2023年12月27日以降いわゆる「1円スマホ」に規制が入ることなどで、スマートフォンの販売は今後大きく落ち込むと予想されることから、携帯電話ショップや国内スマートフォンメーカーなどが参加する団体が窮状を訴えているようだ。公正競争の徹底追及に全力を注ぎ続ける総務省だが、その姿勢が国内携帯電話産業の衰退に結びついていることは確実であり、何らかの軌道修正が必要ではないだろうか。

値引き規制のしわ寄せは販売店や端末メーカーに

総務省は2023年11月23日に電気通信事業法施行規則等の一部改正を明らかにしている。この改正は携帯電話市場の競争政策に関する変更が盛り込まれており、その主軸となっているのはいわゆる「1円スマホ」の規制だ。

総務省ではかねて、スマートフォンの元の価格を大幅に値引きすることにより、法の目をかいくぐって端末を大幅値引きする手法を問題視。2023年にその規制に向けた議論が有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で進められており、結果として1円スマホを規制するべく、スマートフォンをどれだけ値引いても、通信契約とセットで購入する際には電気通信事業法で定められた値引き額の上限までしか値引きでいないよう規制を加えることとなった。

一方で今回の改正では、その通信契約とセットで端末購入した際の値引き額上限を原則4万円に引き上げている。ただ総務省は当初は一律で4万円(税抜、以下同様)に引き上げる案を提示していたが、これに有識者などが猛反発。結果スマートフォンの価格に応じて値引き額が変動する仕組みとなり、8万円以上の端末であれば4万円の値引きが受けられるが、4万円以下の端末は従来と変わらず2万円までしか値引くことができない。

  • 「1円スマホ」規制による値引き厳格化で浮上する現場の窮状、総務省は無視できるのか

    総務省「電気通信事業法施行規則等の一部改正」より。2023年12月末の改正で、「1円スマホ」を実現する端末の値引きに新たな規制が加えられたほか、通信契約に紐づく値引き上限が4万円に引き上げられたものの一律ではなくなっている

これら一連の規制は2023年12月27日から適用されることから、携帯電話ショップや家電量販店などの店頭を訪れると、12月26日で大幅値引きが終了する旨のポスターなどが多く見られるようになった。一方でここ最近スマートフォンの価格を高騰させている円安の影響は収まる様子を見せておらず、当面その環境が大きく変わるとも考えにくい。

  • 携帯電話ショップや家電量販店の店頭で、2023年12月27日の規制を前に大幅値引きが終了することを告知するケースが増えている

それゆえ法規制の影響が本格化する2024年以降は、規制の影響によってスマートフォンの販売が一層大きく落ち込む可能性が高まっているが、それは当然スマートフォンを販売するショップ、そしてスマートフォンを開発しているメーカーに深刻なダメージをもたらすことにもつながってくる。それゆえ2023年12月22日に実施された、競争ルールの検証に関するWGの第50回会合では、携帯電話ショップの団体である全国携帯電話販売代理店協会(全携協)や、スマートフォンメーカーなどが所属する情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)などが窮状を訴えていた。

実際全携協は、円安で端末価格が高騰している中、今回の法改正による値引き規制で足元の端末販売台数が急減していると説明。そこで市場活性化に向けた策の1つとして、「廉価端末」の定義を2万円から4万円に引き上げることを求めている。

廉価端末に分類されると、電気通信事業法の「通信役務の利用・端末の購入等を条件とする場合の利益の提供の例外」によって0円以下とならない範囲での値引き販売が可能になる。現在、廉価端末として定義されているのは2万円以下のものに限られているが、それを4万円に引き上げれば、4万円のスマートフォンを一括1円に値引いて販売することも可能になる。

  • 総務省「競争ルールの検証に関するWG」第50回会合の全携協提出資料より。今回の改正後も廉価端末の定義が2万円と変わらなかったことから、全携協ではそれを4万円に引き上げ、大幅値引きができるようにすることを提案している

2023年に販売された2万円台のスマートフォンを見ると、円安による価格高騰の影響で性能が非常に低く抑えられており、操作性も良いとは言えないものが多く購入者の不満を高めかねないとさえ感じることが多かった。既にミドルクラスの端末が6万円前後と、円安進行前の倍くらいにまで上昇している現状を考慮するならば、廉価端末の定義を4万円に引き上げることは十分現実的な施策といえるだろう。

  • シャープのミドルクラスの定番シリーズ「AQUOS sense」も、かつてのモデルは3万円台で販売されていたが、最新の「AQUOS sense8」は6万円台にまで価格が上昇している

ミリ波対応端末の補助に賛否、産業振興に舵を切れるか

またCIAJは、国内通信機器の需要が円安や部材高騰などの影響で急速に悪化している現状を訴えており、とりわけ日本のメーカーは撤退が相次ぐなどしてシェアを大きく落としている状況にあるとのこと。国内メーカーの淘汰や衰退が進むことに強い危機感を抱いている様子を示している。

  • 総務省「競争ルールの検証に関するWG」第50回会合のCIAJ提出資料より。円安などによる部材高騰と消費者の買い控えなどで国内メーカーのスマートフォン出荷台数が激減しており、国内通信産業自体の衰退に強い危機感を抱く様子を示している

その対策としてCIAJは複数の要素を挙げているのだが、中でも有識者の関心を集めていたのがミリ波など、新しい技術に対する投資促進である。スマートフォンに関して言えば、5Gの特徴を生かせるミリ波に対応した端末は、「割引額上限4万円を見直し、50%あるいはさらなる割引」をするなどして普及促進を求めるとしている。

同様の意見は米クアルコムの日本法人であるクアルコムジャパンからも提案されている。ミリ波は帯域幅が広く高速大容量通信に非常に適している一方、周波数が高いので遠くに飛びにくく、エリア構築が難しいため整備が進まず、対応端末も少ないので現状ほとんど活用されていないことから、総務省でも有効活用に向けた策を議論している最中だけに、ミリ波の普及促進と端末販売の拡大に向けて対応端末の値引き規制緩和を提案している訳だ。

  • 総務省「競争ルールの検証に関するWG」第50回会合のクアルコムジャパン提出資料より。同社もCIAJ同様、ミリ波の利用促進のため対応端末に対する値引き規制の緩和を訴えている

こうしたCIAJらの提案に対し一部の有識者は、対応端末の購入者にしか恩恵をもたらさないミリ波に販売補助をすることはおかしいと疑問を呈していた。ただ一方で別の有識者からは、ガソリンの補助金が車を持つ人にしか恩恵をもたらさないにもかかわらず実施されていることを例に挙げ、社会的に受け入れられる素地ができれば規制緩和もあり得るとの意見も示されている。

とりわけ日本は現在、ミリ波より高い周波数帯の活用に関する技術で世界的にリードしている立場にある。そうしたことを考えれば産業振興のためミリ波対応端末に補助金を出し、高い周波数帯の活用を世界に先駆けて進めることが国内の産業を強くし、結果的に国民に恩恵をもたらす可能性もあるだろう。

今回の議論では従来ほぼ取り沙汰されてこなかった、総務省による規制が携帯電話産業にもたらす負の側面がクローズアップされるとともに、ミリ波など新しい技術を中心として、規制と産業振興の両立の必要性が議論されたことは大きな変化といえるかもしれない。

総務省はこれまで、携帯3社による市場寡占が絶対的な“悪”と位置付け、寡占によって歪みが起きたとされる市場環境を、規制によって理想的な競争環境にすることに徹底して力を注いできた。だがその結果もたらされたのが、日本の携帯電話産業の急速な衰退であることは間違いない。行き過ぎた規制によって生じた負の影響をもっと議論の俎上に上げ、軌道修正を図る時が来ているのではないだろうか。