議論が過熱しているNTT法の存廃だが、NTT法の廃止に反対する競合3社が急速に接近し、協力を強める動きが加速しているようだ。2023年11月中にも自由民主党(自民党)のプロジェクトチームが方針を示すとされるNTT法の今後だが、その内容によっては業界が大きく分断され、日本の通信産業に大きなマイナスが生じかねない。

ソフトバンク宮川社長が楽天モバイルに“助け舟”

日本政府が増額する防衛費の財源確保のため、日本電信電話(NTT)の株式を売却するとして、突如浮上したNTT法の見直し。現在政府与党である自民党のプロジェクトチーム内で議論が進められており、2023年11月には何らかの方針を示す予定とされているが、そのNTT法を巡って通信業界は紛糾している。

なぜならNTT側が、40年前の法律をベースとしたNTT法の規制で多くの制約を受けているとして、見直しを望み廃止が必然との見方を示しているのに対し、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの競合他社は、NTT法が廃止されれば国営時代の資産を持つNTTグループが再び一体化し、市場を独占してしまうとして猛反対しているからだ。しかもNTT側と競合側は互いに独自の記者会見を開いて意見を主張、相手を批判し合う状況が続いており、歩み寄りの姿勢を見ることはできない。

  • NTT法を巡ってはNTT側と競合側が互いに会見を開いて意見を主張し合っている状況にあり、競合側は180の通信事業者や自治体等と連名で自民党や総務大臣に、NTT法廃止に反対する要望書を提出している

    NTT法を巡ってはNTT側と競合側が互いに会見を開いて意見を主張し合っている状況にあり、競合側は180の通信事業者や自治体等と連名で自民党や総務大臣に、NTT法廃止に反対する要望書を提出している

そのNTT法議論の余波によって、意外な出来事も起きている。2023年11月8日に実施されたソフトバンクの決算説明会で、同社の代表取締役社長執行役員兼CEO である宮川潤一氏が、苦戦が続く楽天モバイルに協力する姿勢を見せたのだ。

  • 2023年11月8日の決算説明会に登壇するソフトバンクの宮川氏。プラチナバンドに関して楽天モバイルに協力を申し出る旨の発言をしたことで、大きな驚きをもたらした

宮川氏は、記者から新たなプラチナバンドとなる700MHz帯の免許を楽天モバイルが獲得したことに対する受け止めを問われた際、整備にかける予算が10年間で544億円と少なく、しかもサービス提供開始時期が2026年3月頃と遅いことなどから、「ちょっと寂しい計画だったなと思う」と回答。だが宮川氏の発言はそれにとどまらず、「バックホールなどで協力してもいい」と、プラチナバンドの整備に関して楽天モバイルに支援を申し出るような発言をしたのである。

この発言はあくまで宮川氏の思い付きだそうで、両社が具体的な話し合いをしている訳ではないという。だが宮川氏は、NTT法に関して廃止に反対する通信事業者が集まり議論する中、宮川氏は楽天モバイルの親会社である楽天グループの代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏とも話をしたようで、「さまざまな発言をされるが正論を言う人。経営者として尊敬できる」と三木谷氏を高く評価する様子を見せている。

その三木谷氏が率いる楽天モバイルはもちろんソフトバンクの競合だが、宮川氏は苦戦が続く楽天モバイルの事業が成立するまで、支援する議論があってもいいのではないかと話していた。楽天モバイルはKDDIとローミングで協力関係にあるが、ソフトバンクも協力に前向きな姿勢を見せたのには驚きがある。

業界の分断で技術協力が失われれば日本の競争力はどん底に

2023年11月9日に決算説明会を実施した三木谷氏は、宮川氏の発言に対して記者から問われた際、「いらない所で競争する意味も、業界としてないと思っているので色々な形で話をしていければ嬉しい」と回答。宮川氏に対する直接的な言及は避けている。

  • 2023年11月9日の決算説明会に登壇する楽天グループの三木谷氏。宮川氏の発言に直接的な言及は控えていた

だが宮川氏の動きはこれだけにとどまらない。2023年11月14日、自民党のプロジェクトチームがNTT法に関して廃止の方向で取りまとめをしているとの一部報道が出たことを受けてか、三木谷氏はX(旧Twitter)で「国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない」など強く反発するポストをしたのだが、これに宮川氏がX上で反応したのだ。

宮川氏は三木谷氏のポストに返信する形で、「三木谷社長だけに、政府との溝を作らせるのはアンフェアなので、私も久しぶりに投稿します」と、2016年以来となるポストを実施。NTTが引き継いだ資産は国の税金で作り上げたものだとし、「民間に引渡しするアセットとしては適正では無いことは明白です。国が責任放棄するのはダメです」と、やはり猛反発する姿勢を見せたのだ。

さらにこれに呼応する形で、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏も2019年以来のポストを実施、「NTT法を単純に廃止する事は、公正競争の観点、有事への対応の観点からもあってはならない」と、やはりNTT法廃止の動きを批判している。KDDIとソフトバンクは非常時ローミングやインフラシェアリングなどさまざまな部分で協力関係にあるが、NTT法廃止に反対するという共通した立場から、距離のある印象もあった楽天モバイルとソフトバンクが近づき、“反NTT”で競合3社が団結を強めていることが分かるだろう。

ちなみに宮川氏は、先の決算説明会において、もしNTT法が廃止されたとなれば「最後まで我々は腹落ちしない。ずっとNTTが嫌いなポジションになる」とし、「このしこりは10年、20年では取れないと思う」と、日本の通信業界の分断は避けられないとも話していた。それだけに気になるのは、もし報道通り自民党がNTT法廃止の方向で話を進めることとなった場合、NTTと競合との技術協力が失われかねないことだ。

KDDIは2023年、NTTが主導する次世代ネットワーク構想「IOWN」の団体である「IOWN Global Forum」に加入するなど、光通信技術でNTTとの協力を進めつつある。また成層圏から地上の通信をカバーする「HAPS」(High Altitude Platform Station)に関しても、NTTグループとソフトバンクが積極的に取り組んでおり、日本が進んでいる分野の1つとされていることから今後の技術協力も期待されている。

  • 成層圏を飛行して地上のスマートフォンと直接通信する「HAPS」は、NTTグループとソフトバンクが研究開発に力を注いでいる分野の1つでもある

また楽天モバイルは、子会社の楽天シンフォニーを通じて、昨今携帯電話業界で注目されている「オープンRAN」に関する技術海外販売に力を入れているが、NTTドコモも同様に、「OREX」というブランドを立ち上げオープンRANの技術を海外に販売する取り組みを進めている。それだけに2社が協力すればオープンRANで日本が先駆的な存在となる可能性があるだろう。

だがNTT法の影響で国内の通信会社が分断してしまえば、日本が先行しそうな分野での技術協力が進まず海外勢に大きく出遅れる可能性も高まり、世界的存在感が限りなくゼロに等しい日本の通信産業が、存在を完全に失うことになりかねない。それだけに業界の分断を避けつつもNTTの制約を取り払う前向きな議論が進んで欲しい所なのだが、その行方は未知数というのが正直な所だ。