総務省は2022年8月1日、携帯4社に対して販売代理店の業務適正化に向けた指導等の措置を実施。新規契約の獲得だけでなく、利用者の満足度を大きく評価するよう指標を見直すなどの措置を求めたが、2019年の電気通信事業法改正でユーザーの乗り換え障壁が大幅に取り除かれたことが、携帯各社が新規獲得重視の姿勢を強めることにつながった部分も少なからずあり、総務省の措置には矛盾も感じてしまう。

携帯各社が設ける指標が販売代理店への圧力に

携帯各社のショップ、いわゆる「キャリアショップ」はその大半が販売代理店によって運営されており、主な収入源が携帯電話会社の評価に応じて得られる奨励金であることから、ビジネスが携帯電話会社の意向に左右されやすい傾向にある。それがさまざまな問題をもたらし是正などがなされてきたのだが、最近もまた新たな問題が浮上しているようだ。

その契機となったのは、2021年4月に実施された総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG(第17回)」と「消費者保護ルールの在り方に関する検討会(第29回)」の合同会合で実施された、ショップ店員などへのアンケートある。両会合では当時、共に今後の販売代理店の在り方について議論を進めようとしていたのだが、そこで示されたのは販売代理店を取り巻く厳しい実状であった。

  • 新規顧客獲得重視で疲弊するキャリアショップ、問題を招いたのは誰か

    総務省「競争ルールの検証に関するWG(第17回)」「消費者保護ルールの在り方に関する検討会(第29回)」合同会合より。キャリアショップ店員へのアンケートからは、携帯各社が掲げる指標がプレッシャーとなり無理な勧誘をした人が4割強に上ったとのこと

その背景にあるのは携帯電話会社が販売代理店を評価するための指標である。携帯電話会社は新規契約を多く獲得し、なおかつ会社によっては高額な大容量プランを多く契約することを重視した指標を設定しており、評価が低いと閉店させられてしまうことから、顧客の意向を確認せず上位プランに勧誘したことがあるショップ店員が4割強に上るとの結果が公表されたのである。

両会議ではこうしたそうしたショップの実態を問題視、携帯各社に対してショップの評価軸を大きく変えるよう求める意見が多く出た。その結果として2022年8月1日には総務省が、販売代理店の業務の適正性確保に向け携帯4社に指導を実施するに至っている。

  • 総務省は2022年8月1日に、携帯4社に対して販売代理店の業務の適正性確保に向けた指導などを実施。画像はNTTドコモ向けのものだが、他の3社にも同様の指導がなされている

その内容を見ると、総務省は販売代理店が不適切な行為に及ばないよう、携帯各社に3つの措置を求めているようだ。1つは販売代理店の評価指標そのものを見直すことであり、新規契約の獲得だけでなく、契約内容に対する利用者の満足度なども大きく評価することを求めている。

2つ目は契約獲得などの目標値を設定する場合は、その適正性や合理性を販売代理店と話し合い、両者が納得した上で実施すること。そして3つ目は出張営業に関する措置である。

実はここ最近、“出張販売”という形で携帯電話ショップ以外の場所に一時的に出張店舗を構えて契約を募る手法が増えているのだが、一時的なものであることを悪用して十分な説明をせず、“不意打ち”のような販売行為が見られるとのこと。そこで総務省は、出張販売時にも消費者保護ルール違反を起こさないよう携帯各社が適切に支援することを求めているうようだ。

2019年の法改正が携帯各社の新規重視を招く結果にも

携帯電話市場が停滞傾向にありながらも、携帯各社が販売代理店に対して新規顧客獲得を強く求める傾向というのは以前から問題視されていたもので、その是正に向けた取り組みが必要な部分があるのは確かだ。ただ現在の市場環境を考慮すると、携帯各社が新規獲得重視の姿勢を強めているのは、むしろ行政側の措置にあるのではないかとも感じてしまう。

その理由は先に触れた2019年の電気通信事業法改正にある。この法改正によって通信回線と端末のセット販売が禁止され、いわゆる“2年縛り”が有名無実化されたのに加え、2021年にはガイドラインでSIMロックの原則禁止がなされるなど、ユーザーが他社に乗り換える上での障壁が極限まで取り除かれている。

  • 総務省「電気通信事業法の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等の整備について」より。2019年の法改正は、携帯電話回線と端末をセットで販売することを禁止するなど、ユーザーの乗り換え障壁を徹底して排除することに力を注いだものとなった

それは総務省が携帯大手3社の寡占を崩し、MVNOや新興の楽天モバイルの競争力を高めて通信料金の引き下げ競争を加速するべく、競争上の障壁を取り除くことに力を注いできた結果でもある。だが乗り換え上の障壁がほぼなくなりユーザーが容易に他社へ乗り換えができるようになった結果、再び携帯電話会社同士で顧客を奪い合うという競争が激化してしまっているのが現状だ。

しかも先の法改正では、長く同じ会社のサービスを契約してくれている“上客”への割引も、通信契約の解除を不当に妨げ競争を阻害するものとして大幅に制限されてしまった。実際NTTドコモやKDDIは2022年に入って自社のポイントプログラムのリニューアルを図り、これまで長期契約者に対して提供してきたポイントの額を大幅に減らしたり、自社の決済サービスを利用しないと獲得できなかったりするなど長期契約者を冷遇するかのような措置を取っているのだが、そこにもは法改正が少なからず影響しているといえよう。

  • NTTドコモは2022年6月に「dポイントプログラム」の改定を実施、従来エントリーさえしていれば入手できた長期利用者向けのポイント特典が、改定後は誕生月に「d払い」を利用しなければ一切入手できなくなってしまっている

そうしたことを考えると、携帯各社が新規契約獲得に傾倒してしまっている原因を作り出しているのは、消費者に対して1つの携帯電話会社にとどまらず、どんどん乗り換えることを推奨している総務省だともいえる訳だ。携帯電話料金を大幅に引き下げるという当初の目的が菅義偉前首相による政治的圧力で実現してしまった今、行政側が競争を過熱させ続け、それが現場の疲弊を招いている現状には何らかの見直しが求められる所ではないだろうか。