コロナ禍からの人流回復でNTTドコモが大都市圏での通信品質を大きく落とした一方、安定した通信品質で評価が上昇しているのがソフトバンクです。ソフトバンクが人流回復後も安定した品質を実現できているのは、これまで同社が進めてきた施策が大きく影響しているようです。
人流回復によるトラフィック急増で携帯各社に品質の差が
2023年に入り、コロナ禍の影響が小さくなったことで急速に人流が回復してきましたが、その影響を大きく受けているのが携帯電話のネットワークです。とりわけ非常に多くの人が集まる大都市の中心部では人流の回復に加え、コロナ禍でニーズが増えた動画視聴の利用が増加したことでトラフィックが急増し、通信品質が低下しやすくなっているからです。
なかでも著しい通信品質の低下が起きていたのがNTTドコモです。実際、2023年に入って以降、東京都心の人が多く集まるエリアで、NTTドコモの利用者から「つながりにくい」などの声が非常に多く聞かれるようになりました。NTTドコモも急ピッチで対処を進めているものの、抜本的な改善にはまだ時間がかかる様子です。
その一方で、ここ最近ネットワークに関して評価を大きく上げているのがソフトバンクです。都市部での通信トラフィック急増という事象はすべての携帯電話会社に共通するものですが、ソフトバンクはトラフィックが大きい大都市部でも通信品質を大きく落とすことなく、比較的安定した通信を実現できているようです。
では一体なぜ、ソフトバンクの通信品質の評価が高まっているのでしょうか。同社は2023年9月19日に説明会を実施し、同社の常務執行役員兼CNO(チーフ・ネットワーク・オフィサー)の関和智弘氏がその取り組みについて説明しています。
関和氏によると、同社では通信速度よりもユーザーの体感を損なわないことに最も重点を置いているとのこと。ダウンロードの速度が遅ければ不満が出るのはもちろんですが、ダウンロードがいくら速くても、アップロードの速度が出なければ、アンテナが立っているのに通信が極端に遅くなる「パケ詰まり」という事象が発生してしまうことから、双方のバランスを取った対策を打つことが重要だとしています。
さらに関和氏は、現在主流となっている、4G/LTEを主軸に5Gを展開するノンスタンドアローン(NSA)運用の5Gネットワークにおいては、バランスを保ち品質を保つ上で大きく3つの課題があると説明。対処もそれぞれ違ってくるとのことです。
そして、3つの問題を見つけて正しい対処をするには、基地局から送られてくる通信品質データだけでは足りず、端末側から通信品質を取得する必要があるとのこと。ソフトバンクでは、この端末側からの通信品質データを取得することで、100m~1kmといった単位のメッシュごとの通信品質に関する問題を検出し、メッシュごとにどのような問題が発生して通信品質が低下しているのかを分析し、対処を進めているのだそうです。
ソフトバンクに有利に働いた過去の生い立ちと5G戦略
では、3つの課題とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
1つは、5Gの基地局がまだ少ないことに起因する問題。基地局数が少ないゆえ、エリアによっては5Gの基地局が離散的に設置されていることから、そうした基地局の端で電波をつかんでしまうと通信品質が大きく落ちてしまいやすいのだそうです。
その対策には、5Gの基地局を密に設置する必要があります。ですが、ソフトバンクは携帯4社の中で最も5Gの整備が早く進んでおり、基地局を密に設置することで問題の発生を抑えているのだそうです。
2つ目は、NSA運用で特有の「アンカーバンド」に関する問題。NSA運用の5Gネットワークでは、端末が5Gに直接接続することはできず、まず4Gのネットワークに接続し、基地局と通信するためのさまざまなやり取りをしたうえで、5Gで高速通信をする仕組みとなっています。
その際に接続する4Gの周波数帯がアンカーバンドなのですが、4Gの周波数帯のうち、すべての周波数帯がアンカーバンドとして使われているわけではないので、5Gの利用が増えるとアンカーバンドに用いている4G周波数帯だけが混雑し、通信品質が低下してしまうことがあるようです。そこで、アンカーバンドを特定の周波数帯だけに集中しないよう、バランスを取ることで品質低下を抑えているのだそうです。
そして3つ目は、とりわけ電波が届きにくい電車内や屋内などでは、いわゆる「プラチナバンド」のような低い周波数だけが届いてしまうことから、その周波数帯だけにトラフィックが集中してしまうことも、品質低下を起こす大きな要因となっているようです。
この問題に関しては特に有効な解決策はなく、その場所に届く周波数帯を地道に追加していくしかないとのこと。ソフトバンクでも、状況をつぶさにチェックしながら、4Gの周波数帯を追加するという地道な取り組みを進めて品質維持に努めているとのことです。
一連の説明内容を聞くに、分析の仕方や対策などに色々と違いはあるものの、起きている事象の多くはNTTドコモと変わらない印象ですし、2つ目や3つ目の課題をチューニングで対処している点も、やはりNTTドコモに近い部分があるように感じます。では、どこに両社の品質の差を分ける決定的な違いがあるのかというと、それは1つ目の課題の対処から見えてきます。
この問題の本質的な対策には、5Gの基地局を多く設置することが求められますが、NTTドコモの場合、5Gの基地局を設置するビルの地権者との交渉が順調にいかず、5G基地局の整備を計画通りに進められないことが、品質を落とした要因の1つとなっていました。
にもかかわらず、なぜソフトバンクが5Gの基地局を密に設置できているのかというと、1つに基地局を設置できるロケーションを多く保有していることが挙げられます。そこに影響しているのが、ソフトバンクの成り立ちで、関和氏も同社の携帯電話事業が、もともとボーダフォンの日本法人とイー・アクセス、そしてウィルコムといった別々の会社を買収などによって吸収することで成り立っていると説明しています。
それゆえ、各社が保有していた基地局の設置場所も引き継いで保有しているのですが、なかでもウィルコムは基地局の出力が小さいPHSを展開していたこともあって、多くの基地局設置場所を保有していました。同社が破綻したときにソフトバンクが救済に動いたのも、基地局のロケーションを獲得することが目的の1つだったとされており、同社を救済したことが、多数の基地局を設置する必要がある5Gの時代に大いに役立っているといえるのではないでしょうか。
そしてもう1つは、5G整備の戦略の違いにあります。ソフトバンクは5Gの整備当初から、4Gから転用した周波数帯を積極的に活用して早期にエリアを広げることに重点を置いてきました。4Gから転用した周波数帯は帯域幅が変わらないので、5Gで割り当てられた周波数帯と比べて高速大容量通信はできないことから「なんちゃって5G」などと揶揄されてきましたが、5Gの基地局を素早く、密に整備できるという点ではメリットに働いたといえます。
一方で、NTTドコモは「瞬速5G」をうたい、5Gで割り当てられた高速通信が可能な周波数帯だけを用いて5Gのネットワーク整備を進めていたことから、5Gのエリア展開の面では他社に大きく後れを取っていました。それに加え、現在の岸田文雄首相に政権が交代し、「デジタル田園都市国家構想」を掲げ5Gの全国エリア整備を急ぐよう求めたことから、NTTドコモは途中から4Gの周波数帯を5Gに転用してエリア整備を急ぐ必要に迫られるなど戦略転換が必要になり、それが都市部での対策の遅れにも影響したとみられています。
そうした両社の戦略の違いが、ソフトバンクとNTTドコモの通信品質に大きな差を生む要因になったといえそうです。とはいえ、これはあくまで2023年時点での話。5Gのネットワーク整備はまだまだ続くだけに、今後各社の戦略の違いが通信品質にどのような違いをもたらすようになるのか、注目されるところです。