パナソニックホールディングス 技術部門の取り組みのひとつに、「ひとの理解」がある。

センシングとアクチュエーションを通じて、一人ひとりの状態を理解し、より良い状態へと導く技術と位置づけており、仕事におけるウェルビーイングの向上、健康寿命の延伸などにつなげることができるという。

パナソニックホールディングス 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センター ヒューマンテックソリューション部長の大林敬一郎氏は、「パナソニックグループは、創業時から、便利、安全、使いやすさといった人間工学に基づいて、技術と商品を磨いてきた。その後、快適さや感動といった感性工学、健やかさや美しさといった生体科学を加えて、くらしと人に寄り添い、ウェルビーイングを高めてきた」としながら、「ひとの理解は、リアルな空間で、センシングを行い、データを取得し、人のメカニズムに基づき、人のモデルを構築。心身状態や、人の特性や関係性など、その人、その場所、そのときに応じて、五感に働きかけを行うアクチュエーションによって、一人ひとりを、より良い状態にすることができる技術である」と定義。最大公約数ではなく、一人ひとりに寄り添う技術であることも強調する。

  • パナソニックホールディングス 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センター ヒューマンテックソリューション部長の大林敬一郎氏

    パナソニックホールディングス 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センター ヒューマンテックソリューション部長の大林敬一郎氏

  • 「パナソニックグループは、創業時から、便利、安全、使いやすさといった人間工学に基づいて、技術と商品を磨いてきた」

「ひとの理解」のための「センシング」技術

重要な技術のひとつが「センシング」である。

ここでは、身体の動きや心拍、呼吸など、多種多様な特徴量と、心理アンケートをもとに、心と身体の状態を見える化することができる技術を開発。快適や不快といった気分や、リラックスや興奮などの覚醒度をもとに、人の状況を理解できるという。

  • 「ひと」の心身の状態を見える化

たとえば、ストレスについては、、身体的なストレスと、精神的なストレス、社会的ストレスの違いを、心拍変化だけで、75%の精度で判別することが可能だという。

同社が設置している心理実験室では、京都大学の監修のもと、温度や湿度、照明、音などの室内環境が統制された状態で、反応を観測し、人の心と身体の状態を見える化することができたという。

「心拍リズムの揺らぎの違いによって、ストレスの種別が違うことが発見できた。目に見えないストレスを、目に見える身体の反応から理解できるようになった」とする。

また、瞑想状態のスコア化にも成功したという。

瞑想を行うための部屋を設置し、ミストやカラー照明、ハイレゾ音響、気流、香りで、五感を刺激して、瞑想しやすい状態に誘導。心電・加速度計を使用し、瞑想熟練者から、初心者までの瞑想時の心拍、呼吸、身体の動きを分析して、スコア化することで、初心者でも瞑想に親しめる提案が行えるという。

  • 瞑想状態のスコア化

さらに、集中状態のスコア化にも取り組んでいる。簡単な質問に対する回答をもとに、全時間に占める集中時間を定量化し、温度や照明、音環境の違いを捉えながら、眠気などの集中状態への影響を見える化したという。これにより、集中力やリラックス度といった状態を客観的に把握できるという。

「ひとの理解」のための「アクチュエーション」技術

もうひとつの重要な技術が「アクチュエーション」である。

パナソニックグループが持つ音響、照明、映像、空間、空質といった、人に働きかける技術を活用し、これを適切に融合させることで、聴覚、視覚、温冷感、嗅覚、触覚といった人の五感に働きかけて、人がよりリラックスできたり、作業に没頭したりといったことを支援しているという。

  • 五感への働きかけで、一人ひとりをより良い状態へ

たとえば、聴覚という観点では、3つの技術を示してみせる。

ひとつめが、バイオフィリック・ハイレゾサウンドである。「大自然に満ちる心地よいサウンドを、都市空間に再現する技術」としており、「自然につながりたいという人が生まれつき持っている要求を、音環境によって満たすことができる。自然に包まれることで、リラックスしたり、癒しの効果を高めたり、過度な緊張を和らげたり、集中状態を持続できる」という。

自然の状況を再現するために、音の到来方法や響きなどを均一化することで、リラックス感が優位に増加することに着目し、音に包まれている状況を実現。また、大自然では多様な周波数成分が含まれていることから、それに則って、20~96kHzの広帯域音源を再生することでリラックス状態を維持。実験では、脳波のα波が29%増加したという。

  • バイオフィリック・ハイレゾサウンドは「大自然に満ちる心地よいサウンドを、都市空間に再現する技術」

さらに、心地よく作業に集中したり、仕事を休憩したりといった目的にあわせて、音の種類と音量を組み合わせるほか、視覚効果とも組み合わせることで、より高い効果を創出できることもわかったという。

「無響音室を使用した実験の結果、主観調査では、アイデアの出しやすさは45%増加、集中のしやすさは27%増加、モチベーションは25%増加したという」

  • アイデアの出しやすさは45%増加、集中のしやすさは27%増加、モチベーションは25%増加した

2つめは、音響アクチュエーションである。心地よい音環境をデザインするもので、音環境シミュレーション技術により、スピーカーの選択や配置、内装材の選定を含めてニーズにあった音環境づくりを支援。エリア再生技術では、必要な範囲にだけ音を届け、右側は英語、左側は日本語といった多言語での音再生なども可能にするという。また、アクティブ騒音低減技術では、逆位相の音によって、不要な音を消して快適な空間を実現できるとしている。

  • 音響アクチュエーション。不要な音を消して快適な空間を実現

3つめが、効能サウンドである。聴こえない音を活用することで、心と身体を健やかにする技術で、20kHz以上の非可聴音が人体や心理状態に与え、リラックス効果やストレス低減、免疫力向上などの効果(ハイパーソニック効果)があることに着目。テクニクスで培ったリアルタイムリマスタ技術により、ユーザーが選択した任意の曲を、リアルタイムで効能サウンドに変換して聴くことができるようにしたという。同社の実験によると、認知タスクテストを実施している際に、ストレス感が6.5ポイント改善したという。

  • 効能サウンド。聴こえない音を活用し心身を健やかに

「ひとの理解」技術の実証実験、実施施設を公開

こうした各種技術を活用して、パナソニックホールディングスでは、いくつかの実証実験を行っている。実際に実験を行っている施設が、大阪府門真市の同社敷地内に設置されており、その様子を公開した。

睡眠および覚醒の検証では、遮蔽できるブース型の睡眠空間を用意。光や音、風、香りによる睡眠制御により、鎮静や起床を促し、効率的な疲労回復につなげるという。

想定しているのは、看護師や消防士、警察官など、定置で働くシフトワーカーや、トラック運転手やパイロットなど、移動しながら働くシフトワーカーで、2~6時間の仮眠などに活用するシーンで、個人ごとに適した環境を実現することを目指しているという。

「個人によって、真っ暗にした方が寝やすいという人がいれば、明るい方がいいという人もいる。また、同じ個人でも、直前までの働き方の様子によって、入眠しやすい環境が異なる。個人ごとに適した環境を用意するという点で試行錯誤している」という。

約1年前から、複数の病院に設置して、約60人の看護師を対象にした実験を行っており、生体センシングにより、脳波、心拍、呼吸、皮膚温度などのデータを収集するともに、アンケートにより、主観評価や個人特性などの効果を測定。入眠、睡眠、起床といった状況を把握している。

光や音などによる介入モデルにより、睡眠誘導の質などについて検証しており、入眠時には、光ではまぶたを閉じたようなほのかなあかりにしたり、落ち着く環境音を流したり、香りを届ける微風を吹かせたりといったことを行い、起床フェーズでは、朝陽のようなあかりで徐々に明るくしたり、起床を促すサウンドや、すっきりした香りを漂わせたりといったことを行う。

  • 睡眠空間の実験設備

  • 寝ている際には「SLEEPING」の文字が光っている

  • 睡眠スペースの様子

  • タイミングにあわせて、風や香りが室内に流れる

  • 心拍を図るセンサー。睡眠中のデータを収集する

また、睡眠空間の成果を、移動空間に拡張した実験では、ワンボックスカーの後部座席をカスタマイズし、光や音、振動、香りによって、移動時間を有効活用できるようにする 「WELL Cabin」の取り組みを公開した。

想定しているのは、社用車を利用しているビジネスエグゼクティブで、後部座席に、55型の透過型ディスプレイ、カラー照明、電動遮光カーテン、ハイレゾ音響、香りを活用して、心地いい仮眠や、ストレスのない覚醒へ誘導し、移動中に心身をリフレッシュすることができる。

次の目的地まで、約30分間の移動時間がある場合に、最初の3分間を「リラックス」フェーズとし、カーテンが自動的に閉まり、前方が見えていた透過型ディスプレイに映像を表示。照明や音、香りとも組み合わせることで、リラックスに適した環境を提供する。また、次の20分間は「スリープ」フェーズとし、湖畔の静かな波をイメージした抽象的な映像と、波や水の音で、短い睡眠時間を快適にする。残りの3分間は、「アウェイク」フェーズとして、生命感がある森の映像とともに、リズミカルなBGMや少しにぎやかな小鳥の鳴き声によって起床を促し、さらに、シートが振動して、カーテンが開く。これにより、短時間で頭をすっきりさせることができるという。 早ければ2026年度にも実用化する予定だ。

  • ワンボックスカーの後部座席をカスタマイズし、移動時間を有意義に過ごせるようにしている

  • 運転席との間は55型の透過型ディスプレイで仕切られている

  • 仕事環境にすることもできるなど、様々なモードを用意している

  • 室内にはアロマディフューザーを設置している

さらに、執務空間での実験も行っている。

ソロワークを行うクローズ空間では、映像、光、音、気流、香り、ミストによる五感への刺激により、ナレッジワーカーの作業時の集中力や創造性を向上させることができる。 正面と左右の3面に大型モニターを設置するとともに、カラー照明、ハイレゾ音響などを用意。タスクに没頭できるように五感を刺激するという。

誘導したい情動ごとにコンテンツを準備しており、集中したいときには、人工的で規則的な映像を使用し、創造性を高めたいときには没入感のある自然映像を使用するという。また、リラックスさせる場合には、木漏れ日や水中波紋などの曲線やゆらぎのある映像を使用。そこに照明、音響、香りなどを組み合わせる。

実験では、脳波や脳血流、呼吸などのほか、座圧センサーや全方位カメラ、表情カメラ、マイクなどを設置してデータを収集しているという。

  • ソロワークを行うクローズ空間の実験施設

  • 部屋に入ると、まずは滝のような映像とミストによってリラックスできる

  • オープニング映像で鎮静から覚醒へと誘導する

  • 深呼吸を促すモードもある

  • さらに自然環境の映像によって創造性を向上させる状態に誘導する

  • 設定したプログラムを動かしたり、メニューからも調整できたりする

  • 天井には照明やスピーカー、カメラなどが設置されている

オープン空間では、光、音、気流による作業環境の制御で、オフィス環境の向上、社員同士の交流促進、生産性や創造性の向上を図るという。

自然音や植栽、照明、気流、アロマなどを組み合わせて、視覚、聴覚、触覚、嗅覚から、交流や集中といったシーンを演出。さらに、音に包まれる空間と、広帯域音源、目的にあわせて音量や音源の選択によって、リラックス感を高めることもできるという。

執務空間のすべてを環境センサーによってモニタリングし、空調などを管理しているほか、バイオフィリック・ハイレゾサウンドを導入して、季節や天候、時間帯に応じた音を流し、さらに、個別の席での気流や照明制御、交流スペースの状況の可視化、カメラや高精度ビーコンやスマートウオッチによって、社員の位置情報把握などが可能になる。

「クローズ空間とは異なり、オープン空間では、社員同士のコミュニケーションを促すという点も重要な要素になる。五感を刺激することで、コミュニケーションを活性化することにも取り組んでいる」という。

  • オープン空間での執務エリアの様子

  • 集中モードの照明の様子

  • リラックスモードの照明の様子

  • 社員同士がコミュニケーションを行えるエリア

  • スピーカーやカメラなどを設置している

  • 植栽もリラックス感を高めることにつながっている

  • 社内のモニターにも自然の映像を使用している

パナソニックホールディングスの大林氏は、「パナソニックグループは、様々な領域で事業を展開している。開発した技術を共通化し、幅広いお客様、空間、事業に横断展開したり、各事業領域向けに特化したソリューションとして提案したりといったことを考えている。これまでは装置寄りの技術開発が中心であったが、ヒューマンテックソリューション部をはじめ、技術部門ではソリューションの名称をつけた部門がほかにもある。ソリューションの観点からも研究開発を進めていく」とし、「ひとの理解の研究開発を通じて、一人ひとりの状態を理解することで、個人が社会のなかで、自分らしい選択や活躍、充足ができるように支援していく」と述べた。

  • 開発した技術を共通化し、幅広い顧客、空間、事業に横断展開へ

  • 「ひとの理解」技術が提供する価値のイメージ