サムスン電子は2024年1月8日、海外でスマートフォンのフラッグシップモデル新機種「Galaxy S24」シリーズ3機種を発表した。昨今注目される「生成AI」を全面的に取り入れたことが大きな特徴となっているが、その実現にはグーグルの生成AI技術が多く使われているようだ。スマートフォン市場で競合している両社が、生成AIで協力する理由はどこにあるのだろうか。

Galaxy S24シリーズは生成AIが最大の特徴に

国内では円安や政府の規制によりスマートフォン市場が急速に縮小しているが、実は海外でも市場飽和や中国の景気減速などによってスマートフォンの市場が急速に縮小。市場で伸びているのは強固な固定ファンを抱えるアップル、そしてアフリカなど新興国を事業の主体としている中国の伝音控股(トランシオン)など日本ではほぼ馴染みのないメーカーに限られ、他のメーカーは軒並み販売が落ち込み厳しい状況に立たされている。

世界のスマートフォン市場で10年以上にわたって出荷台数シェアトップを獲得していた韓国のサムスン電子も、その例に漏れない。実際同社は一部調査で、2023年の世界出荷台数シェアでアップルに首位の座を明け渡したことが報じられている。ミドル・ローエンドでは低価格に強い新興メーカーにシェアを奪われ、ハイエンドではアップルと比べブランド力が弱いことが、同社を厳しい状況に追い込んだといえよう。

そこで注目されるのが、サムスン電子が厳しい状況を挽回するための新たな策である。その一端を示すことになったのが、2024年1月18日に同社が海外で発表した、フラッグシップモデルのスマートフォン新機種「Galaxy S24」シリーズ3機種だ(日本での発売は未定)。

  • サムスン電子は2024年1月18日に新しいスマートフォンのフラッグシップモデル「Galaxy S24」シリーズを海外で発表している。写真は最上位モデルの「Galaxy S24 Ultra」

    サムスン電子は2024年1月18日に新しいスマートフォンのフラッグシップモデル「Galaxy S24」シリーズを海外で発表している。写真は最上位モデルの「Galaxy S24 Ultra」

サムスン電子がGalaxy S24シリーズの特徴として打ち出したのが「Galaxy AI」である。これはいわゆる「生成AI」の技術を取り入れた、サムスン電子独自のAI関連機能であり、端末上とクラウド、双方のAI技術を活用して従来にない機能を実現している。

その代表的な機能の1つが「ライブ翻訳」だ。Galaxy S24シリーズではこの機能を利用することにより、電話アプリで通話すると相手が話した言葉を自動的に翻訳してくれるだけでなく、自分が話した言葉も相手の言語に自動翻訳して伝えてくれる。日本語を含む13の言語に対応するとのことで、日本で販売されれば海外旅行など大いに役立ちそうだ。

  • Galaxy S24シリーズはAI技術を活用し、異なる言語の相手と音声通話をする際、双方の言葉をリアルタイムで自動的に翻訳してくれる「ライブ翻訳」機能を実現する

写真や動画に関してもAI技術がフル活用されている。実際Galaxy S24シリーズには、写真上の人物やオブジェクトなどの位置や大きさを変え、空いた場所を生成AIの活用で埋めることで自然な写真にしてくれる編集機能が用意されるほか、生成AIの活用で撮影した動画の間のフレームを自動生成することで、通常の動画をスローモーション再生できる機能なども提供されている。

またAIを活用した機能としてもう1つ、スマートフォンで表示した動画や写真などに写っているモノや人物などを、丸く囲むことで検索できるグーグルの機能「かこって検索」も、スマートフォンで初めて搭載されるとのこと。これら一連の機能からも、Galaxy S24シリーズがいかに生成AIの活用に重点を置いているかを見て取ることができよう。

  • グーグルが開発した「かこって検索」もGalaxy S24で初めて搭載。AI技術を活用し、動画や画像、テキストなどを丸く囲むことで、その内容を直接検索できる

無料では提供が難しい生成AI技術

ただ生成AIを主体としたAI技術をスマートフォンに取り入れて進化させるというコンセプトは、グーグルのスマートフォン「Pixel」シリーズと共通している。それだけにGalaxy S24シリーズは、とりわけ生成AIを全面的に打ち出した「Pixel 8」シリーズの競合となりそうな印象も受ける。

  • グーグルの「Pixel 8」シリーズ、とりわけ「Pixel 8 Pro」は生成AIを活用した機能が多く搭載されており、ある意味でGalaxy S24シリーズの直接的な競合となる可能性がある

だがサムスン電子はグーグルのAI技術を積極的に活用し、むしろグーグルと距離を近づけているように見える。実際Galaxy S24シリーズには、グーグルが開発した高性能のAIモデル「Gemini」を導入しており、デバイス上のAI処理には「Gemini Nano」、クラウド上のAI処理にはGoogle Cloudとの連携で「Gemini Pro」や、画像生成用のAIモデル「Imagen 2」を使っていることが明らかにされている。

そしてAI技術を活用したかこって検索も、グーグルの技術ながらPixelシリーズに先駆けてGalaxy S24シリーズに導入されている。もちろんGalaxy S24シリーズには、グーグルだけでなくサムスン電子独自のAI技術も多く取り入れられているが、グーグルとかなり密に協力してスマートフォンへの生成AI技術活用を進めていることが分かるだろう。

なぜ両社がスマートフォンへの生成AI技術搭載で“共闘”したのかといえば、ひとえにアップルに対抗するためだろう。アップルの「iPhone」シリーズに先んじてスマートフォンに生成AIを取り入れることにより、機能面で差を付け顧客の乗り換えを促したい狙いが強いのではないだろうか。

ただグーグルが生成AI技術を広めるのであれば、Andoridが汎用のOSであることを生かし、生成AIの技術をAndroidに取り込んで多くのスマートフォンメーカーに採用してもらうという手もあったはずだ。だが生成AIは非常に大きなコンピューティングパワーを必要とすることから、その開発だけでなく、クラウドで生成AI関連機能を提供し続けることにも大きなコストがかかっていると考えられる。

それだけにグーグルとしては、生成AIを利用してもらう上ではなるべくお金を取りたいというのが本音といえるだろう。実際、グーグルは生成AIを活用した機能を有償で提供するケースが出てきており、例えばグーグルが独自のビジネス用クラウドツール「Google Workspace」向けに提供している、生成AIを活用した追加機能「Duet AI for Google Workspace」は、利用するのに有料のGoogle Workspace契約者であっても追加料金を支払う必要がある。

  • グーグルは2023年に、生成AI技術を活用したGoogle Workspaceの追加機能「Duet AI for Google Workspace」を提供しているが(執筆時点では英語のみの提供)、利用するには追加で料金を支払う必要がある

そこでグーグルは、生成AIの技術提供で大きな収益が得られ、なおかつ多くのスマートフォンに生成AIを導入して世界的にその利用を拡大できるパートナーを欲していたといえる。一方のサムスン電子側も、進化停滞で販売が伸び悩むスマートフォンの新機軸として生成AIに活路を見いだしたことから、、両者の思惑が一致。Galaxy S24シリーズの生成AI技術で協力するに至ったといえそうだ。

それだけにGalaxy S24シリーズの生成AI関連機能は当面、Pixelシリーズのシェアが大きくない国や地域では他の追随を許さない強力な武器となる可能性が高い。ただ生成AIは新しい技術であり今後関心が急速に落ちることも考えられるだけに、生成AIの動向にその成否が大きく左右されることも、少々気がかりではある。