給与所得者の今年の住民税を源泉徴収義務者へ通知する「特別徴収税額通知書」が5月15日以降くらいから、事業者のもとに届き始めています。総務省の方針では、この個人番号欄が設けられた「特別徴収税額通知書」には、各市区町村でマイナンバーを記載して通知するとしていましたが、実際に事業者に届けられた「特別徴収税額通知書」には、マイナンバーの記載のないものもかなりあり、市区町村によって対応がわかれる結果となりました。
連載第61回で詳しく取り上げた「特別徴収税額通知書」ですが、市区町村による対応のわかれかたや総務省の見解をみていくとともに、実際に市区町村から送られてきたマイナンバーをどのように扱えば良いのかなど、現在確認できる状況をあらためて整理したいと思います。
特別徴収税額通知書へのマイナンバー記載 市区町村により対応わかれる
私が勤務するアカウンティング・サース・ジャパン株式会社は従業員50~60人の会社ですが、5月26日現在で29の市区町村から「特別徴収税額通知書」が届いています。そのうち、従業員のマイナンバーが記載されて送られてきたのは14の市区町村、残りの15の市区町村では従業員のマイナンバーは記載されていませんでした。
この「特別徴収税額通知書」にマイナンバーを記載するかどうかについては、すでにいくつかのメディアで市区町村の対応が分かれている旨、報道されていましたが、ここまで、マイナンバーを記載する市区町村と記載しない市区町村が拮抗するとは思っていませんでした。実際に、全国の市区町村で同様の比率になるかどうかは分かりませんが、総務省の指導にもかかわらず、多くの市区町村でマイナンバーを記載しない対応がとられたものと思われます。
この「特別徴収税額通知書」へのマイナンバーの記載については、事前に事業者へ周知されることなく進められてきました。そのことを考慮すると、マイナンバーを記載して送る市区町村では、それなりの配慮がされてしかるべきところですが、マイナンバーを記載した書類を事業者に送付することに対してどの程度配慮がされたのかでしょうか。マイナンバーが記載されていた14の市区町村のうち、普通郵便でおくられてきたのが13で、封筒に「個人情報が記載された書類につき、担当部署または担当者が開封する」ように促す記載はあるものの、開封して「特別徴収税額通知書」を見るまではマイナンバーが記載されていることは分かりませんでした。マイナンバーが記載されてきた市区町村の残り1件は、レターパックを使用し、かつ、レターパックの表面に(図1)のような注意書きが目立つように入っていました。
もともと、「特別徴収税額通知書」は従業員の住民税にかかわる記載がされる書類ですから、マイナンバーの記載の有無にかかわらず重要な「個人情報」であることは間違いありません。普通郵便で送られてきた封筒の記載からはマイナンバーが記載されていることまでは分からないため、マイナンバー記載については配慮がなされていないといえます。(図1)のような注意書きがあれば、受け取った担当者がより慎重に取り扱うことになります。本来ならば、「特別徴収税額通知書」にマイナンバーを記載して送る市区町村では、普通郵便であったとしても(図1)のような注意書きを封筒に印刷して送るべきだったのではないでしょうか。
一方、「特別徴収税額通知書」にマイナンバーを記載せずに送ってきた市区町村でも個人番号欄の扱いは様々です。空欄だったり、12桁分”*(アスタリスク)”が印字されていたり、下4桁のみ番号が印字されあとの8桁は”*(アスタリスク)”だったり。何れにしても、これらの対応がされた「特別徴収税額通知書」は、マイナンバーを取り扱う上で必要となる安全管理措置までは必要とならないため、給与事務のため従業員の住民税を処理する際には、例年通りの取り扱いをすればよいことになります。
これらマイナンバーを記載しなかった市区町村のなかでは、その不記載の理由を記載した添付資料が同封されているものもありました。そのなかのひとつは以下のような内容でした。
「マイナンバー制度に関する周知不足や郵便事情などを考慮し、課税事務の事故を防ぐため、◯◯では平成29年度の事業者用税額通知書へのマイナンバーの記載を見送ることといたしました」
また、総務省の指示との板挟みで苦しい内部事情を吐露するような以下のような不記載の理由もありました。
「個人番号を含む特定個人情報の保護には、精度の高い漏えい防止策を講ずることが必要であり、◯◯では簡易書留郵便での送付を検討してまいりました。しかし、一時期に大量の郵便物を簡易書留郵便で送付する場合、普通郵便に比べ多くの日数を要し、全ての郵便物を地方税法に定められる通知期限である5月31日までに送達できない可能性が高いことが確認されました。特別徴収税額決定通知書に個人番号を記載することの重要性は認識しておりますが、特別徴収税額決定通知書をできる限り早くお届けすることがより重要であると判断し、今年度は個人番号を記載せず普通郵便で送付することとしました。」
この2つのマイナンバー不記載の理由は、「特別徴収税額通知書」へマイナンバーを記載しなかった市区町村で、真摯に検討された内容を示すものといえます。総務省の決まったものだからマイナンバーを記載するよう市区町村に指示するだけの対応に比べると、マイナンバーを不記載としたこれらの市区町村の対応は、現場でマイナンバーを取り扱わざるをえない市区町村が同様の立場にある事業者に配慮した結果といえます。
総務省の言うマイナンバーの共有は必要なのか
以上のように、「特別徴収税額通知書」へのマイナンバーへの記載について、市区町村の対応はまちまちとなる結果になりました。これについて報じた記事のなかで、総務省は「市町村と事業者が、従業員の正確なマイナンバー情報を共有するのは大事」、「ルールに従わない自治体には、説明し協力してもらえるようにする」としています。
マイナンバーを取り扱う現場への配慮がない総務省の言う「市区町村と事業者が従業員のマイナンバーを共有する」とは、どういうことを意味するのでしょうか。事業者はマイナンバーに関しては、個人番号関係事務実施者として、従業員やその扶養親族などのマイナンバーを収集し、社会保障および税の分野でマイナンバーの記載が必要な書類にマイナンバーを記載して提出することが求められています。そのため、中小企業や中小企業からマイナンバーの取り扱いについて委託を受ける税理士や社会保険労務士は、ガイドラインが示す安全管理措置などを講じたうえで、従業員等からマイナンバーを収集し必要な書類にマイナンバーを記載して提出してきました。すでに従業員などのマイナンバーを収集・管理しているこうした中小企業などでは、今さら市区町村から従業員のマイナンバーが送られてきて「共有」される状況など想定していませんし、給与事務で「特別徴収税額通知書」を使用して住民税の処理する際に本来必要のないマイナンバーが記載されていることは、紛失や漏えいのリスクを増やすばかりで、何らメリットはありません。これらの中小企業にとっては、「共有」など必要ありませんし、むしろ迷惑でしかないということになります。
一方、何らかの事情があり、いまだ従業員などからマイナンバーを収集・管理できていない中小企業にとっては、安全管理措置が講じられていないなか、マイナンバーが記載された書類がなんの前触れもなく送られてきて管理しなければならなくなります。マイナンバーの紛失や漏えいに対して対策を講じられていない状況のなか、マイナンバーを「共有」されても、リスクを負うのは中小企業であり、これもまた迷惑としか言いようがありません。総務省としては、こうした中小企業に対して、これを機にマイナンバーを収集・管理できる体制づくりを促す意図があるのかもしれませんが、それならば中小企業が周到に準備できるようにあらかじめ「特別徴収税額通知書」へのマイナンバー記載について、早い時期から事業者に周知する必要があったのではないでしょうか。
先にみたとおり「特別徴収税額通知書」へマイナンバーを記載しなかった市区町村のなかでは、その理由に「マイナンバー制度の周知不足」をあげている市区町村もありました。今年の1月に事業者から市区町村に提出された給与支払報告書に従業員やその扶養親族のマイナンバーが記載されたものが、どのくらいの割合あったのかということについては公表されていません。実際のところ、かなりの割合でマイナンバーが記載されていない給与支払報告書が提出されている状況があり、それを市区町村は知っていて、きちんとそのことを考慮した市区町村では「特別徴収税額通知書」へマイナンバーを記載しなかったのではないかと考えられます。
今必要なのは、総務省のいうようなマイナンバーの「共有」ではなく、行政側からマイナンバーを提供できる状態にあるにもかかわらず、中小企業などに重い負荷をかけてまで、従業員などからマイナンバーを収集・管理することを求めてきたことや、またこれからも求めていくのかという、マイナンバーの利用をめぐる運用方法の見直しではないでしょうか。
送られてきたマイナンバー その取り扱いはどうすれば良いか
「特別徴収税額通知書」へのマイナンバーの記載について、市区町村で対応が分かれるなか、事業者に送られてくる「特別徴収税額通知書」のすべてでマイナンバーが不記載ならば、特になんの対応も必要ありませんが、一部でもマイナンバーが記載されていれば、なんらかの対応が必要となります。
マイナンバーが記載されている場合は、(図2)の赤枠の部分にマイナンバーが記載されてきます。
すでに、マイナンバーを収集・管理している中小企業の場合は、ここに記載されたマイナンバーは必要ありませんので、すぐに個人番号欄を黒塗りするなどして、マイナンバーをみることなしに給与事務として住民税の処理を行えるようにすると良いでしょう。仮に、マイナンバーの提供を拒否している従業員がいる場合は、市区町村から提供されたマイナンバーの利用について本人に利用目的など明示すれば、利用しても良いとされていますが、本人がその旨了解しない場合は、のちのちトラブルになる可能性がありますので、その分も黒塗りするほうが良いと考えます。
また、何らかの事情でこれまでマイナンバーを収集・管理できていない中小企業では、これを機にマイナンバーの収集・管理を行うのであれば、従業員に利用目的を明示し安全管理措置も講じたうえで、送られてきたマイナンバーをそのまま管理することも考えられますが、実際には従業員のマイナンバーの本人確認や扶養親族分を追加で収集しなければならないこと、すべての「特別徴収税額通知書」にマイナンバーが記載されているわけではないことなど考えると、ここであわててマイナンバー管理の体制づくりをするよりは、じっくりとマイナンバー制度への理解を深めたうえでマイナンバーを収集・管理できる体制づくりをしたほうが良いと考えます。したがって、マイナンバーを収集・管理できていない中小企業でも、すぐに個人番号欄を黒塗りするなどして、マイナンバーをみることなしに、給与事務として住民税の処理を行えるようにすることで、リスクを負わない方法をとることがベターといえます。
マイナンバーがわからないように黒塗りしておけば、「特別徴収税額通知書」を保管するうえでもマイナンバーを含む「特定個人情報」とはならないため、これまで同様の保管方法で「個人情報」として管理できれば良いことになります。
これまでのところ、マイナンバーが記載された「特別徴収税額通知書」について誤配の報告はあるものの、幸いなことにマイナンバーの紛失や漏えいにつながる事故などは報告されていないようです。とはいえ、あらかじめ周知されない状態で「官」からマイナンバーがやってくる事態は、総務省がどのように言い訳しても納得がいくものではありません。来年もこの時期になれば「特別徴収税額通知書」が送られてきます。来年はマイナンバーを取り扱わざるをえない中小企業や市区町村などの現場に配慮し、すべての市区町村からマイナンバーが記載されない「特別徴収税額通知書」が送られてくるよう、総務省には要望したいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。