• 逃走、テレメトリ

Windowsには、以前からテレメトリと呼ばれる機能がある。これは、ユーザーがWindowsをどのように使ったかの情報をマイクロソフトに送信するものだ。マイクロソフトの言によれば、ユーザーが特定されることはなく、エラーや動作環境(ハードウェアなど)に関する情報、Windows Updateの状態などに限られるという。

テレメトリによるPCからの情報収集に関して、どう感じるかは人によりいろいろあるが、気になる人も世の中には少なくない。それが理由なのかどうかは分からないが、最近では、テレメトリといわずに「診断データ」という表現になっている。診断データ(diagnostic data)とは、PCから収集されるデータのことである。

テレメトリは、Windows Vistaの頃に導入された。当時の名称は「Customer Experience Improvement Program」であり、使われていたプロトコルは「Software Quality Metrics (SQM) Client-to-Service Version 1 Protocol」である。そのドキュメントには、対象製品としてWindows Vistaが挙げられている。

また、Windows 7の開発についてのブログ記事「Welcome to Engineering Windows 7」には、以下のような記述があり、Vistaのテレメトリから得た情報をWindows 7の仕様策定に利用していたことがわかる。

原文:We also continue our broad consumer learning through telemetry (Customer Experience Improvement Program), usability studies, and more.
訳:また、テレメトリ (カスタマー エクスペリエンス向上プログラム) やユーザビリティ調査などを通じて、幅広い消費者学習を継続しています。

Microsoftの技術的な文書にはテレメトリという用語がそのまま使われるが、実際の製品などでは「Customer Experience Improvement Program」や、前述の「診断データ」のような表現になっていた。おそらくマーケッティング側で、プライバシー侵害と受け取られることを避けたいという気持ちがあったのであろう。実際、ビル・ゲイツやスティーブ・バルマーがCEOだった2014年あたりまで、Microsoftの評判はあまりよくなかった。IT業界の「悪役」的なポジションにあった。

もっとも、その後の評判がどうなのかについては分からない。少なくとも現在のCEOになり、オープンソースソフトウェアやLinuxを敵視することはなくなった。しかし、過去のことを覚えているユーザーも少なくない。

マイクロソフトは、このテレメトリをWindows Updateでのエラー検出などにも利用している。Windows Updateでエラーが発生すると、テレメトリを介して、Microsoftに通知が行われる。テレメトリから影響を受けるデバイスを特定、対象デバイスへのアップデート配布を停止する「Safeguard Holds」という機能が働く。エラーを検出してから配布を停止するので完璧な仕組みではないが、多くのユーザーに致命的な結果がもたらされることを防ぐことができる。闇雲に診断データを集めている、というわけでもない。

Microsoftは、テレメトリから得た情報をWindows開発時のデータとしても使う。データは事実であっても、人間は、そこに見たい物を見てしまう。たとえば、Windows 8.0でスタートボタンが廃止されたが、Microsoftによれば、その根拠はテレメトリにあったという。Windows 7でタスクバーにプログラムアイコンをピン留めすることが可能になった。その結果、ユーザーがピン留めアイコンからプログラムを起動する頻度が高くなり、スタートメニューにアプリを登録して起動する頻度が低くなった。Windows 8の開発チームは、これを根拠にスタートボタンを廃止し、起動時にスタート画面が表示されるようにした。これは、当時急速に普及していたスマートフォンと同じで、タブレットやスマートフォン(Windows Phone)も想定したものだったようだ。

しかし、これは完全な誤算で、ユーザーは、これまで通り、起動するとデスクトップが表示され、デスクトップ全体を覆わないスタートメニューを望んだ。1つには、デスクトップにプログラムやファイルアイコンを置いているユーザーが少なくなかった。ユーザーはタスクバーから自分が登録したプログラムを素早く起動したかったため、起動直後にデスクトップやタスクバーがすぐに表示されることを望んだからだ。不評を解決するいくつかの対策が行われたのち、結果的にはWindows 8.1でスタートボタンが復活した。のちのWindows 10では、Windows 7と同じく、起動するとデスクトップが表示されスタートボタン/スタートメニューが復活した。

さて、このテレメトリだが、通常版(プレビュー版でない)Windows 11 Ver.23H2を使っているなら「設定 ⇒ プライバシーとセキュリティ ⇒ 診断とフィードバック」(写真01)で「一部」を無効にできる。無効にできるのは、オプションの拡張データやユーザー入力(手書き、タイプ)の診断データの送信程度で、ここからは「必須の診断データ」をオフにすることはできない。また、プレビュー版Windowsの場合、「オプションの診断データ」の送信をオフにすることができない。「必須」や「オプション」の診断データに関しては、Microsoftのサポートページに記述がある。

  • 写真01: 設定 ⇒ プライバシーとセキュリティ ⇒ 診断とフィードバックで、オプションの診断データの送信を禁止することができる

グループポリシーエディタを使うと、「コンピュータの構成 ⇒ 管理用テンプレート ⇒ Windowsコンポーネント ⇒ データの収集とプレビュービルド ⇒ 診断データを許可する」(写真02)でテレメトリを無効にすることができる。

  • 写真02: グループポリシーエディタを使うと、「診断データを許可する」という項目でテレメトリを制御することが可能。ただしWindows 11 Homeエディションでは利用できない

残念ながら、この方法は、グループポリシーエディタのないHomeエディションでは使えない。Windowsのサービスで関係しそうなものは、diagtrackというサービス。以下のコマンドで情報を得ることができる。


Get-Service diagtrack | fl *

サービスなので、止めることは可能である。GUIのサービスでは、“Connected User Experiences and Telemetry”という名前である(写真03)。

  • 写真03: サービスとしては、Connected User Experiences and Telemetryがみつかる。解説によれば、診断とフィードバックに関連して使用状況情報の収集と送信を管理するとある

このほかに、Telemetryと名が付くものとして、タスクスケジューラーに登録されているMicrosoft Compatibility Appraiserがある(Microsoft Compatibility Telemetryと呼ばれるプロセスが動く)。こちらは、「タスクスケジューラーライブラリ ⇒ Microsoft ⇒ Application Experience」にある(写真04)。こちらも無効にすることは可能だ。ただし、どちらもWindows Updateで元に戻される可能性がある。

  • 写真04: タスクスケジューラのタスクスケジューラライブラリ ⇒ Microsoft ⇒ Windows ⇒ Application ExperienceにMicrosoft Compatibility Appraiserがあり、説明によればMicrosoft カスタマーエクペリエンス向上プログラムに関係しているとある

筆者は、たいしたプライバシーではないのと、仕事柄、Windowsの挙動が変わると問題なので、設定で「オプションの診断データ」などをすべてオフにするに止めている。また、ブラウザの閲覧履歴(標準でGoogleやMicrosoftに送信される)などは、ブラウザーごとに別途設定する必要がある。

今回のタイトルネタは、マーサ・ウェルズ(Martha Wells)の「逃亡テレメトリ」(創元SF文庫。原題FUGITIVE TELEMETRY)である。すでに国内でも翻訳本が4冊になった「マーダーボット・ダイアリー」シリーズの一冊。特徴的な翻訳でもあったので、Kindleで同シリーズの原書のサンプル(買ってない!)を見てみたが、一人称代名詞は“I”だった。