• 落札記

電子計算機以前の「計算器」に「凝って」いる。とはいえ、インターネットで資料を見ても理解できないことも少なくない。このため、計算尺とタイガー計算器をオークションで入手した。

計算機には、大きく「アナログ」と「デジタル」の2つの方式がある。アナログ方式は、数値を電圧や長さ、角度などの物理量を使って表現して計算を行う。これに対してデジタル方式は、数値を直接計算する。

これは、機械式でも電子式でも同じ(このほかにリレー計算器のような「電気機械式」という分類もある)。ただ、現在コンピュータと呼ばれているものは、「電子式デジタル計算機」である。かつては「電子式アナログ計算機」も国内メーカーが開発、販売していたが、いまでは、電子式デジタル計算機のみが残った。

デジタル方式は、現在の電子計算機と同じものなので、理解は難しくないだろう。これに対してアナログ計算機は、少し理解が難しい。たとえば、数値を長さ、具体的には物差しの目盛りに対応させることを考える。2つの物差しを使い、片方の5センチの目盛りにもう一方の0センチを当て、3センチのところにあるもう一方の目盛りを読めば8センチとなる。これが長さを使った5+3=8という計算になる。実用としては、かけ算割り算が行える必要があるが、これには、対数を使う。乗算に対して対数を取れば、対数の足し算として計算ができる。数式にすれば「log(3×5)=log(3)+log(5)」である。対数目盛りの物差しを使えば、かけ算を足し算として行うことができる。同様に割り算を引き算で行える。これが、アナログ計算である。

電子式アナログコンピュータでは、数値を電圧や電流に対応させ、デジタルコンピュータでいうプログラムを電子回路として表現した。このときに使われた回路に「オペアンプ」がある。オペアンプが考案されたときには、まだトランジスタは発明されておらず、もちろんICもなく、真空管の回路として作られた。しかし、オペアンプの原理は今でも有用で、さまざまなICが作られている。

機械式のデジタル計算機は、歯車を組み合わせ、1種の「カウンタ」を使って計算を行う。かけ算は加算の繰り返し、割り算は引き算の繰り返しで行うが、手数を少なくするための方法が用意されている。

機械式計算機は、「手回し計算機」とも呼ばれ、ドラマなどでハンドルをぐるぐる回して計算している場面を見たことがあるかもしれない。単純に考えるとカウンタを使えば、加算減算ができる。ただし、大きな数を扱うと計算に時間がかかりそうだ。

しかし、実際には、機械式計算機である「タイガー計算器」では、どんな大きな数もハンドル一回転で加算することができる。計算機の結果表示は、桁ごとに加減算(正負の方向に回転)が可能で、回転時に0を通過するときに繰り上がり、繰り下がりを行える。数値表示を見ていると、最上位、最下位の両方向から回転による加減算を行い、繰り上がりを処理していくようだ(写真01)。

  • 写真01: 結果表示は、10進数カウンタなので、繰り上がりを上位桁に反映させることができる。これと並行して上位桁から加算を行い、下位桁からの繰り上がりを処理していく

    写真01: 結果表示は、10進数カウンタなので、繰り上がりを上位桁に反映させることができる。これと並行して上位桁から加算を行い、下位桁からの繰り上がりを処理していく

デジタル回路を使った加算では、加算とは別に加数と非加数のパターンを調べて、繰り上がりを加算と同時に処理する。加算してから繰り上がり処理を行うと、下の桁から順次計算しなければならず、処理に時間がかかってしまう。このための回路を「キャリー・ルックアヘッド」という。

タイガー計算器は、各桁の加算が並行的に行われるようにして、どんな大きな加数であってもハンドルの一回転で加算が終了するようになっている。これは、実際に動かしてみないと分からなかった。

もう1つ、タイガー計算器では、加算する位置を変えることで、乗算などを短時間で行うことができる。たとえば、100という数字は、どんな数に何回加算しても、下2桁を変えることはない。機械式計算機では、乗算は加算の繰り返しとなるが、10以上の乗数を使う場合には、結果を保持するカウンタの加算位置を右にずらして行う。この桁をずらす機構を「キャリッジ」と呼ぶ。キャリッジには、被乗数など結果を保持するカウンタ(右)と、ハンドルの回転数(乗数などに対応)を保持するカウンタ(左)の2つがあり、両方を同時に動かすことができる。たとえば、200を乗じる場合、キャリッジを右に2つずらし、ハンドルを2回転させれば、200倍した数値の加算が行える。このほかにも、9倍は、10倍して1戻すといった手法などがあり、手数を減らすことができる。機構は別として、計算が人間が行う筆算に似ているため、理解もそれほど難しくない。

今回のタイトルネタは、「タイガー=虎」からの連想で中島敦の「山月記」である。詩人として名を上げられず虎になってしまった李徴は、襲おうとしたのが友人であることに気付き、自らの運命を語る。筆者は、ここに恐怖を感じる。友人でなければ李徴は襲っていたのだ。知り合いに対しては「いい人」なのに、見ず知らずの他人には非人間的な振る舞いをする、そういう歴史は枚挙にいとまがない。李徴の悲哀がテーマのように感じるが人間の非人間的なところを指摘しているのではないかと筆者は邪推している。