NECは、2013年、自らの存在価値を、「社会価値創造型企業」に再定義した。

1899年の設立にあわせて、創業の精神として、「Better Products, Better Service」を掲げたNECは、1977年には「C&C(コンピュータと通信の融合)」を提唱し、今日のインターネットの世界を予見して、その方向へと舵を切ってきた。NECでは、これを第2の創業と位置づけている。そして、2013年に宣言した「社会価値創造型企業」に変革するという新たな方針は、NECにとっては、第3の創業といえるものとなった。

  • NECが最初に打ち出した「社会価値創造型企業」の考え方(2014年の会見資料より)

    NECが最初に打ち出した「社会価値創造型企業」の考え方(2014年の会見資料より)

  • 現在のNECが掲げている、7つの社会価値創造テーマ

「社会価値創造型企業」へと変わりたい

「社会価値創造型企業」への変革という、重大な意思決定が行われたのは、前回の記事で触れた「V合宿」であった。

ここで徹底的に議論されたのは、「NECの存在価値とはなにか」ということであった。

「富士通と日立があれば、NECはいらないのではないか」とさえ言われた状況を打破するには、NECが社会に存在する意義はなにかを自問自答し、それをもとにNECがありたい姿を再構築することが必要だった。

そのベースとなったのが、「NECは創業時から一貫して社会課題を解決することで価値を創造し、社会に貢献してきた」ということであった。

森田社長は、「NECが目指す将来の方向性を定めるため、改めてNECは何の会社なのか、何をしていく会社なのか。過去の歴史や培った強みを振り返り、我々の存在意義を考え直した」とし、「NECの強みである日本のインフラやミッションクリティカルなシステムを支えてきた技術と実績を再認識し、その強みを新たな価値に変え社会に貢献する――。これこそがNECの存在意義であるという想いから、2013年に社会価値創造型企業への変革を宣言した」と語る。

「社会価値創造型企業」への変革は、NECが創業から培ってきた原点ともいえる役割に回帰する宣言であり、だからこそ、これを「第3の創業」という大きな節目に位置づけたのだ。

「社会価値創造型企業」を構成する要素として、NECグループが永続的に提供する社会価値を、国家から個人まで、幅広い安全に対応する「安全」、目立たないところで地球や社会を支える「安心」、持続可能な成長の実現「効率」、多様な格差や不公平の解消する「公平」の4つに定め、それによって、「人が生きる、豊かに生きる」ことができる社会の実現に貢献することを打ち出した。

これらの価値を実現するために、NECは、最新テクノロジーなどによる技術力や、顧客課題を解決するソリューション力を活用し、社会や顧客の本質的な課題を追求し、その解決することを目指すことを打ち出したのである。

具体的な領域としては、地球との共生を目指す「Sustainable Earth」、安全安心な都市と行政基盤を作る「Safer Cities & Public Services」、安全で高効率なライフラインを生み出す「Lifeline Infrastructure」、情報や知識を連鎖させる「Communication」、産業とICTが新結合する「Industry Eco-System」、枠を越えた多様な働き方を創造する「Work Style」、個々の人が躍動する豊かで公平な社会を実現する「Quality of Life」という7つの領域において、社会価値創造に取り組んでいく姿勢を示した。

同時に打ち出したのが、ブランドメッセージの「Orchestrating a brighter world」である。

2014年6月に都内で開かれた世界ICTサミットの講演において、遠藤信博社長(当時)が初めて社外に向けて、社会価値創造型企業を示すメッセージとして、「Orchestrating a brighter world」を発表。2014年11月20日、21日の2日間、東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催した年次プライベートイベント「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2014」では、「Orchestrating a brighter world~世界の想いを、未来へつなげる。」をテーマに掲げ、会場のあらゆるところに、この言葉を散りばめてみせた。

当時の遠藤信博社長は、「NECが『変わるんだ』ということを表現したものである。NECが、グローバルに貢献するという意味を込めた」と、このブランドメッセージの意味を語っていた。

「Orchestrating」には、NECの先進的なICT技術や知見を活用し、世界中の人々と協奏し、新たな価値の共創する姿勢を表現。これを通じて、豊かで明るい暮らし、社会、未来を創り上げていくというNECの想いを込めたという。また、「brighter world」には、明るい、賢いという2つの意味を持たせたとする。この意味を示す場合、一般的には、「smart」という言葉が用いられることが多いが、NECではあえて「brighter」を使ってみせた。遠藤社長は、「NECが目指すのは、Brighter Worldであり、Brighter Future、Brighter Solutionになる」とも語った。

そして、メッセージの一番左にある斜めの線は、指揮者が持つ「タクト」をイメージしており、それを、23.4度の角度にしている。これは地軸の角度だ。タクトは、共に奏でるという意味があり、地軸の角度としたことで、サスティナブルな地球を守りたいという想いを込めている。グローバルな課題を解決すること、あるいは様々な技術を融合し、豊かな未来創りのリーダーとなるという決意を示しているという。

加えて、文字デザインにもこだわりがある。一列でみせる直線基調としたことで、先進性、信頼、高品質をイメージ。さらに、それぞれの文字に丸みを持たせることで、人間性や柔軟性をイメージしたという。また、「Orchestrating」の部分のブルーは、インフラを支えるNECグループの総合力を力強く表現し、「a brighter world」では、まぶしいくらいの光を表現するとともに、ブルーからオレンジへと色を変化させて、明るい豊かな未来を表現している。昨今では、グレー一色で表記するケースが 徐々に増えている。

なお、Orchestrating a brighter worldには、「協奏」や「共創」の意味を込めているが、広く使われている「共創」は、NECが2006年に商標を登録している。

  • NECは、「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2014」で、「Orchestrating a brighter world~世界の想いを、未来へつなげる。」をテーマに掲げた

第3の創業は、しかし出ばなをくじかれた

しかし、NECの業績を成長路線に戻すことは容易ではなかった。それだけ、NECのなかに染みついた文化を改革することは困難を極めたのだ。

2016年4月に新野隆社長が誕生し、「2018中期経営計画」がスタートしたものの、初年度となる2016年度に、NECは営業利益を前年度から半減させ、418億円に低下。減収減益となり、出ばなをくじかれる格好となった。

新野社長は、「自ら策定した中期経営計画は、1年と経たずにボロボロの結果になってしまった。なにが悪かったのかと自問自答したときに、実は、なにも変わっていない、これではまったく駄目だということに気がついた」と振り返る。

長年に渡り、NECの成長を支えてきたのは、顧客の要望を実現するために、言われたことを、最高の技術を使い、最後までやり遂げるという姿勢だ。

だが、市場環境が大きく変化し、ビジネスのやり方や仕事のやり方が変わるなかで、NECの組織は、「自らが変化をして、自らが市場を作っていく」というやり方に変えることができていなかった。「頭ではわかっていても、足腰がついていかず、実行力がまったく追いついていない状況にあった」と、新野社長は語る。

「2018中期経営計画」は、わずか1年で撤回。2018年1月に、2020年度を最終年度とした「2020中期経営計画」を改めて発表したのである。

  • 2020中期経営計画を発表する新野社長(2018年1月30日の会見)

新野社長は、「2020中期経営計画」の策定においては、従来とは異なる手法を用いたことを明かす。

「これまでの中期経営計画は、各ビジネスユニットから出てきたものをコーポレートでまとめて立案するものだった。だが、今回は、2017年度上期までにコーポレート側でもあるべき姿を作り、それを前提にビジネスユニットに検討してもらった。全社と一丸となって取り組んでいくことを目指した」とする。

そして、「2020中期経営計画」では、「やり抜く組織」への変革も盛り込んだ。

「スピード感を持って、最後までやり抜く仕組みを導入し、実行力を向上する。実行した人が報われ、称賛される評価・報酬制度を導入し、イノベーティブな行動や挑戦を促し、市場の変化や複雑化にスピーディーに対応することを目指す」と宣言。組織風土改革を重視する姿勢をみせた。

中期経営計画を撤回したこと、その反省をもとに新たな中期経営計画の策定に取り組んだことは、新野社長の強い覚悟の裏返しだ。

「2020中期経営計画」の数値目標は、撤回した「2018中期経営計画」の売上高3兆円、営業利益1500億円、営業利益率5.0%をそのまま維持しており、見た目は目標値を2年間先送りにしたものにしか見えない。しかし、基本方針に据えたのは、「これまでの当たり前を捨てる」という姿勢だ。つまり、NECの文化を変えるというのが、この中期経営計画の狙いとなった。

  • 2018中期経営計画の目標

  • 2020中期経営計画の目標

「中期経営計画を打ち出しても、『なぜ、それをやるのか』ということを社員が理解していなかったり、『自分たちが努力すれば達成できるんだ』という意識が希薄であったり、『3年後に、こんな数字はできっこない』という意識が社内に蔓延していた。経営と現場の信頼関係が醸成できていなかったことを強く反省した」

こうした意識の問題や、経営と社員の乖離の状況をみると、NECの中期経営計画は未達が続いていたのもうなずける。

当時、CFOを務めていた森田隆之社長も、投資家に対して、中期経営計画の説明をはじめようとした途端に、その資料を投げ散らかされ、「これまでの中期経営計画の結果を見ても、どれひとつとして達成していない。どうして、この資料を信用できるのか」と強い口調で批判されたという、当時の厳しい体験を明かす。

社員や投資家、株主といった重要なステークホルダーと経営との間には、大きな溝があったのは明らかだ。

119年目の大改革、組織風土・文化の大転換

新野社長と森田社長に共通しているのは、変わることができないNECの「文化」や「意識」に対して、強い危機感を持ち、その変革を重視していた点だ。

その姿勢は、具体的な行動にも表れている。

新野社長は、2018年7月末までの間に、全国各地で26回の対話会を開催し、約1万人の社員と対話。直接対話によって、トップのメッセージを伝え、意識改革をすすめたほか、2018年7月からは、変革プロジェクト「Project RISE」を本格的にスタート。2018年度には、「119年目の大改革」を打ち出し、これまでの当たり前を捨て、本当に必要なものを、いかに強くしていくことに徹底的に取り組んだ。

  • 新野社長は全国で対話会を開き、社員の変革を呼びかけた(写真は2018年)

また、2021年4月にバトンを受けた森田社長も同様に、コロナ禍において、オンラインを活用したハイブリッド方式での「CEO Town Hall Meeting(タウンホールミーティング)」を毎月開催。配信する拠点を本社に留めずに、複数の拠点から配信した。森田社長の「CEO Town Hall Meeting 」は、2021年から約2年間で、延べ20万人の社員が参加し、社員の質問に、森田社長が直接答えるという場も用意した。

  • 森田社長が推進したトップによる直接対話の成果

森田社長は、2021年5月からスタートした「2025中期経営計画」においても、「戦略」とともに、「文化」を、経営の両輪に位置づけており、「社員に選ばれる会社になる」ことを掲げている。

NECでは、2020年4月には、2008年に策定した「NEC Way」を改定した。これを、NECグループが共通で持つ価値観や行動の原点と位置づけており、企業としてふるまう姿を示した「Purpose(存在意義)」および「Principles(行動原則)」と、一人ひとりの価値観やふるまいを示した「Code of Values(行動基準)」および「Code of Conduct(行動規範)」で構成した。

  • NEC Way

とくに、Purposeは、2012年に発表したステートメントと、2014年から打ち出しているOrchestrating a brighter worldを組み合わせる形で、「Orchestrating a brighter world NECは、安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指します」とした。

  • Purpose

  • Principles

  • Code of Values

  • Code of Conduct

加えて、NECグループが2030年に向けて実現を目指す社会を、「NEC 2030 VISION」として発表。2030年の地球環境や、社会はどうなっていくのか、そこに暮らす生活者が何を求めるのか、といったことベースに、NECグループが実現する2030年の社会の姿を描いた。

  • NEC 2030 VISION

ここでは、未来の生活者を思い、すべての営みの土台となる「環境」、国や自治体、経済活動を営む「社会」、身近な生活にまつわる「暮らし」の3点から、ありたい未来を示し、NECの進む道筋や、事業の方向性を示す羅針盤として設定。未来への方向性を共有することで、「未来の共感」を創ることを目指している。

では、ここでいう「未来の共感」とはなにか。

森田社長は、次のように語る。

「NECが、社会価値創造型企業になるには、社員を含む多くの人や組織、あるいは社会と共創することが必要である。しかし、共創してもらうには、NECが目指す未来に対して共感してもらわなくてはならない。NECと一緒に共創すると、どんないいことがあるのか、NECはどういう世界を目指しているのか――。もし、NECが描く未来に共感ができないのであれば、NECの顔認証技術がいくら優れていても、NECには任せたくないということになる。だが、NECが描いている未来に共感ができれば、そこに参加してくれる人や組織、社会が増え、一緒にやる機会も増加する。NECが描いている未来は何か、ということを提示し、それを発信し、そこに共感を得てもらうことが大事である」とする。

その上で、「NECが行っている社会価値の創造においては、『未来の共感』こそが、重要である。積極的に将来ビジョンを社会に発信し、未来の共感を創ることがNECの責務であり、それによって新たな価値創造に貢献できる」と語る。

世紀を跨いで戻ってきた「普通の会社」

NECは、「2020中期計画計画」の目標をほぼ達成し、2025年度を最終年度とする「2025中期経営計画」についても、計画達成に向けた強い歩みを進めている。

森田社長は、「ようやく普通の会社に戻れた」と表現する。

「これまでのNECは、生きることに精いっぱいの状況だった。生きることに精いっぱいだと、生きるために、後向きの仕事の比重が高くなり、いまのビジネスの将来をどうするのか、どう成長させるのか、どうやってより良い会社にしていくのか、そして、社会のなかでどういう存在になるのかといったことを考える時間が作れなくなる。つまり、健全な時間の使い方ができないことになる。NECは、しばらくの間、こうした状況のなかにあった。だが、いまは、そこからは脱却できた」

それが、森田社長が表現する「普通の会社」ということになる。

2013年に、NECが、「社会価値創造型企業」という方針を打ち出してから、約12年が経過している。いまのNECは、この取り組みを本格的にドライブさせ、未来へとつながる活動を加速しはじめる時期へと入りつつある。