総務省は2023年7月31日、新たなプラチナバンドとなる狭帯域の700MHzの免許割り当て指針案が、電波監理審議会から「妥当」との諮問を受けたと公表した。だがその内容は、現在プラチナバンドを持たない楽天モバイルに非常に有利であるとして首をかしげる向きも多く、競合他社からは不満も聞かれる。なぜ総務省はこのような審査方針を定めたのだろうか。

楽天モバイル有利の審査内容に競合からは不満も

新規参入の楽天モバイルが保有していないとして免許割り当てを求めていた、1GHz以下の周波数帯を指すいわゆる「プラチナバンド」。障害物に強く遠くに飛びやすいことから、携帯電話会社にとって最重要ともいえる周波数帯だが、それだけに既に割り当てられている帯域が多く空きが非常に少ない。

そこで楽天モバイルは、既存の携帯3社が持つプラチナバンドを分割して免許の再割り当てができるようにすることを要求。これに既存3社が猛反発するなど喧々諤々の議論の末、総務省の采配により楽天モバイルの意見がほぼそのまま通る結果となった。一方で3社はプラチナバンドの一部を楽天モバイルに奪われる上、そのための工事にかかる費用も全て負担する可能性が出てきてしまったのだ。

  • 新プラチナバンドの700MHz帯、なぜ審査内容が楽天モバイルびいきなのか

    「Rakuten Optimism 2023」で楽天モバイルの今後について語る代表取締役会長の三木谷浩史氏。同社がプラチナバンドの免許割り当てを要求してきたことで、さまざまな議論の末複数の選択肢が登場してきている

そこで楽天モバイルが再割り当てを申請しないための策として、NTTドコモが打ち出したのが、他のシステムとの干渉を避けるために空けていた700MHz帯のうち3MHz幅を、携帯電話向けとして新たに割り当てることを検討するというもの。こちらも影響を受ける可能性がある地上デジタルテレビ放送や特定ラジオマイク関係の事業者などと議論がなされた末、「使用できる」との判断が下され具体的な割り当てに向けた方針が検討されることとなった。

  • 総務省「700MHz帯における移動通信システムの普及のための特定基地局の開設に関する指針案について」より。新たに割り当てられる700MHz帯は、元々地上デジタル放送などとの電波干渉を避けるために空けていた帯域の一部となる

その案が公開されたのは2023年6月21日だが、2023年7月31日には電波監理審議会の諮問を受け「原案が適当」という判断が下されたことから、今後総務省が策定した指針を基に新たな700MHz帯の割り当てが進められるものと考えられる。だがその内容が公開された後に話題になったのが、「あまりに楽天モバイルびいきの審査内容ではないか?」ということだ。

新しい700MHz帯は従来の周波数帯割り当てと同様に、割り当てを要望する携帯各社が計画を申請し、その内容を総務省が比較審査して免許を割り当てる事業者を決める比較審査方式が用いられる。だがその配点を見ると、「いわゆるプラチナバンドの割当てを受けていないこと」に24点と高い配点がなされるなど、楽天モバイルにとても有利な内容となっていることが分かる。

  • 同じく「700MHz帯における移動通信システムの普及のための特定基地局の開設に関する指針案について」より。比較審査の項目を見ると、プラチナバンドの割り当てを受けていない事業者という項目に24点と、高い点数を割り当てていることが分かる

そうした内容だけに、競合他社からは不満や疑問の声も出ている。実際KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2023年7月28日の決算説明会で「偏った選考基準になっているな、というのが率直な印象」と答えたほか、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏も、やはり2023年8月4日の決算説明会で「(免許)申請は検討中だが、確度は低いかもしれない」と、その内容から免許申請に消極的な様子を見せていた。

周波数オークションから見える国の割り当て方針

ここまで国が特定の事業者をひいきしたかのような割り当て指針を出したケースは、あまり見たことがない。それだけになぜ、700MHz帯ではここまで楽天モバイルびいきの指針が打ち出されたのか疑問を抱く人も少なからずいることだろう。

総務省の狙いは無論、楽天モバイルが700MHz帯を獲得して4社全てがプラチナバンドを保有することで、いち早く公正な競争ができる環境を作り上げることだ。プラチナバンドの再割り当てでもその環境は実現できるのだが、国として得るものに対して失うものが大き過ぎるという問題がある。

実際再割り当てが現実のものになったとなれば、競合の3社が工事をして楽天モバイルに割り当てる分のプラチナバンドを空ける工事をする必要が出てくるためプラチナバンドの利用を始めるのには時間がかかる。一方で他の3社がその工事をするための資金や人員などを全て負担することから、5Gの整備に大きな影響が出る可能性があり国としてデメリットが大きいと判断したのだろう。

ただそれでもなお、ここまで特定の企業を優遇するかのような審査方針を総務省が打ち出すのには疑問が生じる所なのだが、その理由は現在導入に向けた議論が進められている周波数オークションから見えてくる。

周波数オークションの導入に向けては現在、総務省の有識者会議の1つ「割当方式検討タスクフォース」で議論が進められている。その取りまとめ案を見ると従来通りの「総合評価方式」と「周波数オークション」のどちらを適用するかは、周波数帯の特性によって変わってくるとされている。

プラチナバンドやサブ6など「6GHz以下の帯域」の場合、広域をカバーしやすいことから全国的なエリアカバーの実現を政策目標とし、「従来と同様に総合評価方式を適用し、エリアカバレッジに係る項目を中心に比較審査を行う」ことが適当としている。一方でミリ波など高い周波数帯は、広域のカバーに適しておらず利用用途も定まっていないことから「スポット的な利用ニーズに即した創意工夫によるイノベーションや新サービスの創出が期待される場合に、条件付オークションの適用を原則としていくことが適当」とされている。

  • 総務省「割当方式検討タスクフォース」第4回会合資料より。低い周波数では全国的なエリアカバーを重視して従来通りの割り当て方式を、ミリ波などには周波数オークションを導入するとしている

もし免許割り当ての公平公正さを重視するのであれば、全ての周波数帯の割り当てに周波数オークションを導入するのが理想的であるはずだ。にもかかわらずあえてプラチナバンドなどにそれを適用しなかったのは、事業者側からの反発があっただけでなく、用途が定まっている低い周波数帯の割り当てには国の方針を明確に反映させたい狙いがあるからこそではないだろうか。

そこには携帯電話市場が成熟し、周波数免許の獲得に手を挙げる企業も固定化されるなど、競争が働きにくくなっていることが影響しているのだろう。それだけに今後、今回の700MHz帯のように“出物”の周波数帯が出てきた時には、その割り当て審査の内容にも国の意向が大きく反映される可能性が高いといえそうだ。