ヤンマーホールディングスは、2025年4月1日付で、新会社「ヤンマーブランドアセットデザイン」を設立した。社長に就任したのは、ヤンマーホールディングス 取締役CBO (チーフブランディングオフィサー)を務めていた長屋明浩氏。新会社は、ヤンマーのブランドデザインのノウハウを活用したコンサルティング事業や、ブランドコンテンツアセットの創出、IPを活用した新たなビジネスに取り組むことになる。ヤンマーブランドアセットデザインの長屋社長に、ヤンマーのブランドアセット戦略などについて聞いた。
予想もしていなかった出来事への「バタフライエフェクト」
ヤンマーホールディングスが2025年4月1日に設立したヤンマーブランドアセットデザインは、同社グループが持つコンテンツを活用し、グッズや玩具などにも展開し、IPとしての価値を高めるとともに、創出したアセットを活用して、ヤンマーが目指す「わくわくできる心豊かな体験に満ちた社会」の実現に向けた様々な取り組みに展開してことになる。
ここでいうコンテンツとは、1959年の誕生以来、同社を代表するマスコットキャラクターとして愛されている「ヤン坊マー坊」や、2025年4月から地上波で放送を開始したヤンマーオリジナルアニメ『未ル わたしのみらい』のほか、トラクターなどの農業機械や建設機械など、世界中で活躍するヤンマー製品も、コンテンツのひとつに位置づけている。
ヤンマーブランドアセットデザインの長屋明浩社長は、「新しい時代のブランディングにチャレンジしていく。こうした取り組みにより、非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる『バタフライエフェクト』になることを目指していく」と語る。
ヤンマーブランドアセットデザインでは、「グループ内外へのブランドコンサルティングおよびデザインコンサルティング」、「ヤンマープロダクトやキャラクターなどのブランドコンテンツアセットの活用、開発」、「ヤン坊マー坊、未ルなどのキャラクターグッズ、トラクター・建機などのプロダクトグッズの企画」を事業内容に掲げる。これまでヤンマーグループで取り組んできたブランドアセットの創出活動を引き継ぎ、これを事業化することになる。
たとえば、ヤンマーは沢の鶴との協業では、新たな酒米づくりから、独自の日本酒を作り上げることに取り組んできしたが、ボトルデザインなどをヤンマーのデザイン部門が担当し、グッドデザイン賞を受賞。こうした実績をもとに、グループ内外へのブランドコンサルティングおよびデザインコンサルティング事業を推進することになる。
あのヤンマーが? 注目を集めるアニメプロジェクト
こうしたなかでも注目を集めている取り組みが、アニメプロジェクト「未ル わたしのみらい」である。
「未来は、自分たちの手でつくれる」という想いを込めたオリジナルアニメ作品であり、PR用に製作したアニメではなく、メーカーが商業アニメとして挑戦するという点がユニークだ。
2023年8月に、米ロサンゼルスで開催されたアニメエキスポに出展して、大きな話題となり、2025年4月2日からは、オリジナルTVアニメ「未ル わたしのみらい」が、MBS、TOKYO MXで放送を開始。TVerなどでの配信も行われる。
「未ル わたしのみらい」では、主人公が現状を変えるべく葛藤し、ロボットと関わりながら成長し、未来を変えていく姿を描くという。アニメのなかで描かれる一人ひとりの挑戦は、ヤンマーが掲げる「HANASAKA(ハナサカ)」の姿勢に通じるとともに、ブランドステートメントである「A SUSTAINABLE FUTURE」の実現にもつながるという。
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「未ル わたしのみらい」に登場するロボット「MIRU(ミル)」の初期デザインモデルのスタチュー。高さおよそ3.4メートル、幅およそ5メートル、奥行き3.6メートルの巨大スタチューで、米ロサンゼルスで開催されたアニメエキスポでも展示され注目を集めた
長屋社長は、「日本の産業のなかで、大きく成長しているのがアニメである。ヤンマーのブランド認知を高めていく上で、この勢いを活用したいと考えた」とし、「アニメのストーリーを通じて、一人ひとりが未来を創る存在であることを強く思い、より良い未来に向け一歩踏み出す気持ちを後押しすることで、持続可能な社会の実現に向けた共感の輪を広げていきたい。そうした想いを込めている」と語る。
長屋社長は、CBO (チーフブランディングオフィサー)のときから、アニメをブランディング戦略の「一等地」に置いてきた。
「アニメは、日本を象徴する成長産業というだけでなく、発信したいメッセージを、グローバルに嫌味なく拡大でき、高効率で、安全な手段ともいえる。また、投資の見返りが期待できる可能性もある。新会社では、この取り組みに専念することができる」と語る。 新会社の信条は、ヤンマーグループの目指すビジョンである「わくわく出来る心豊かな体験に満ちた社会の実現」としている。
長屋社長は、「機械を提供していく役割は当面なくならず、まだまだモノや物理的な価値は重視される。だが、これをヤンマーの生存基盤と考えた場合、イマジネーションが無いと、その未来は作れない。アニメは創造物であり、未来を構築していくこともできる。シミュレートしつつ、現実の未来を提案し、未来の景色を提案していくことは、ヤンマーの方向性を示唆するのと、同次元のことであると考えている」とし、「アニメを通じて、世の中が平和で豊かになるような啓蒙や方向性を示唆することは人類にとって、ますます不可欠な取り組みになるだろう。ヤンマーが提供するアニメが、世界の人々が、豊かな未来をどうすべきかということを考えるきっかけづくりになればいい。バタフライエフェクトにつながることを期待している」と語る。
ヤン坊マー坊が「知られていない」とは?
ヤンマーには、もともと強いキャラクターがある。
それは、ヤン坊マー坊である。このキャラクターも、長屋社長率いる新会社で活用していくことになる。
昭和世代は、子供の頃から、「ヤン坊マー坊 天気予報」で育ち、この世代へのヤンマーのブランド認知度は高い。いまでも、「ヤン坊マー坊 天気予報」の歌を口ずさむことができる昭和世代は少なくない。
「ヤン坊マー坊 天気予報」は、もともとはヤンマーの主要顧客である農業漁業に関わる人たちに、役立つ情報を届けたいという想いから始まった。結果として、愛嬌のあるキャラクターが人気になるだけでなく、当時の若い世代にはヤンマーブランドを浸透させることに成功した。
単純に考えれば、ヤンマーブランドの認知度を高めるには、もう一度、「ヤン坊マー坊 天気予報」を復活させることが近道ともいえそうだ。
だが、この考え方について、長屋社長は、「従来と同じやり方では意味がない」と、従来手法に回帰する可能性を完全否定する。そして、「ヤン坊マー坊は、知られているようで知られていない」と、意外な言葉も口にする。
「たとえば、ヤン坊マー坊は、日本人には知られているが、海外ではまったく知られていない。また、日本においても、一定の年齢層にだけ認知度が高い。そうしたことを考えると、ヤン坊マー坊 天気予報をもう一度やっても、成果は同じことの繰り返しに留まる」と言い切る。
そこには、ヤンマー自らの立ち位置が、当時の状況とは大きく変化しているという背景も見逃せない。
「ヤンマーが目指している市場は、グローバルである。日本の市場だけで事業を行っていても、成長は限定的であるのに対して、グローバルでの事業は、まだまだ成長の余地がある。グローバルで成長を目指すヤンマーにとって、ヤン坊マー坊のブランディングで、同じことを繰り返しても意味がない」
長屋社長は、CBOの立場で、ヤン坊マー坊のリニューアルを主導してきた。
先に触れたように、ヤン坊、マー坊は、もともとは天気予報のために作られたキャラクターだ。天候に左右される農家や漁師に、有益な情報を届けたいという思いから、1959年に開始した天気予報番組向けに、企業マスコットキャラクターとして製作されたものである。一時的に精米機のプロモーションに利用されたことはあっても、ヤンマー製品全体のプロモーションに使用されたことはないという。
ヤンマーは、2024年1月に、ヤン坊マー坊のリニューアルを発表した。
9代目となる新たなヤン坊マー坊は、ヤンマーの「ありたき姿」を可視化し、デザインしたものであり、天気予報のキャラクターが任務ではなく、若者の未来の可能性に向けて、ともにチャレンジするキャラクターという新たな任務を背負っている。
デザイン部がアイデアを創出し、外部のイラストレータと共創活動を行い、広い層に受け入れられる理想的なデザインへと育て、一般投票によって最終決定した。
リニューアルした新たなヤン坊マー坊は、グローバルに展開し、製品説明にも使用し、若い人たちを後押しするためのアイコンとしても使用することになるという。そして、「HANASAKA」を象徴するキャラクターとしても位置づけられることになる。
さらに、世界的ギタリストであるMIYAVI氏が、「ヤン坊マー坊 天気予報」のテーマ曲にインスパイアした楽曲「Find A Way」を2024年10月からグローバルに向けて公開。一人一人が自身の未知なる可能性を見つけ、挑戦するまでの道のりを応援するという想いを込めた次世代への応援ソングとなっている。ギターソロでは、「ヤン坊マー坊 天気予報」のテーマ曲のフレーズを聴くことができる。
<動画>MIYAVI / 次世代への応援ソング「Find A Way」(Full Version)
MIYAVI氏自身、少年時代に、Jリーグクラブ・セレッソ大阪(前身がヤンマーディーゼルサッカー部)のジュニアユースに所属し、プロサッカー選手を目指していた経験がある。残念ながら、怪我によってその夢は断念することになったが、ギターに出会い、音楽家の道に挑戦した。
長屋社長は、「MIYAVI氏の姿勢は、人の可能性を信じ、人の挑戦を後押しするというHANASAKAの価値観を体現したものである。HANASAKAの趣旨に賛同してもらい、今回の楽曲が生まれた」と、誕生までのエピソードを明かす。
リニューアルしたヤン坊マー坊は、新たな共感を生む存在として、グローバル展開を進めることになる。
ヤンマーをブランドランキング100以内のブランドへ
長屋社長は、CBOのときから、「ヤンマーを、ブランドランキングで100位以内に入るブランドにしたい」と語ってきた。
ブランドランキングとして知られているのが、インターブランドジャパンが発表している日本企業のブランド価値ランキング「Best Japan Brands」である。対外的には、100位以内のブランドしか発表されていないため、ヤンマーが現在どの位置にあるのかは不明だが、長屋社長は、200~300位の間にあると推定。Brand Strength Score(BSS)を指標に、まずは、100位相当になることを目指している。
「ブランドランキングは、一般ユーザーの認知度を評価するものである。それに対して、ヤンマーは農業や建設のプロフェッショナルで選んでもらうメーカーである。ヤンマーのブランドは、プロフェッショナルに知ってもらえればいいという意見もあるが、その状態を続けていくと、将来は、誰も知らないブランドになってしまう。誰も知らなければ、取引の対象にもならなくなる。だからこそ、100位以内のブランド認知度を持つことが大切である。将来の顧客を創出していくためにもブランド力は重要である」と語る。
これまでに何度か触れてきたように、ヤンマーには、「HANASAKA」という文化がある。
人を豊かにするという創業当時からの想いを表現したもので、「美しき世界のため」、「社会のため」、「未来のため」に、人の可能性を育てるというのが基本姿勢だ。
長屋社長は、「HANASAKAの基本姿勢は、花は咲くものではなく、咲かせるものであるという考えである。この姿勢を受け継ぎ、若い人たちを育て、そこで受けた恩恵を、また次の世代に返すということを繰り返していく。これがヤンマーの文化の正体といえる部分であり、基盤である。人材の価値を強化することが、ヤンマーのブランドを高めることにもつながる」とする。
ヤンマーの“ありたき姿”は明確であり、それをベースにした新たなブランド戦略にはブレがない。
その基盤が「HANASAKA」であり、事業活動を通じて様々なイノベーションを生み、新たな顧客価値の創造につながるという流れを生むことになる。
また、「人の可能性を信じる」、「人の挑戦を後押しする」という「HANASAKA」の文化のもと、ヤンマーでは、スポーツやアートなどの分野においても幅広い文化醸成活動に取り組んでいる点も見逃せない。
そして、東京・八重洲の複合施設「YANMAR TOKYO」は、2023年1月のオープンとともに「HANASAKA」の発信拠点と位置づけ、世の中に「HANASAKA」の輪を広げる役割を担っている。
デザイン戦略の根幹となるのは「HANASAKA」
長屋社長は、自らの役割を「拡声器」と表現する。続けて、「オーディオ機器のアンプリファイヤーといえるかもしれない」とも語る。
「仮に小さな音であっても、そこからノイズを取り除き、聴き取りやすい大きな音で、拡散するというのが、デザイナーの役割。また、アレンジをして、より良く見える形で伝えることも大切である」とする。
そして、こうも語る。
「日本のモノづくり企業に共通しているのは、20世紀型のやり方を踏襲していること。いまこそ、それを開放する必要がある。日本はモノづくり大国だが、グローバルに対するブランディング戦略には遅れがある。モノづくりの強みだけでなく、グローバルを強みにしたブランディングが、これからの日本の企業には必要である」
アニメプロジェクト「未ル わたしのみらい」への取り組みや、ヤン坊マー坊のリニューアルは、日本のモノづくり企業の新たな挑戦ということになる。
長屋社長は、ヤンマーの目指すポジションとして、「人類にとって、なくてはならない企業になりたい」と語る。そして、「ヤンマーが関わっているのは、食からエネルギーの領域であり、これは、人類の存亡にかかわる領域である。そこにヤンマーが存在し、社会貢献でき、いないと困ると言われる企業になることが価値になる」とも語る。
そして、ヤンマーのデザイン戦略も、そうした考え方に則って立案されている。その根幹にあるのは、やはり「HANASAKA」である。
後編では、HANASAKAを基盤にしたヤンマーのデザイン戦略について触れる。
(後編へ続く)