携帯電話業界における最大の商戦期は、実は新入学シーズンを控えた、1~3月にかけての春商戦である。一般的に閑散期とされる2月に繁忙期を迎える珍しい業界でもあるのだが、なぜ夏冬のボーナス商戦期などより、春の商戦期が最も重視されているのかというと、そこには国内の深刻な市場環境が大きく影響している。
安さが求められる新入学生の獲得を重視する理由
今年も携帯電話業界で最大の繁忙期ともいえる、春商戦がやってきた。1月から3月にかけての春商戦は、新入学を迎える学生をターゲットに、各社がさまざまな割引施策を打ち出すなどして大きく盛り上がる時期。特に2月は「ニッパチ」とも呼ばれ、一般的には8月とともに売上が下がる時期ともいわれているが、携帯電話業界にとって2月は、進路が決まり、新生活に向けてスマートフォンを購入する学生が増えるため、むしろ最大の書き入れ時なのである。
実際この時期には、毎年大手キャリアが、学生をターゲットとした割引施策、いわゆる「学割」を次々と打ち出して注目を集める。今年の学割施策は、ソフトバンクのワイモバイルブランドが、昨年の12月から今年の5月末までに加入することで、基本料を最大3ヶ月間0円、次の機種変更時までデータ通信量を2倍にする「タダ学割」を展開。他のキャリアがこれに追随したことで、学生の進路がまだ決まっていない12月から春商戦がスタートするという、異例の事態となっているようだ。
また先にも触れた通り、この時期にターゲットとなるのは学生だが、実際のターゲットはその親、つまり子育て世代であることから、価格の安さが求められる傾向にある。実際、春商戦に目立つ新機種が投入されるケースは少なく、各キャリア共に低価格モデルのラインアップ強化するか、既存モデルの値引き販売に力を入れる傾向にある。
それゆえキャリア間で番号ポータビリティ(MNP)による顧客の奪い合いが過熱していた2014年の春商戦までは、キャリアを乗り換えると端末が実質0円で購入できるだけでなく、数万円、多い場合には10万円を超えるキャッシュバックがもらえるという異常事態にまで発展。この状況を問題視した総務省の施策により、スマートフォンの実質0円販売が事実上禁止となるなど、従来の商習慣に大きなメスが入ることにもつながっている。
だが低価格を求める人が多いとなると、夏や冬のボーナス商戦や、新iPhoneの登場で大きく盛り上がる秋の商戦期のように、高額なスマートフォンやサービスの販売が盛り上がる訳ではなく、ビジネス的に見ればメリットが薄いようにも見える。にもかかわらず、なぜ携帯電話業界では春商戦が最重要視されるのだろうか。
純粋な新規顧客を獲得できる貴重な機会
その理由を一言で表すならば「少子高齢化」ということになるだろう。毎月の通信料収入が売上の中心となっている、ストック型のビジネスを展開している携帯電話会社にとって、売上を高めるには端末を売ることより、むしろ契約数を増やすことが強く求められる。だがその契約数拡大を阻んでいるのが、少子高齢化なのである。
電気通信事業者協会が公開している事業者別契約数を見ると、最新の数字となる2017年度第2四半期で、大手3社の合計が1億6412万8400に達しており、契約数が既に日本の人口を大きく超えている状況だ。しかも日本は少子高齢化の影響で人口減少局面にあるため、これ以上新規契約を大幅に増やすのは困難だ。かつては端末代の値引きやキャッシュバックなどで、MNPにより他社から顧客を奪い、新規契約数を増やすことができたが、総務省によってその手法を事実上取ることができなくなってしまった現在、キャリアが新規の顧客を獲得できる余地はほとんど残されていないのだ。
そして、ほぼ唯一といっていい新規顧客獲得の機会となっているのが、実は新入学シーズンを機としてスマートフォンを利用し始める子供世代を獲得できるタイミング、つまり春商戦なのである。それゆえ各キャリアとも、貴重な新規契約獲得のタイミングを逃すまいと、春商戦に最も重きを置いて販売施策を強化している訳だ。
だが実際のところ、新規で携帯電話を契約するタイミングは、せいぜい高校に進学するタイミングくらいまで。最近では高校生になると既にスマートフォンを持つことが当たり前となっており、大学生以上を優遇しても新規顧客の獲得にはつながらなくなってきている。
そうしたことから各キャリアの学割施策も、従来は25歳までを一律に優遇していたのが、MNPによる奪い合い競争が難しくなったことを受け、2017年からは18歳以下、つまり純粋な新規顧客となる高校生までの年齢だけを優遇するようになってきた。最近では中学生のスマートフォン保有率が高まっており、小学生からスマートフォンを持つ割合も増えているなど、スマートフォン所有者の低年齢化が進んでいることから、今後はスマートフォンの低年齢化に合わせる形で、学割のターゲットがより低年齢になっていく可能性も、十分考えられそうだ。