楽天モバイルは、複数の家族でグループを組むことで料金が割り引かれる「最強家族プログラム」を2024年2月21日から提供しています。割引がなくても安いことを特徴に打ち出していた楽天モバイルが、一転して家族割引施策の導入に至ったことは、顧客獲得に有利に働く一方で、今後を考えると痛しかゆしの部分も少なからずあると考えられます。

  • 楽天モバイルが、複数の家族でグループを組むことで割引が受けられる「最強家族プログラム」を追加。顧客獲得にはつながるものの、楽天モバイルならではの魅力を霞ませる要因にもなり、“諸刃の剣”ともいえる

顧客の要望に応え“口コミ”での家族獲得に重点

2024年2月14日に、2023年12月期の通期決算を発表した楽天グループ。売上高は前年同期比7.8%増の2兆713億円でしたが、営業損益は2129億円と赤字が続いています。その主たる原因は、モバイル通信事業「楽天モバイル」に向けた先行投資であり、あらゆる手を尽くしてコスト削減を進め赤字幅は縮小しているものの、依然として厳しい状況にあることに変わりはありません。

それだけに、楽天グループが抱える課題は非常に大きいのですが、その解決に向けて必要不可欠なのが、楽天モバイル自体で稼ぐことができる体制の確立です。そのために求められるのは契約回線数の拡大であることから、楽天モバイルは2023年より法人向けのサービス提供を本格化。その獲得が好調なこともあって、契約回線数をおよそ600万にまで急速に伸ばしているようです。

  • 楽天モバイルは法人契約の好調などもあり、契約数は2023年12月時点で約600万に達している。2024年はさらに、800万~1000万にまで契約を増やしたいとのことだ

楽天モバイルは、2024年12月までに契約回線数800万~1000万契約を見込むとしていますが、そのためには法人だけでなく一般消費者の顧客も拡大していく必要があるでしょう。そのための新たな一手が問われるところですが、決算発表の前日となる2024年2月13日、同社はその契約拡大に向けた新たなサービスを発表しました。

それは「最強家族プログラム」というもの。これは、楽天モバイルの料金プラン「Rakuten最強プラン」を契約している複数の家族でグループを組むことにより、1回線あたり月額110円の値引きが受けられるもの。Rakuten最強プランの料金は、通信量に応じて月額料金が1,078円~3,278円で変動する仕組みですので、最強家族プログラムを適用すれば月額968円~3,168円で利用できることとなります。

  • 楽天モバイルが2024年2月21日より提供を開始した「最強家族プログラム」。家族でグループを組むことにより、「Rakuten最強プラン」の料金が1回線あたり月額110円割り引かれる仕組みだ

円安によるインフレが進む昨今ですから、消費者からしてみれば110円であっても毎月割引がなされればお得であることは間違いないでしょう。ですが、楽天モバイルはもともとシンプルなワンプランであることを大きな特徴として打ち出しており、「割引をしなくても安い」ことが大きな特徴だったはずです。

にもかかわらず、料金がシンプルではなくなる最強家族プログラムを導入したのはなぜなのでしょうか。楽天モバイル側の説明によると理由は大きく2つあるようで、その1つはシンプルに消費者からの要望が多かったからのようです。

実際、楽天モバイルの代表取締役会長である三木谷浩史氏は、ほかの人に楽天モバイルの加入を勧めたところ「家族プランはないのか」という声が多く返ってきたとのこと。他の携帯3社のサービスでは、メイン・サブブランドともに同種の家族割引施策が提供されているだけに、どんなに楽天モバイルが安いといっても、他社にあるサービスがないことをマイナス要素と捉える人が意外と多かったと考えられます。

そしてもう1つは“口コミ”です。経営が厳しい楽天モバイルは現在、かつてのように大々的なテレビCMなどを実施して顧客にアピールするのが非常に難しいことから、コストがかからず確実に顧客を獲得できる手段として、既存ユーザーからの口コミによる契約獲得に力を入れています。

その口コミを強化するための策として、楽天モバイルが現在力を入れているのが「紹介キャンペーン」です。2024年2月時点で実施されている第3弾のキャンペーンは、楽天モバイルに新しい契約者を紹介すると、紹介した人に楽天ポイントが7,000ポイント、紹介された側にも6,000ポイントが入るとのこと。番号ポータビリティで他社から乗り換えた場合はさらに7,000ポイントが追加され、13,000ポイント入るようです。

そして実は、この紹介キャンペーンで新しい契約者を紹介した累計25万人のうち、推定で49%が家族を紹介しているとのこと。紹介キャンペーンが家族の獲得に大きく貢献していることから、より家族の獲得を強化するべく最強家族キャンペーンの提供に至った側面もあるようです。

  • 楽天モバイルは口コミによる獲得強化のため「紹介キャンペーン」を展開しているが、家族を紹介するケースが多かったことも最強家族プログラムの提供に至った要因となるようだ

契約数は増えるがARPUは下がる

紹介キャンペーンと最強家族プログラムの組み合わせが非常にお得であることは確かですので、契約獲得に向けた新たな武器となることは確かでしょう。ただその代わり、楽天モバイルはいくつか失うものがあることもまた確かです。

その1つは、先に触れた通り料金のシンプルさです。競合他社は顧客の多様な声に応えるため、複数の料金プランやブランドを用意していますが、楽天モバイルは1つのプランにこだわっているだけに、安いとはいえ多様な声に応えるのは難しい状況にあります。

それゆえ今回のように、契約を増やすため顧客の声に応えると割引などが複雑になり、ワンプランではあるもののシンプルさがどんどん失われてしまう可能性を高めることになりかねません。それが結果的に、シンプルさを求めて楽天モバイルを利用しているユーザーの離脱にもつながりかねないだけに、顧客の声に応えながらもシンプルさをどこまで維持できるかは、今後非常に大きな課題となってくるのではないでしょうか。

そしてもう1つは、売上を増やす大きな要素の1つでもあるARPU(Average Revenue Per User、1ユーザー当たりの平均売上)です。携帯電話サービスの売上は基本的に、契約数とARPUの掛け算で決まってくるのですが、楽天モバイルは料金の安い法人向けの契約が拡大したことで、ここ最近順調に伸びてきたARPUが微減傾向にあります。

同社では2024年内に、ARPUを現状の2,000円前後の水準から、2,500円~3,000円にまで引き上げることを目指すとしています。ですが、そもそもRakuten最強プランは料金の上限が3,278円なので、3,000円にまで引き上げるには契約者のほとんどが上限まで利用するか、何らかのオプションサービスを追加してもらうなどの必要があり、実現のハードルはかなり高いのです。

  • 楽天モバイルは売上拡大のため2024年内に契約回線数を800万~1000万、ARPUを2,500円~3,000円に引き上げるとしているが、現在のARPUの水準である2,000円前後から500円以上引き上げるうえで、最強家族プログラムの110円引きは小さからぬ影響がある

にもかかわらず、最強家族プログラムの適用者が大幅に増えれば、必然的にARPUも110円以下の範囲で減少してしまいます。一見小さい額に思えますが、ARPUの大幅な向上を目指す楽天モバイルにとっては非常に厳しい割引にもなっているのです。

そうしたことから楽天モバイルにとって、最強家族プログラムの提供は短期的に見れば顧客獲得の武器となるものの、先を見据えると難しい対応が求められる施策ともいえるわけです。それだけに最強家族プログラムが、楽天モバイルの業績にプラスとマイナスのどちらの影響を与えるか、今後大きな関心を呼ぶことになるでしょう。