒼穹舎あたりだね。"少部数で質の高い写真集を作る"という出版形態を取っているんだけど、これら中小出版社の健闘が2000年以降非常に目立っている。去年の受賞作品である本城直季の『Small Planet』と梅佳代の『うめめ』もリトルモアから、今年は岡田敦の『I am』と志賀理江子の『CANARY』が赤々舎から、志賀理江子の『Lilly』はアートビートパブリッシャーズから出版されている。日本の写真文化は、中小出版社の頑張りだけで支えられているのが現状なんだ。

赤々舎は社長の姫野希美さんが青幻舎から独立して作った出版社で、独立した時は1人でやっていて、現在のスタッフは社長と社員の2人だけと聞いている。本当に小さい出版社が日本の写真文化を支えているということは、声を大にして言いたい。もう少し言わせてもらえば、部数が見込めない写真集が厳しいのはわかるけど、大手出版社もぜひ出版体制を作ってほしい。もちろん出版不況が続いているから難しいのはわかる。でも大手出版社にも志の高い出版人は絶対いるはず。これから先も赤々舎やリトルモアをはじめとする中小出版社が、若手写真家をフォローしていく体制が変わらず続いていくような気がするけど、大手ももう一度目を向けてもらえないだろうか。

経営状態が悪化して倒産に追い込まれる中小出版社を今まで何度も見てきているから、この状況をうまく乗り切って欲しいよ。中小出版社が常に足下に危うさを抱えていて、それにも関わらず頑張って写真集を出し続けているのは、もう経営者や編集者やデザイナーの心意気というしかない。それを応援したいし、日本の写真文化を支えるためにも、みんなにはもっと写真集を買ってほしいと思う。こういった写真集は自分から本屋に足を運んで探していくしかないわけだけど、自分が買った写真集が伊兵衛賞に選ばれたら、自分の眼が正しかったというわけだから、これは嬉しいことだよね。

第33回木村伊兵衛写真賞 岡田敦 『I am』 赤々舎

第33回木村伊兵衛写真賞 志賀理江子 『CANARY』 赤々舎

第33回木村伊兵衛写真賞 志賀理江子 『Lilly』 アートビートパブリッシャーズ

木村伊兵衛賞の選考方法

現在の木村伊兵衛写真賞の候補作品はノミネート方式で選ばれていく。僕を含めた何人かのノミネーターがいて、『アサヒカメラ』編集部に推薦するんだ。その中から最終候補者が選ばれて審査員が審査し、1人か2人、多いときには3人の受賞者が選ばれる。

木村伊兵衛写真賞の第1回の審査員は写真評論家の伊奈信夫、渡辺勉、作家の五木寛之、写真家の篠山紀信という、錚々たるメンバーだった。伊奈信夫は、僕の二代くらい上の戦前から活動している写真評論家で、木村伊兵衛の盟友だった人。初期の日本工房にも木村伊兵衛と一緒に参加している。戦前から木村の写真について書いていて、木村を世に出したうちの1人といってもいい。渡辺勉はたたき上げの写真評論家で、このメンバーでは一番写真展を見ているだろうね。それにベストセラー小説家の五木寛之、当時若手ナンバーワンの篠山紀信を加えてバランスを取ったのだと思う。

ここ数年の審査員は、篠山紀信、土田ヒロミ、都築響一、藤原新也という4人の写真家にアサヒカメラ編集長を加えた体制で続いている。この4人の写真家は、非常に柔軟な思考力と、幅の広い物の見方を持っているからバランスが良いと思うね。木村伊兵衛写真賞の審査員については、途中から僕のような写真評論家を入れないという内部規定ができたらしい。評論の分野は難しいところがあって、どうしても自分の関係者や、親しい人に情が入ってしまうことがあるからね。芥川賞も文芸評論家を入れないで選考するという規定がある。伊兵衛賞も初めのころは五木寛之や安部公房のような小説家も審査していたけど、写真以外の分野の人が純粋な写真表現を評価するのは難しいだろう。そういうこともあって、ベテランから中堅の写真家が今まで自分が制作してきたことを踏まえて、若手の写真家を審査するという方法が定着したんだ。

しかし、現在は賞の選び方に極端な問題は出ていないと思うけど、長年同じ審査員が続くとマンネリになる可能性が高いから、うまく新陳代謝を図っていくことが必要かもしれない。たとえば3年とか5年とか任期を決めてもいいんじゃないかと僕は思うね。

第31回木村伊兵衛写真賞 鷹野降大 『IN MY ROOM』 青蒼穹舎

第32回木村伊兵衛写真賞 本城直季 『Small Planet』 リトルモア

第32回木村伊兵衛写真賞 梅佳代 『うめめ』 リトルモア

木村伊兵衛写真賞の今後の課題

木村伊兵衛写真賞は、ノミネートから、審査方法や審査員など、改善すべきところはまだまだあると思う。賞金にしても100万円だけど、同時受賞だと分けなきゃいけないでしょう? それはちょっと可愛そうだよ。賞金の理想をいえば、賞ひとつとれば一年間ぐらい余裕で生活できるくらいの高額賞金にしてもいいと思う。100万円だと、制作をしながらの生活費にしたら2~3カ月持たないよ。海外などに制作旅行に行ったらあっという間に終わっちゃう。また受賞の発表時期も、受賞者が決定してから発表までに時間がかかりすぎる。へんな憶測を呼ぶから、一週間以内に発表したほうが良いと思うね。

受賞作品は川崎市民ミュージアムに収集されているけど、木村伊兵衛写真賞のように長い伝統を持ってくると、それだけのための記念館が建設されてもいいよね。朝日新聞社は土門拳記念館のように木村伊兵衛の記念館も作るべきだと思うよ。これは長年言われ続けている課題なんだけど、まだ実現してない。

木村伊兵衛写真賞は伝統のある賞なんだから、もっと一般の人にアピールしてほしいと思う。アピールの仕方も『アサヒカメラ』誌や新聞発表以外にも盛り上げる工夫の余地があるんじゃないかな。写真美術館は一時に比べて入場者数が4~5倍に増えているから、写真を見ることについて人々は消極的ではないなずなんだ。だからアピールの仕方次第で木村伊兵衛写真賞はもっと注目されると思うし、写真文化を大いに盛り上げる役割を担って欲しい。伊兵衛賞をどのように発展させていくかは朝日新聞社だけじゃなくて、写真界全体で考えなくてはいけない問題じゃないかな。

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程 修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)